ファンクラブができました

 あの事件から一ヶ月。世間もすっかり落ち着き、私達の学園生活も穏やかになってきた六月。

 その日も私は授業を終えた後、談話室で早々に自分の部屋に戻ったノエルを抜いた四人の友人達と一緒に話していた。


「それにしてもクレアはもうちょっと座学を頑張ったほうがいいよ? 魔法の成績がいいのはいいけど、基礎を抑えてないとテストとか危ないよ?」

「うう、分かってますよレイ様ぁ……でも、どうしても座学って苦手で……」

「まあその気持ちは俺も分かりますよ。俺だって苦手教科はありますし」

「おや、ダグラスもそういうのがあるんだね。ちょっと意外だよ」

「俺はわりとついていくのでやっとなんですよ。というか、学年トップのお嬢様達と一緒にしないで下さい」

「そうだねぇ。僕も成績はそこそこいい方だと思ってるけど、レイやアレクシアには負けるなぁ」

「ふふっ、ありがと。でも私も結構頑張って勉強してるのにレイには勝てないからなぁ。レイはさすがだよ。頭の中どうなってるの?」

「はは……まあ、私だって努力はしてるからね」


 私は軽く笑って流す。

 さすがに前世の知識があるから優位になっているなんて言えないし、それはそれでちょっと気が引けるところがあった。

 そんなときだった。


「あのっ、レイ様っ!」

「ん?」


 私達のところに、一人の女子生徒がやって来た。

 どうも同じ学年の生徒らしい。手には何やら四角い包みが握られている。


「これ、受け取って下さい! チョコレートです!」

「チョコレート? ありがとう。でも、いいのかい?」

「はい! 私達ファンクラブで話し合ってみんなで作ったチョコレートですから、ぜひ受け取って欲しいです!」

「へぇそうな……ん? ちょっと待って?」


 なんだか聞き捨てならない単語が混ざっていた気がするぞ。

 さすがにこれは聞き直さないとまずい気がする。


「ねぇ、今なんて言ったかな?」

「え? みんなで作ったチョコレートと……」

「いや、そのもうちょっと前」

「ああはい。私達ファンクラブで話し合って……」

「はいストップ! ねぇ、今ファンクラブって言った?」

「はい。……あ、もしかしてレイ様、ファンクラブの事ご存知なかったですか?」

「ご存知ないよぉ!?」


 突然飛んできた言葉に私はびっくりする。

 ファンクラブ!? どゆこと!?


「なら説明させていただきますね! 私達は以前からレイ様をお慕いしておりました! でも、レイ様をお慕いする気持ちが行き過ぎるゆえに、レイ様に迷惑をかけたり喧嘩になったりと、いろいろよくない事もありました……そこで、私達はファンクラブを作って節度を持ってレイ様に接しようと決めたのです!」

「そ、そうなんだ……へ、へぇ……」


 私は思わず顔が引きつってしまう。

 いやいやいや、さすがにファンクラブなんて前世でもできたことがないよ!?

 いくら私が王子様気質だからって、さすがにそれは……


「あ、そうだ! もしよければ、私達の会合に来ていただけませんか!? レイ様が来てくれれば、きっと皆喜ぶと思うんです! これ、会合の日程表です!」


 その女子は私にカレンダーに日付が書き込まれた紙を渡してきた。

 私はそれを苦笑いしながら受け取る。


「あ、ありがと……気が向いたら、ね……」

「はい! いつでもお待ちしております!」


 そう言ってその子は去っていった。そして、残された私は友人達を見回す。

 みんな、何とも言えない表情で私を見ていた。


「あはは……レイ、大変だね……」


 そう最初に声をかけてきたのはアレクシアだ。その表情には同情が見て取れる。


「うう……なんでこんなことに……」

「……それは、やっぱりあれじゃないかな。この前レイがやたら女の子に優しくしていたから……」

「……あれかー……!」


 アレックスに言われ、私ががっくりとうなだれ頭を抱える。

 そう言われれば確かにあのとき色々とやり過ぎたとは思う。

 でも、だからって……いや完全な自業自得ではあるんだけどでもさぁ……!


「……で、行くんですか? その会合って奴に?」

「うん……一応行ってみようと思う。さすがにファンクラブという実体がよく分からないものをそのまま放置しておくのは怖いし……」

「そうですか……その、頑張ってください」


 ダグラスもまた同情した様子で言ってきた。

 私はその言葉に、力なく「うん……」と頷く事しかできなかった。



   ◇◆◇◆◇



 数日後の放課後。私はファンクラブの会合とやらに顔を見せるために校舎にあるとある空き教室を訪れていた。

 どうやらその教室をファンクラブは会員の集まる部屋として使っているらしい。

 わざわざ申請したのかそれとも勝手に使っているのか気になるところではあるが、まずは見てみないことには始まらないと、私は思った。


「……よし」


 私は教室の前まで行くと、意を決しトントンと扉を叩く。

 すると、少ししてガラガラと教室の引き戸が開かれた。


「はい……ああっ!? レイ様っ!」

「や、やあ。招待を貰ったから来てみたよ」

「あ、ありがとうございますぅ! ささっ! みんな待ってます! ぜひ中に入って下さい!」

「うん……」


 私は興奮気味のその女子生徒に促され、教室の中に入る。


 すると――

「きゃあああああああああああっ! レイ様だわあああああっ!」

「レイ様が、私達の会合に来てくれたわっ!」

「レイ様っー! レイ様っー!」


 ものすごい勢いで黄色い声が私に浴びせかけられた。

 私は教室を見回す。教室には、大勢の女子生徒がいた。数にして三十人は下らないだろう。

 そんなにも多くの女子生徒が入会していることに、私はクラクラする。


「みなさん、お静かに。レイ様が困惑しておりますわ」


 と、そこで一人の女子生徒が前に出て、沸き立つ他の女子生徒を諌めた。

 青みがかった髪を長く伸ばしているのが印象的な女子生徒だ。


「どうもレイ様。わたくし、このファンクラブの会員ナンバー一番にして、会長である、ローラ・フェイロンと申します。よろしくお願いしますわ」

「あ、ああ。よろしく、ローラさん」


 私は頭を下げてきたローラに対してこちらも頭を下げる。


「ああ、レイ様。あなた様はわざわざ頭をお下げにならなくてもよろしいのに……でも、その気品の高さがまたレイ様のお美しさを引き立てて、素晴らしいと思いますわ」

「あ……ありがとう」

 ローラはとてもうっとりとした様子で言ってきた。


 他の子より落ち着いているとはいえ、やはりこの子も私の事が好きなようで、その視線はとても熱い。


「この度は私達の会合に来ていただきありがとうございます。レイ様に黙って勝手に作ったファンクラブですが、どうかお許しくださいませ」

「あ、ああ。いいんだよ別に。私の迷惑にならないようにと私の事を思って作ってくれたんでしょう? なら、お礼を言うのは私の方かな」

「ああ、お礼なんてもったいなきお言葉……! このローラ、幸せに満ちあふれております……!」


 ローラは体を震わせて言う。

 すごいなぁ……落ち着いているはずなのにすごい情熱を感じる。この子が会長なのもなんとなく頷ける、そんな気がした。


「ところでローラさん」

「ああ、わたくしの事はローラと呼び捨てになさってかまいませんわ! 同学年ですし、それにレイ様にさん付けされるなんて、恐れ多い……」

「ああ、うん……じゃあローラ、一応聞きたいんだけど、これでファンクラブの会員って全員だよね?」

「いえ、今日ここに集まっているのはほんの一部ですわ。本来はこれの倍以上のメンバーがいます。ただ教室が狭いため、集まれる人数は限られているのですが……」

「へ、へぇー……」


 これの倍いるの……

 なんというか恐ろしさすら感じる……私のどこがそんなにいいの……?


「あの、レイ様。僭越ながら頼み事があるのですが……」

「ん? なんだい?」


 私が若干ファンクラブの規模に引いていると、ローラは両手を合わせて私を見て言ってきた。


「この色紙に、レイ様のサインを頂きたいのです。ファンクラブにレイ様が来てくださった記念として、何か形を残しておきたいのです」


 そう言ってローラは色紙と羽ペンを私に渡してきた。

 それいつも持ってるの?


「あー……まあ別にいいけど……ただ私サインなんてした事ないよ? 一応領主の娘として書類へのサインの練習はしてきたけど」

「はい! かまいません! レイが私達に何か物を残してくれる! それだけで十分ですから!」

「そ、そう……」


 私はそれでいいのかと思いつつも、言われた通りに色紙にサインを書く。

 前世で見た芸能人のサインのような粋なものは書けなかったけど、これでいいのかな……?


「はい、どうぞ」

「ああっ! ありがとうございますレイ様っ! これは我がファンクラブの大事な宝として、厳重に保管させていただきますねっ!」


 ローラは私のサイン色紙を抱きながら言った。

 その目は若干潤んでおり、本当に嬉しいのが伝わってくる。


「ははは……そんなものでよければ、またいつでもいいよ」

「いえ! そんなレイ様のサインを安売りなどいたしません! わたくし達は、あくまで節度を持ってレイ様に接しようと思っておりますので!」

「そ、そうなんだ……」


 節度の段階がわりと低くないかなと思ったが、そこはせっかく私の事を思ってくれているらしいので言わないことにした。

 まあ、とりあえずこれでファンクラブがどんなものかは分かったかな……

 ならば、別に長居することもあるまい。というか、長居すると確実にトラブルが起きそうな気がする。

 私はそう思って、ここをもう出ようと思った。


「それじゃあ、私はそろそろ帰ろうと思うよ」

「あら、そうなんですの? せっかくお茶をお出ししようとおもいましたのに」

「いや、結構。今日は確認しに来ただけだからね。これからも、ファンクラブをまとめるのを頑張ってね」

「っ! は、はい! わかりましたわ! このローラ・フェイロン! 全身全霊を持ってレイ様のことを応援していきます! 特に、今月行われる体育祭における、レイ様の活躍をファンクラブの総力を持って支援することを誓いますわ!」

「ははは……」


 ローラはとても興奮した様子で言った。どうもだんだんボルテージが上がってきているらしい。

 ちなみに体育祭とは、六月に行われるその名の通り運動で競う学校行事の事だ。

 前世にもあった行事だが、どうやらこの世界にもあるらしい。なんというか、ファンタジーな世界なのに学校に関しては妙に現代的である。


「それじゃあ、私はこれで……あ、そうだ」


 と、去り際に私は一つ思い出して足を止める。


「この前貰ったチョコ……ハート型をしていた奴、美味しかったよ。とても愛情が籠もっていると思った。ありがとうね」


 そう言って、私は彼女に何気なくウィンクする。


「っ!!?? ああ、レイ様っ!? そんなお言葉とウィンクを貰ったらわたくし、ああ……!」


 すると、ローラはぐらりとその場に倒れてしまったではないか。


「ああっ!? ローラ!? 大丈夫!? ローラ!?」


 それからしばらく、私はローラが意識を取り戻すまでファンクラブで彼女の看病をすることになるのだった。

 なお、看病が終わった後もローラはその事でものすごく感謝をしてきたのだが、ここではあえて多くは語るまい。

 とにかく、私の生活にファンクラブというものがついて回るようになったのは、確かなのであった。

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