大決戦! 王子様

 曇りなき月夜。

 星々と月の光が暗い夜をわずかに照らす下、聖ユメリア学園の旧校舎裏庭で、レイはこれから相対する相手に向けて剣を向けていた。

 パイアスとジュダス。国家転覆を狙う王国からのスパイである。


魔法傀儡マジックロイド!」


 パイアスがそう高らかに言い指を鳴らすと、パイアスとジュダスの背後に黒い傀儡がずらっと現れる。

 魔法によって操られる人形兵、魔法傀儡だ。


「行きなさいっ!」


 パイアスのその言葉により、傀儡達がレイ達に襲いかかる。


「行くよ……みんな!」


 レイがそれに答えるかのように言う。

 その言葉により、レイ達六人もまた傀儡へと向かっていった。


「エンチャント! フレイム!」


 レイが剣を構えながら言う。

 すると、レイの持っていた剣が赤く光り、炎をまとう。

 レイの得意魔法、物体に属性魔法を乗せることができるエンチャントだ。


「ふんっ! はっ!」


 レイは燃える剣で次々と傀儡を切り倒していく。

 彼女の剣士としての技量の高さが伺える剣さばきだ。


「人間相手ならともかく、人形相手なら心置きなく剣を振るえるね!」


 目の前の傀儡をすべて切り倒して言うレイ。

 だが、傀儡はさらに湧いてきて彼女へと襲いかかる。


「おっと、レイに近づけさせないよ。シェイド!」


 その傀儡を、闇の塊の爆発が襲う。

 レイが振り向くと、そこに笑顔を見せるアレックスがいた。


「さすがだね、アレックス皇子」

「ありがとうレイ。闇魔法は我が皇族の十八番だからね。あと、さっきみたいにアレックスって呼び捨てにしてもらって構わないんだよ?」

「ん……分かったよ、アレックス。さすがに、いまさら取り繕いはしないよ」

「うん、ありがとう!」


 アレックスはレイに満面の笑みを向ける。それほど名前を呼び捨てにしてもらったのが嬉しかったらしい。


「二人共、話している場合じゃないですよ!」


 ダグラスが、アレックスの魔法を抜けレイ達のところに襲いかかってきた傀儡を蹴り飛ばしながら言った。


「皇子、確かにお嬢様から呼び捨てしてもらったのが嬉しかったのは分かりますが、もうちょっと注意してもらわないと困りますね」

「うん、そうだね。でもさすがだよダグラス。素手であの傀儡を倒すなんて」

「素手じゃありません。ペンフォード家の使用人に支給されている魔法武具を使っています。俺はこのナックルと靴です」


 ダグラスが拳と靴を見せる。確かにそれは鈍色に輝く武具だった。


「なるほど……というか、うちの家って使用人にそんなの配ってたんだ……」

「……っと、そんな事気にしている暇はないですよ!」


 さらに途切れることなく襲ってくる傀儡達。

 それをダグラスは次々に殴り飛ばし、蹴り飛ばしていく。その一撃一撃はとても重く、まるで巨大なハンマーで殴られたかのように傀儡は吹き飛んでいった。


「にしても、なかなかに数が多い……わりと面倒だな……」

「なんだ、もうへばったのか?」


 と、そこに今度はノエルが手にハルバードを持って現れる。

 そのハルバードを円を描くように振り回し、傀儡を一掃する。


「おっと、あんがとよノエル。というか、別にへばっちゃいねーって」

「どうだかな。ま、レイはわりとまだまだ元気そうだな」

「まあねノエル。というか初めて私の名前呼んでくれたね。嬉しいよ」


 レイもまた迫り来る傀儡を次々と切り倒しながら答える。

 二人は傀儡に対抗しながら、自然と背中合わせになる。


「こんなところで喜んでるんじゃねえよ」

「それもそうだね。あと、そのハルバードどっから持ってきたんだい?」

「学園の武器庫からかっぱらってきた」

「また……まったく、君ってやつ、はっ!」


 二人は背中を離し、一気に正面の敵陣に飛び込む。素早く敵に切り込む二人の姿は、まさしく一閃の刃の如くだった。

 それにより、レイとノエルの正面にいた傀儡の群れが倒れていく。

 だが、傀儡は未だにその勢いを衰えない。文字通り黒山の群れが四人に襲いかかってくる。


「レイ様に近づけさせはしませんっ! ホーリーレインっ!」


 その群れに、光の雨が降り注いだ。クレアの光魔法による攻撃だ。その雨を受けた傀儡は次々に穴だらけになっていく。


「そうだねっ! いくよっ! ファイアストームっ!」


 そしてさらに、その光魔法から逃れた相手を、風魔法と炎魔法の合成魔法である炎の竜巻が焼き尽くし、吹き飛ばしていく。

 六つのエレメントを自在に操れる、アレクシアの魔法だ。


「さすがっ! びっくりするほどに強力な魔法だね、二人共っ!」

「あっ、ありがとうございます! へへへ、レイ様に褒められちゃった……!」

「ふふっ、まあね。と言っても、これもノエル君が倉庫から持ってきた魔導書の力を借りてるってのもあるけどね」

「ああ、ネタバラシしちゃってもうアレクシア!」

「ふふ、ごめんねクレア」


 クレアとアレクシアは楽しげに笑いあった。

 レイはそんな彼女らの姿を見て、さらに勇気が湧いてくるのを感じた。

 ゆえに、レイはパイアスとジュダスに向けてはっきりと言い放つ。


「さあ、どっからでもかかっておいで! 私達に勝てるのなら、ね!」

「ふん、小生意気な……ジュダス、実力の違いを教えてあげなさい」

「はい、先生」


 すると、状況を見かねたのかパイアスはジュダスをレイ達にけしかける。

 ジュダスはパイアスに言われると、剣片手にまるで風のような速さでレイ達のところに駆けてくる。


「くっ、来ましたか、先輩っ!」


 レイもまたジュダスに向かって駆けていき、剣と剣をぶつけ、つばぜり合いになる。


「ふん、授業のときよりも腕を上げたじゃないかレイ君。だが、君は僕には勝てない。なぜなら、僕のほうがずっと腕は上だからねっ!」

「ぐうっ!」


 ジュダスはレイとのつばぜり合いに押し勝ち、剣を振るう。

 レイはそれをすんでのところで避けるも、次々と繰り出されるジュダスの剣戟に防戦一方となる。


「ちっ!」

「くっくっく! ほらほらどうした! 守っているだけじゃあ勝てないよっ!」


 ジュダスが大きく剣を振るう。

 レイはそれを大きく後ろに飛び避け、地面に手を付く。

 だが、それこそがジュダスの狙いだった。


「大げさな動きっ! そこっ!」


 ジュダスはその隙をつき、レイに向かって剣を向け突進してくる。

 そのままいけば、レイの胸は貫かれていただろう。しかし――


「ダークバインドっ!」

「っ!?」


 ジュダスは地面から伸びてきた黒い鎖によって手足の動きを止められる。

 アレックスの闇魔法だ。


「ちっ! こんなものっ……! ディスペルっ!」


 ジュダスは魔法を無効化する呪文を唱え、闇の鎖を破壊する。


「隙だらけっ!」


 だが、その隙をついてダグラスがジュダスの懐に飛び込み、ジュダスの剣を蹴り飛ばす。


「なっ!? くっ、戻――」

「させるかっ! ふんっ!」


 さらに、ノエルがハルバードの柄の部分でジュダスの腹部を突き、ジュダスが詠唱によって吹き飛んだ剣を取り戻そうとするのを阻止する。


「かっ……!?」

「クレアっ! 今っ!」

「うんっ! パラライズっ!」

「ストーンロックっ!」


 そこに、クレアとアレクシアがそれぞれ光の麻痺魔法と土の封殺魔法を唱える。

 それにより、ジュダスは完全に動きを封じられる。


「おの、れ……!」

「エンチャント! サンダーストームっ! でやあっ!」


 そこに、レイは剣に風魔法の派生魔法である電撃をまとわせ、突撃し一閃。

 ジュダスの体に大きな電流を流した。


「がっ、があああああああああああああっ!?」


 それにより、ジュダスはゆっくりと地面に倒れる。もはや戦闘を行えるほどの力をジュダスは失ったのだ。

 レイは、仲間達の力を得てジュダスに勝利した。


「確かに、私一人では勝てなかったでしょう……でも、今の私には仲間達がいる。それが、あなたの敗因です、先輩」


 レイは振り返ることなくジュダスに言う。

 そして、振り下ろした剣を再び持ち上げ、今度はパイアスの方を睨む。


「さあ、残るはあなただ! パイアス!」

「ふん、ジュダスめ。油断しましたね。まあいいでしょう、私一人でも、あなた達程度圧殺できます。この圧倒的な数の魔導傀儡によってね!」


 そう言うとパイアスは再び大量の傀儡を召喚する。どうやら傀儡に限界はないようだった。

 レイは苦々しい顔をする。


「くっ、一体どれほど……このままでは、ジリ貧だね」

「そうだね……やるなら、傀儡を操っているパイアスをどうにかしないと」

「しかしどうするんです? 奴の元へと行こうにも、魔法傀儡が邪魔ですぜ」

「確かに……いくらザコでも、あんなに数がいたらちと厄介だな」

「そうだね……一掃できればいいんだけど……」

「……ねぇみんな、一つ考えがあるんだけど、いいかな?」


 次々と増える魔法傀儡に苦い顔をしていたレイ達だったが、そこでアレクシアが言った。


「いいよ、なんでも言ってくれ」

「はい、その……」


 そこで、アレクシアは提案する。レイ達はその話をしっかりと聞く。そして聞き終えた後、レイはニヤリと笑った。


「いいじゃないか! さすが、アレクシアだ。主人公の貫禄ってところかな」

「あ、ありがとう! でも主人公って何……?」

「いや、こっちの話さ。みんな、さっきの作戦でいいかな!?」

「ああ、大丈夫だよ。楽しそうだしね」

「もちろん、俺はお嬢様の言葉に異を唱えることなんてありませんよ」

「やってみる価値はあるな」

「私も微力ながらお手伝いします!」


 レイの言葉にみんなが頷く。レイもまた、みんなの言葉に頷いた。


「よし、それじゃあ……いくよ!」


 レイが号令をかける。するとアレクシアが最奥になるように六人は離れ、三角形に陣形を取る。


「ええ! ……エンチャントマジックボール!」


 アレクシアがそう高らかに唱えると、アレクシア以外の五人が敵陣へと向かっていく。

 一方で、アレクシアの手には、大きな六色に輝く光の球体が現れていた。


「あれはもしや……止めなさい! 傀儡兵達!」


 パイアスは何かに気づき、レイ達、特にアレクシアに向けて魔法傀儡を向ける。


「おっと、させないよ!」


 それをレイ達は次々と斬り倒し、防ぐ。

 そうしている間に、アレクシアの手の中で魔法球は大きくなっていた。


「よし! クレア!」

「うんっ!」


 アレクシアが魔法球をクレアに向かって放つ。魔法球はまっすぐにクレアの元に届き、クレアはそれをキャッチする。


「はいっ! ノエルっ!」


 クレアは受け取ったそれに再び魔力を込め、今度はノエルに渡す。


「おうっ!」


 ノエルはそれをハルバードにエンチャントさせ受け取る。魔法球はハルバードの先端にエンチャントされより輝きを増す。


「ダグラスっ!」


 次にそれはダグラスの武具へと渡される。

 ダグラスの手甲に宿ったそれに、ダグラスは魔力をまた込める。


「アレックス皇子っ!」


 ダグラスは、今度はそれをアレックスへと渡す。アレックスはそれを細剣で優雅に受け取る。


「レイっ!最後お願いっ!」


 そしてついに、アレックスは魔法球をレイに向けて飛ばす。


「ああっ!」


 そしてついにレイへと到達した魔法球は、剣にエンチャントされる。

 剣は六色に激しく輝き出す。


「さあ、喰うといいパイアス! マジック……ストームっ!」


 レイはそう叫びながら遠くにいるパイアスに向けて剣を突き出す。

 すると、レイの剣から巨大な光線が現れ、パイアスを守るように布陣していた魔導傀儡を吹き飛ばしながらパイアスに向かっていった。


「くっ、ぐあああああああああああっ!」


 次々と吹き飛んでいく魔法傀儡。その果てにいたパイアスもまた、その巨大な光線を受け、悲鳴を上げる。そして最後に、大きな光の爆発が起きた。


「……やったか!?」


 レイは言う。光を煙に包まれ、パイアスの姿は見えない。

 六人は集まり、パイアスがどうなったかを見届ける。すると――


「……やってくれますねぇ!」

「なっ……!?」


 パイアスはまだ意識を失っていなかった。片膝をつきながらも、なんとかその場にとどまっていたのだ。


「これほど強力な合体魔法とは……あなた達を学生と侮っていましたよ。しかし、非殺傷にしていたのが仇となりましたね……この程度では……私は倒れませんよ……!」

「ちっ……!」


 レイ達は再び戦闘態勢を取る。

 だが、パイアスはゆっくりと立ち上がると、右手をすっと横に突き出した。

 すると、その場に青色のポータルが現れる。その先は、見知らぬ場所へと繋がっているようだった。


「今回はあなた達に勝利を譲りましょう……それでは、さらばです皆さん……!」

「まっ、待て!」


 レイ達はパイアスの転移を防ごうと走り出す。だが、その段階ですでにパイアスはポータルに包まれていた。


「最後に一言助言しておきましょう……レイ・ペンフォード。運命というものは決して無形のモノのではない……ときには姿形を伴い、あなたに襲いかかるでしょう……せいぜい気をつけることですね……」

「なっ、それはどういう――」


 パイアスが最後に残した言葉をレイが確認する前に、パイアスは消えてしまった。

 その場には、六人と倒れたジュダスだけが残った。


「……行ってしまったね」

「……そうっすねアレックス皇子。もうちょっとだったのに」

「ま、今回は退けただけでもいいだろ。ガチでやりあってたら、こっちが危なかった」

「はえー……冷静な分析ができるんだねぇノエルは」

「ま、そういうところもノエルのいいところだと思うよ。ね、レイ。……レイ?」


 アレクシアが気づく。レイの姿がいつの間にかないことを。

 辺りを見回すアレクシア。すると、倒れ動けないジュダスの元に、レイが剣を持って歩み寄っていたのが見えた。


「レイ!?」

「……お、おいレイ君……俺を……どうするつもりだい……?」

「…………」


 倒れながらも口を開くジュダスだったが、レイは答えない。

 レイは無言で、ジュダスの側に立つ。


「……ふっ、俺が許せないかい……? なら、好きにするといい……どうせ俺はもう使い捨てられた駒にすぎない……さあ、その剣で俺に君の気持ちをぶつけるといいさ!」

「…………」

「レイっ!? 駄目っ!」


 アレクシアが叫ぶ。他の四人も驚きながら走り出そうとする。だが、ジュダスとレイまでは距離があった。このままでは間に合わないと、みんな思っていた。


「…………」


 レイは剣をゆっくりと持ち上げる。そして――


「っ!」


 剣を、地面に突き刺した。


「……罪を、償って下さい先輩。それが、今の私からあなたに言えるただ一つの言葉です」


 そして、レイは倒れているジュダスに手を差し出す。

 ジュダスは唖然とした顔をした後に、乾いた声で笑いだした。


「……はは、ははははっ……! まったく、君は……ただのチョロい女だと思っていたが……どうやら、本物の王子様だったらしい……負けたよ……ははははは……!」


 ジュダスの笑い声が、夜空に響く。そのジュダスに、ただ静かに手を差し伸べるレイ。

 そんなレイを、アレックス達はほっとした表情で眺めるのであった。

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