期末テスト対策!
体育祭も終わり、学園はそろそろ夏休みという大型休暇が見えてくる頃になった。
だが、学園の空気はその休みを楽しみに浮かれるどころか、剣呑な空気で満ちている。
理由は簡単だ。大型休暇の前の最後のイベント、期末テストが迫っているからだ。
体育祭はそのガス抜きの意味もあったのだろう。
楽しいイベントを終えた後の、辛く苦しいイベントだ。
その生徒達にとって大きな壁に苦しんでいるのは、私の周囲も例外ではないのがいるわけで。
「うう……これがこうで……あれがああで……」
「えっとぉ……うーんと……」
ダグラスとクレアが、図書室で教科書とにらめっこしながらウンウンと唸っていた。
「苦労してるねぇ」
「お嬢様……いや、テスト前って普通はこうじゃないですか? むしろなんでお嬢様は余裕そうな顔をしてるんですか」
「それはまあ……日頃の勉強かな?」
私は適当に言うが、実際は前世知識の貯蓄が大きい。
この世界の学問のレベルは前世の知識をもってすればそこそこのところにいけるようで、その知識がある私はわりと学業でもなんとか学年成績トップでいられていた。
前世でちゃんと勉強していてよかった。
とはいえ、魔法などのこの世界独特の技術や語学の文法などにおいてはしっかりと勉強しないといけないのだが。
「さすがレイ様ですー! 私なんて普段の勉強についていくだけで精一杯なのに……」
クレアの羨望の眼差しが辛い。
私はつい苦笑する。
「ん? なんだお前ら勉強か?」
と、そこに唐突な声が聞こえてくる。ノエルだ。
「お、ああノエルか。そうだよ頑張ってんだよ。お前は頑張らなくていいのか?」
「俺はちゃんとスケジュール立ててやってるからな。テスト前に急いで詰め込む必要はないんだよ」
「くそう嫌味いいやがって! 俺だってちゃんと毎日頑張ってんだよ! でもテストは必死になるんだよ!」
「それはまあ……効率の違いみたいなものなのかなぁ。勉強法と言っても人それぞれだし。ね、ノエル」
「……あ、ああ」
私が話の流れノエルに話しかけると、ノエルは少し顔を赤らめて私から視線を反らして答えた。
先日の体育祭の一件以来、ノエルとの関係は妙にギクシャクするようになった部分がある。
別に仲が悪くなったわけではない。ただ、少しノエルが私に遠慮するようになった気がするのだ。
まあ、あんな一件があったならしょうがないとは思うが、ノエルがここまで気にするタイプだとは思わなかった。
意外とウブなところもあるのだなあと、私は少し得した気分になると共に、ちょっとした寂しさも感じる複雑な心境だ。
「うん? ノエルどうしたの? なんかちょっと変じゃない?」
そんなノエルの態度に気づいたのか、クレアがノエルに聞く。
「別に。どうもしてねぇよ」
「そうだよ、気のせいじゃないかな」
ノエルが否定したので、私もそれに助け舟を出す。
「そうですか? まあ、レイ様が言うなら……」
クレアは私が言ったことで一応納得してくれたみたいだ。
ただ今後もこうなる可能性があるから、いつかちゃんとノエルと話す必要があるかな。
まあそれは置いておいて、やはり目下気になるのはダグラスとクレアのテスト対策だ。
二人の苦労している姿を見ると、どうにか助けてあげたくなってしまう。
「……ねぇ、二人共。もしよかったらなんだけど」
「なんです? お嬢様」
「はい、なんでも言ってくださいレイ様!」
「私が今度の休み勉強見てあげようか?」
『え、ええっ!?』
私がそう言うと、ダグラスとレイは一緒に驚いた。
「い、いいんですかお嬢様!? いやすごくありがたいんですけど、お嬢様の手を煩わせるなんて……」
「そ、そうですよレイ様! 私達なんかに時間を割くなんてもったいない……!」
「いや、私は別に大丈夫だよ? それに、勉強を教えるっていうのは復習にもなるしね。私もただ時間を無駄にするわけじゃないよ」
「そ、そうですか……だったら……」
「お願い、してしまいましょうか……」
二人は若干申し訳なさそうにしながらも言ってくる。
私はそれに笑って頷いた。
週末。休みで空いた教室を私達は借りて勉強することにした。
普段は大勢の生徒がいる教室も、今は私とダグラス、そしてクレアの三人だけだ。
私は今黒板の前に立っており、それに向かい合うようにダグラスとクレアが机に座っている。
「それじゃあ始めようか。今日は多分二人が苦手としていて、対して私が一番基礎教科じゃ得意な数学をやっていこう」
「はい、お嬢様!」
「はい、レイ様!」
二人は気合いの入った返事をする。私はそれに頷き、事前に作ってきたプリントを二人に渡す。
「じゃあまずはこれを説いてもらおうかな。それで、その結果を見て軽く傾向と対策を立てるから」
『はい!』
二人はまたも威勢よく答え、そうしてプリントに向かっていく。
問題を二人が解いている間、私は椅子に座り教科書と問題集を読んでどこをどう教えるべきかを考える。
そしておよそ二十分後、二人はプリントを解き終え私に渡してきた。
「うん、ありがとう。なるほどなるほど……よし、わかった。ダグラスとクレアの苦手としている部分は理解したよ。じゃあ、それぞれ問題集は持ってきてるよね。こっちの指定するページの問題を頑張ってほしい。それで、分からない部分があったら遠慮なく私に聞いてね」
「わかりました!」
「はい、レイ様!」
……さっきからなんでこんな返答に気合いが入っているんだろう。
まあ、やる気があるのはいいことだけど。
そうして私は二人にそれぞれ問題集のページを指定し、解き初めてもらった。
そしてそこで当然、いろいろと二人から質問が飛んでくる。
なので、私はそれに一つ一つ答えていく。
「ああ、そこの四則計算はこうやってやるとやりやすくて……うん、そう。それはそうだね、数字を代入してやると……」
「なるほど……」
「さすが、わかりやすいですレイ様!」
二人は私が教えてあげると逐一礼を言ってくれる。
いい子達だなぁ本当に。
そうしていろいろと勉強を教えてある程度時間が経った頃だった。
「あ、すいませんレイ様……ちょっとお花を摘みにいってもいいですか?」
「ん? ああいいよ、行っておいで」
「はい、失礼します」
クレアがそう言って席を立つ。そうして、教室には私とダグラスの二人きりになった。
「ふむ、ダグラスは大丈夫かい? 今のうちにトイレに行ってきても大丈夫だよ?」
「ああ、俺なら大丈夫ですよ、しばらくは大丈夫です」
「そうか、ま、でもちょっと休憩してもいいかもね。根の詰めすぎはよくないから」
「はぁ……」
ということで、私とダグラスは小休止と取ることにした。
私は椅子に座り参考書とは別に持ってきていた小説を開き、ダグラスは席で軽く背を伸ばす。
「……お嬢様」
「え?」
と、そこでダグラスが私に話しかけてきた。
「なんだいダグラス」
「……ノエルと何があったんですか」
「えっ」
突然の質問に、私は思わず固まってしまう。
まさかダグラスからその質問が飛んでくるとは思わなかった。
「えーと……いや別に……」
私はごまかすように笑う。が、ダグラスはゆっくり立ち上がって、私の方へと歩いてくる。
「嘘ついてるのバレバレですよ。お嬢様は時折嘘が下手くそになるときがありますが、今がそうです」
「前にもそんな事を言われたね……」
私は諦めて笑い、手に持っていた小説を膝の上に置く。
「ま、確かに私とノエルにちょっとした事があったのは事実だよ。でもそれはちょっと言えないんだよね。なんというか、彼の名誉のために」
話としては笑い話で済むような話だし、ダグラスなら問題ないと思うがノエルに秘密にしようと誓ったのだ。その約束を破るわけにはいかないし、ないとは思うがダグラスがノエルにつっかかる可能性もなきにしもあらずではある。わりと喧嘩っ早い部分あるし。
「そうですか……」
私の言葉を聞くと、ダグラスは落ち込んだような表情を見せる。
そして、静かに口を開く。
「お嬢様がそう言うなら仕方ありませんね……でも、やっぱり少し寂しいです。お嬢様が俺の知らない秘密を抱えてるのって」
「…………」
「俺とお嬢様はなんだかんだでずっと一緒にいるじゃないですか。だから、勝手にお嬢様の事知ったつもりになってたのに、この前の事件といい、今回といい、俺はわりとお嬢様の事何も知らないんだなって……そんな自分が、歯がゆくてしかたないんです」
「……そうか、なんだかすまないね、ダグラス」
「謝らないでください。俺の勝手なわがままなんですから。……でも!」
と、そこでダグラスは顔を上げ、真剣な表情で座っている私の肩を掴んだ。
「ダ、ダグラス?」
「もし以前のように何か悩み事があったり、一人じゃどうしようもないって事があったら、そのときは最初に俺に相談してください! 俺は、お嬢様の力になりたりんです……誰よりも、一番近くで、お嬢様の力に!」
「……ダグラス」
ダグラスの目と肩に入る力は真剣そのものだった。
彼が本気で、私のためを思ってくれていることが伝わってくる。そのことが、私は嬉しかった。
「ありがとう、私はいい執事を持ったよ、ダグラス」
「お、お嬢様……」
私とダグラスは笑い合う。そのときだった。
「戻りましたレイ様ー」
クレアが、トイレから戻ってきたのだ。
「……って、何やってるのダグラス!?」
「あっ、クレア!? こ、これは違くてだな!? って、うわっ!?」
「へ? わっ!?」
クレアに目撃されたダグラスは同様し、腕にかける力配分を間違ったらしい。
私は椅子に座ったまま後ろに転び、ダグラスもそれにつられて転んでしまう。
そして、その結果。
「痛っつぅ……」
「うう……大丈夫かい、ダグラ、ス……?」
「椅子の足が当たって痛い……ん? こ、この頭に感じる柔らかい感触って……」
今度ダグラスは、どうやら咄嗟に椅子を避けようとして変な動きをしてしまったらしく、頭が私の胸に埋もれてしまっていたのだ。
「あ、ああああああああああっ!? ダグラスがセクハラしてるうううううううううううう!?」
「ぬ、ぬああああああああああああっ!? ちっ、違うっ!? そ、そういうつもりじゃあっ!?」
「いや、分かってる。分かってるから二人共落ち着いて……」
「ダグラスうううううううううううっ! 抜け駆けは許さないんだからああああああああああああっ!」
怒ったクレアがものすごい勢いで走ってくる。
結局、その日はクレアの誤解を解いて落ち込むダグラスを励ますのに時間を割いてしまったせいで、もう勉強という空気にはならなかった。
なお、二人はそれ以降も努力し、期末テストをそこそこの成績で終えたのだった。
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