王子様の決別
パイアス達の反乱未遂事件は学園の教師陣およびオルトロス帝国全体に大きな衝撃をもたらした。
学園および帝国はこの事件を大々的に発表。パイアスを国際的に指名手配とした。
さらに帝国はスパルタイ王国を非難するも、王国はパイアスとの関連を完全に否定。パイアスの捜索に協力することを約束する。
しかし、学園における彼の自室や帝国、王国にある彼の住まいを徹底的に調べても、現在パイアスがどこへ潜伏しているかの情報を掴むことはできなかった。
パイアスの娘であるマリアンヌへも取り調べが行われたが、マリアンヌは父の計画をまったく知らなかったらしく、有益な情報はなかった。
一方、ジュダスは帝国によって身柄を確保された後、裁判で正式な判決が出るまで帝都にある監獄へと収監されることとなる。
ジュダスは取り調べには前向きであったが、彼が知らされていた情報はごく僅かであり、これもまたパイアスに繋がる情報にはなり得なかった。
こうして、事件は主犯格を取り逃したまま、難航し世間からは忘れ去られていく事になるだろう。
なお、この事件の解決に関わったレイ達の情報は秘匿されることとなった。アレックスが平和な学園生活を送るために第三皇子としての権限を使用した結果である。
そうして、結果として人知れず戦争を回避させたレイ達。
そんな彼女らは、事件後すんなりと自分達の学園生活に戻っていったのだが……
◇◆◇◆◇
「お嬢様の様子がおかしい?」
事件から数日後。ダグラスは早めの昼食を取っていたところで、そうアレクシアに相談された。
「うん、そうなの」
「おかしいって、どう?」
聞いたのはアレックスだ。他にも、ノエルとクレアが一緒にいる。いないのは前の授業で先生から用事を言い渡されたレイだけだ。
「そのね、なんていうか……ここ最近のレイは、女の子に優しすぎるの」
「いやいや、それっていつものあいつじゃねぇの?」
ノエルが言う。それにダグラスとアレックスも頷く。
「そうだよなぁ。お嬢様が女子の前でかっこいいのはいつもの事だもんな」
「女子の前というか、男子の前でも普通にかっこいいよね。まあそういうところが好きなんだけど」
「もうそうじゃないよ! これだから女心に疎い男子は!」
クレアが三人に憤慨する。
「そうじゃないって、どうなんだよ」
「その……なんていうか……大げさというか……とにかく、違和感があるの!」
「そうだね、一番ふさわしい言葉を当てるとするならば、わざとらしい、かな」
「わざとらしい?」
アレクシアの言葉をアレックスが反復する。
「そうなんですアレックス皇子。なんというか、普段のレイの人たらしな行為って素でやってるじゃないですか。でもなんか、今は意図してやってるというか……あ、噂をすれば」
ちょうどそのとき、食堂にレイがやって来る。
彼女の周りには、既に女子の人だかりができていた。
「うーん別段いつもと変わらないように見えるけど……女子がいっぱいいるのも含めて」
アレックスが楽しげに女子と話しているレイを見ながら言った。
そんなときだった。
「レイ様ー! ……あっ!」
食堂でレイを見かけ走っていった女子が足をもつれさせ転びそうになる。
「おっと」
その女子を、レイが素早く動いて受け止めた。
「あっ、ありがとうございます……」
「その綺麗な顔に傷がつかなくてよかった……はしゃぐのもいいけど、自分を大切にするんだよ、レディ」
そう言って、レイは抱きかかえたその女子生徒の額にキスをした。
「へっ!? うひゃああああああっ!?」
女子生徒はそのキスで顔を真っ赤にして、ボンッ! っと煙を拭き上げた後に伸びてしまった。
「ああっ、ずるいっ!」
「レ、レイ様っ! 私にもお願いしますっ!」
「わ、私にもっ!」
「ああごめんねマドモアゼル達、私はこの子を保健室まで運ばないといけないんだ。君達の相手はまた今度だね。でも、君達のことも愛しているよ。では」
そう言って、レイは女子生徒を抱えて食堂を出ていった。
「ああん、レイ様待ってぇ!」
その後を、女子の集団がこぞってついていく。
「……とまあ、今みたいな感じなんだけど」
「……なるほど、確かにちょっと大げさだね」
「でしょう?」
アレクシアにアレックスが頷く。
「うーん、でもクレア様と最初会ったときもあんな感じだったような……」
「よく覚えてるねぇダグラス。でも、レイ様はあそこまでキスは安売りしてなかったよ!」
「あそこまでってちょくちょくキスはしてるのか……」
ノエルが呆れた顔で言う。
そんな彼の言葉に、クレアは軽く苦笑いをした。
「まあともかく、やっぱり変なんだよレイ。だから私、レイをしばらく観察してみようと思うの。だから、みんなも手伝って」
「観察? まあいいけど」
「そうですね。確かにお嬢様のメンタルを気にかけるのも執事の務めですので」
「なんで俺がそんな事……ああ分かったよ! だからそんな目で見るな!」
アレックス達が了承する。
そうして、五人によってのレイへの観察が始まった。
その結果……
「ああ、美しいね。その美貌が羨ましいよ。君のその美しい顔を、もっと私に見せて欲しいな……」
廊下で女の子を口説くレイが発見されたり、
「可愛らしいお嬢さん……君の愛くるしさにときめかせてもらったよ。だから、これを受け取って欲しい」
授業中なのに女の子に花を渡すレイが見られたり、
「集まってくれて嬉しいよ、美しいレディ達! でも、危ないし他の会員の邪魔にならないように気をつけるんだよ。じゃあっ!」
乗馬クラブで馬に乗りながら集まってきた女子達にウィンクを飛ばすレイがいたり、と、色々な場所で色々な方法で女子生徒にアプローチをかけるレイが見られたのだった。
「やっぱりおかしいよ!」
後日、談話室でそれぞれが観察した情報を集まって話したとき、アレクシアが声を高らかに言う。
「うーん、そうだねぇ。確かにレイがあそこまで自分から女の子に粉をかけるなんて変かも……」
「そうですね。お嬢様はもうちょっと慎みがあったはずです」
アレックスとダグラスが頷く。
「しかし、どうして急にああなったんだあいつは? 最近何か心変わりするような事でもあったか?」
それに続いて、ノエルが言う。
彼のその言葉に少しの間一同が考え込む。
「そうだね……レイ様の身にあった事件で言うと、やっぱりこの前のパイアス先生の一件だけど……あ」
そこで、クレアが何かに気づいた。そして、そのままアレクシアの方を見る。
すると、アレクシアも同じことに気づいたようで、ゆっくりと頷く。
「やっぱり、そうだよね……私も多分アレのせいだと思うんだ……」
「ああ……なるほど……」
「そっか……そりゃそうだよなぁ……」
アレクシアに続いて、ダグラスとノエルも理解したようで、苦々しい顔になる。
「ん? アレってなんだい?」
一方で、アレックスは何かよく分かっていないらしく、頭に疑問符を浮かべる。
そのアレックスを見て、他の四人は視線だけを飛ばしあい、そして代表してアレクシアが口を開く。
「うーん……わりとデリケートだし知らないなら知らないほうが幸せだと思うからアレックス皇子はそのままでいいと思うよ」
「……? まあ、君がそう言うならそういう事にしておくけど、なんだか仲間外れ感があってちょっと嫌だな」
苦笑いしながら言うアレクシアにアレックスが返す。
アレクシアはそんなアレックスに一言「ごめん」と言った後、全員を見て口を開く。
「うん、とりあえず何が原因かは分かった。……だからちょっと、私レイと話してこようと思う。多分これは、一言言い聞かせないと駄目な奴だから」
そのアレクシアの言葉に、よく状況を飲み込めていないアレックス以外が頷く。そうしてアレクシアは、一人立ち上がり、レイの元へと向かう。
レイはその日少し早く部屋に戻っていたところだった。なので、アレクシアは女子寮のレイの部屋まで行き、扉を叩く。
「レイ、いる?」
アレクシアが扉越しに言う。すると、扉はすぐさま開かれ、レイが顔を見せる。
「やあアレクシア。誰かと思えば君か。どうしたんだい?」
「ちょっと話があるの。中に入っていいかな」
「うん、いいよ。さあ入って」
レイは笑顔でアレクシアを迎えた。
彼女の部屋は綺麗に掃除されており、整えられていた。
「さあ座って。今お茶でも出すよ」
アレクシアはレイが促す通りに椅子に座る。そして、レイがお茶を持ってきてアレクシアに出して座るのを待った。
「ありがとう」
「どういたしまして。それで、話ってなんだい、アレクシア」
「うん、そうだね。私は言いたいことはっきりと言うタイプだから単刀直入に言うね。レイ、あなたヤケになってるでしょ」
「……え?」
持ってきたお茶を飲もうとしていたレイの手が一瞬止まる。
だが、レイはまた手を動かしお茶を一口飲んだあと、ティーカップを置いて笑顔で口を開く。
「……何の事かな?」
「とぼけたって駄目。レイ、失恋したから今わざと女の子に粉かけてるでしょ? 分かるよ、それぐらい」
「……べ、別に私はそんなことは……」
「嘘だよ」
一瞬目が泳いだレイに、アレクシアは追求する。すると、レイはうつむき、表情が髪で隠れる。
「……どうして嘘だって分かるんだい?」
「分かるよ、そんなの。いつものレイを見てれば。レイはね、確かに王子様みたいな人だと思うよ。かっこいいし、キザだし、困ってる人を見たら必ず助けてくれる。でもね、レイはそれを自然体でやる人で、ワザとするような人じゃないって、知ってるんだ。私も、みんなもね」
「…………」
レイは言葉を返さない。そんなレイの元に、アレクシアは立ち上がり、側に寄って静かに後ろから彼女の体に手を回す。
「レイ、辛いのはよく分かるよ。初恋だったもんね。ジュダス先輩の事、信じてたもんね。それが、あんな形で破れて、辛かったよね」
「……うん」
レイは小さな声で頷く。そんなレイに、アレクシアは優しく囁く。
「でも、無理しなくていいんだよ。レイはレイ、いつも通りのあなたでいいんだよ」
「……そうかな。私、正直今でもすごく辛いんだ。私は女の子らしくありたくて、それで、ずっと夢にまで見ていた初恋までして。でも、それがあんな形で終わって。じゃあもう、恋なんてしなくていい、もうみんなが望む王子様でいよう、叶わない夢なんて持たないほうがいいって思って。そう思って」
顔を上げることなく言うレイ。そのため、レイの表情はよく見えない。
だが、アレクシアは優しい表情でゆっくりとレイを抱きしめた手に力を入れる。
「叶わない夢なんかじゃないよ。私はレイがとっても女の子らしい女の子だって知ってるよ。だから、元気を出して。みんなが好きなレイは、いつもの素で優しいレイなんだから」
「うん……うん……!」
レイは、ゆっくりと涙を流した。声も、体も、震えていた。
そんなレイの涙と震えが止まるまで、ずっとアレクシアはレイのことを抱きしめていた。
「……ありがとう、収まったよ」
それから少しして落ち着いたレイは、振り返ってアレクシアに言う。
「よかった」
アレクシアはその言葉を聞くと、手を離し笑顔をレイに向けた。
「本当に優しいね、君は。さすが主人公だ、同性だと言うのに私まで攻略されてしまいそうだよ」
「はは、ありがと。でもこの前も思ったけど主人公って何?」
「おっと。まあこの前も言ったけど気にしないでくれ。私が勝手につけたあだ名のようなものだよ」
レイはそう言って笑顔を見せる。
アレクシアはよく分からないといった顔だったが、レイが立ち直った事は理解して、彼女もまた笑顔になる。
「ま、元気になってくれてよかったよ。でも、みんな心配したんだから、明日ちゃんとみんなに謝ること。いいね」
「うん、分かったよ。そうする」
そう言った後、レイとアレクシアは互いに笑い合った。そしてその後、夜遅くまでレイとアレクシアは共に過ごすのであった。
◇◆◇◆◇
そして、翌日……
「レイ様ぁ! 今度は私にその唇を!」
「いいえレイ様! 今度は私にお願いします!」
「唇じゃなくてもいいです! どうかレイ様私に笑顔を!」
「レイ様! 先日お約束したデートをどうか!」
「レイ様っ! ならば私も二人っきりでどうか!」
「まあまあ、みんなその……落ち着いて……ああ、どうすればいいんだいこれーっ!」
レイは女の子達に囲まれ、悲鳴を上げていた。
どうやら、ヤケになって女の子達に粉をかけていたツケが回ってきたらしい。
そんなレイを、アレックス達は遠くから見守っていた。
「ああ、レイが大変な事になってるよ。助けに行ったほうがいいかな?」
「別にいいだろ。たまには自分の日頃の行いをよく鑑みるチャンスになるんじゃねぇの」
「そうは言っても……あのままだとお嬢様一生やってますよ」
「そうだよ! レイ様を有象無象から救出すべきだよっ! 私だってレイ様と一緒にいたいのを我慢してるんだから! 他の子がそうするなんて許せない!」
「本音が出てるよクレア。まあでも、助けに行ってあげようか。でも、もうちょっと放っておいてからね。ノエルの言う通り、たまには人たらしの痛い目にあってもいいと思うから」
アレクシアが少しふざけたように言う。
その言葉に一同頷いたり苦笑いしたりながらも、同意し少しの間困っているレイを見続けるのであった。
「レイ様っ!」
「レイ様~!」
「ああっ、ごめんよみんなっ!? だ、誰か助けてーっ! やっぱり王子様なんてこりごりだーっ!」
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