体育祭:本番
ついに待ちに待った体育祭の日がやって来た。
学校の屋外運動場に、全校生徒がそれぞれクラス、学年、チーム毎に分かれて集まっている。
私もまた、自分のクラスの列に並んでいた。私は女子の中では背が大きい方なので後ろの方である。
「楽しそうだね、レイ」
そんな私に、男子の列で近くに並んでいたアレックスが話しかけてきた。
「そう見えるかい?」
「ああ、かつてないほどに楽しそうな顔でそわそわしているよ?」
「そうか……まあ別に隠すようなことじゃないしね。確かに楽しみだよ。何せ、堂々と全力で体を動かしていいんだ。こんな機会そうそうないからね」
「ふふっ、本当にレイは体を動かすのが好きだね。初めて会った夜の後、レイの家で再開したときのことを思い出すよ」
アレックスはそう言ってクスクス声を抑えながら笑う。
「初めて会った頃か……そういえば、あのときも私はアレックスの前で運動していたんだっけね。あれからそれなりに長い付き合いになったものだね」
思えば不思議なものだ。私はアレックスが自分の破滅に繋がるかもしれないと分かっていたのに、彼を助けずにはいられなかった。
そうして、彼とできた縁は今でも切れずにずっと続いて、むしろ私を助けてくれたりもした。
私が前世で読んできた原作とはもはや完全に逸脱しているように思える。
これから何がどうなるか、私にはまったく検討がつかない。
でも、それでいいと思う。
アレックス達と一緒なら、どんなことも乗り越えられる。そんな気がするのだ。
「私は、アレックスとあのとき会えてよかったと思っているよ。そして、これからも末永く仲良くしていきたいと思っている。これからもよろしく頼むよ、アレックス」
だから、私はそんな気持ちを込めてアレックスに言った。
すると、アレックスはなぜだか苦笑いをした。
「うーん……そうしたいしその言葉はすっごく嬉しいんだけど……でも、ちょっと複雑でもあるなぁ……」
「ん? どういうことだい?」
「いや、こっちの話だよ。気にしないで」
アレックスは私に軽く手を振って言う。
私はその意味がよく分からず、軽く首をかしげてしまった。
「……と、そろそろ体育祭の開会式が始まるよ。さすがにおしゃべりしていたら怒られそうだ。これぐらいにしておこうかレイ」
「ああ、そうだね」
アレックスが前方を見ながら言ったので、私は頷く。
そうして、運動場に設置された台の上に、我が校の学園長――白髪と白い髭が輝いている、壮年の男性だ――が登壇して開会の宣言を始めるのだった。
体育祭は滞りなく進められた。開始時にそれぞれのチーム、クラスの代表が武術を競い合う演目が行われた。
その演目で我がクラスから出たのはノエルだった。ノエルは渡された棒を片手にそれぞれの学年毎に分かれて集まっている舞台に上がり、その腕を競い合った。
そうした結果、ノエルは見事一年生の中で優勝を収めた。
そんなノエルにねぎらいの言葉をかけたときノエルは、
「……別に。当然だろこれぐらい」
とぶっきらぼうに言っただけだった。
だが、ノエル自身も決して嬉しくないわけではないと睨んでいる。
ここしばらく一緒にいたから分かるようになってきたのだが、ノエルは感情を表に出そうとしないが実はわりと表に内心が表れているときが多い。
今回だって、そっけない態度をとってはいたが、いつもよりもそそくさと私達の前から去って片付けに行ったのは、照れ隠しの可能性が高いと思っている。
とにかく、ノエルは少し恥ずかしがり屋なきらいがあるのだ。
その後に行われたのは、重い荷物を持って走るという少々変わった競争だった。
なんでも軍隊での物資運搬を想定したものらしい。
それに出たのはアレックスだった。最初、アレックスにはこの手の競技は合わないと思っていたのだが、出てみると意外な事に健闘していた。
と言っても、順位は中途半端なものだったのだが。
だが、最初から最後まで諦めずに頑張る彼の姿は見事なものだった。なので、私は戻ってきた彼を素直に褒めた。
「見事だったよアレックス! 君も随分と頑張るんだね! 良かったよ!」
私がそう言うと、アレックスは嬉しそうに鼻をかきながら、
「へへ……まあね。これもみんな、レイのおかげだよ」
と言ってきた。
「私の?」
「ああ、レイが最初の頃に運動を進めてくれたから、こうして僕は今でも体を動かすことを頑張っているからね。ありがとう、レイ」
私が聞き返すとアレックスは逆に私にお礼を言ってきたのだから、私は一瞬どうしていいかわからず、少し困って頬をポリポリとかいてしまった。そのあと、とりあえずの返答はしておいたのだが、なんと答えたかはあまりはっきりと覚えていない。
そうして進められていった体育祭で、ついに私の出番がやって来た。
最初は、短距離走だ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ええ、健闘をお祈りしております、お嬢様。と言っても、女子でお嬢様に勝てる相手なんていないと思いますがね」
ダグラスがそんなことを言うものだから、私は軽く笑った後、
「いや、油断は禁物だよ。それに、競争は相手だけじゃなく自分との戦いでもあるんだ。常に全力で挑むさ」
と答えた。
そうして挑んだ短距離、一〇〇メートル走。
結果は……まあ、当然ながら私が一位だった。
タイムもなかなかで、結果としては良いものを残せたと思った。
一〇〇メートル走から帰ると、ダグラス達が私を温かい拍手で迎えてくれる。
「さすがですお嬢様! 見事な走りっぷりでした!」
「レイ様さすがですー! 格好よかったです!」
「うーんどうして同じ女子なのにレイはあんなに速いのかなぁ? ちょっと不思議」
そんなダグラス達の言葉に私は笑って答え、次の中距離走の準備を始める。
水分補給と休息、そして念入りなストレッチだ。いついかなるときも自分のコンディションを最善に保つ。それがアスリートとしての責務だと私は思っている。
ま、今は別にアスリートってわけでもないけど。
そうして次の競技を待つ間も、私は他の仲間達の競技を観戦した。
クレアが玉入れでカゴに玉をうまくいれられず焦っているのを見て笑ったり、魔法演目でアレクシアが美しい光の魔法の芸術を見せたのに感心したりした。
そうして少し待った後、次の中距離、八〇〇メートル走がやって来た。
もちろん、私の出番だ。
私は意気揚々とトラックへと向かう。その途中で
「頑張って下さいお嬢様ー!」
「レイ様ー頑張ってー!」
「応援してるよー!」
「頑張れーレイー!」
とノエル意外の仲間達からの声援が私に届くのを私は聞いた。私はそれを聞くだけでとても嬉しくなる。
私には良き仲間がついている。それは、先日の戦いでも思ったことだ。
信頼という絆で、私達は結ばれている。
そうだ、それさえあれば何も怖くない。
破滅の未来がなんだと言うのだ。それはきっと、仲間達がいれば訪れることはない。
現に前回『
なら、きっと今後もそうに違いない。
私は自分の力で、運命に囚われた悪役令嬢としてではなく、公爵令嬢レイ・ペンフォードとして生きていけるはずなのだ。
そんな希望が、ただの学校行事の中距離走なのに私の心に宿った。
私は思わず笑みを浮かべてしまう。
大丈夫だろうか、周囲に気持ち悪いと思われていないだろうか。
そんなつまらない悩みぐらいしか、今は不安に思うことはない。
「さあ……いくか!」
私は明るい希望を胸に灯しながら、八〇〇メートルを走った。結果は一位。
タイムも過去最高だった。これも仲間のくれたものだと、私は思った。
そうして、順風満帆に体育祭は進んでいった。
その他にも、私や仲間達はいろんな競技に出た。そうして、様々な競技で私達は活躍し、見事学年一位の成績をクラスで獲得し、体育祭を華々しく終えたのだった。
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