舞踏会の夜に

「お嬢様、最近何か隠してませんか?」

「へっ!?」


 乗馬クラブに入ってから一ヶ月程経ったある日の朝食、突然正面に座るダグラスが私にそんなことを聞いてきた。


「……何でそう思うんだい?」

「いや、なんとなくですけど。ここ最近お嬢様の様子が妙だなーと思いまして。なんか浮かれているというか、楽しそうというか」

「そ、そうかな……?」


 私は目を横にそらしてとぼける。

 この一ヶ月、私は朝のランニングと放課後のクラブ活動を続けて、ジュダス先輩との時間を作ってきた。

 その時間は私にとってとても充実した時間だった。

 恋をしている相手と一緒にいられる。それだけで私は幸せだった。先輩の態度が出会った頃とあまり変わらないのが寂しいが、もっと時間を増やして積極的にアピールしていけば、それもきっと変わってくると信じている。

 私はそんな恋心を、ダグラス達には黙っていた。だって恥ずかしいじゃないか。今更になって初恋に心踊らせている乙女になってしまったなんて。

 事情を知っているクレアとアレクシアはずっと私の事を応援してくれている。

 私が悩めば相談に乗ってくれるし、いい友人を持ったと思う。


「……学校での生活が楽しいから、ちょっと浮かれているのかもしれないね。家とは違って、毎日が発見だから」

「……そうですか。ならいいんですが」


 適当に取り繕うために言った嘘を、なんとかダグラスは飲み込んでくれたようだった。

 ごめんダグラス……でもさすがにこの気持ちはもうちょっと秘めさせて欲しい。


「そ、それよりもだ! 最近カレンから手紙が届いたが、ダグラスのところにも届いているか?」

「え? ああええもちろん! 姉さんたら心配性ですよね! でも、そんな姉さんの気持ちが嬉しいんですけどね……」


 私が話題をカレンの話題に切り替えると、ダグラスは顔を赤くしながら言う。

 よし、とりあえずこれでさっきの話題から離れる事ができたな。


「…………」


 と、そんなとき、私は隣から視線を感じた。

 アレックスだ。彼がなんだかじっと私の方を見ていたのだ。


「ん? どうしたんだいアレックス皇子」

「……いや別に」


 なんだか何か言いたげな感じでそっぽを向かれてしまった。

 もしかしてアレックスは気づいているのだろうか。いや、さすがに気づかれてはいないはず……。

 でもアレックスはたまに勘が鋭いときがあるからなぁ……

 私が何かを隠していることに関しては気づいているかも知れない。


「そういえばアレックス皇子、今日は夜出かけるんだって? 久々の公務で」


 とはいえ、ずっとそっぽを向かれているのもなんだか寂しいので、私は別の話題を振ってみる。


「ん? ああそうなんだよ。僕は今日これから公務の方で出発しなくちゃならなくて……スパルタイ王国の高官との友好パーティがあるんだ。そこに第三皇子である僕も出て欲しいと言われて……ま、公務を果たすのは皇族の務めだから仕方ないけど、今日の夜ある校内パーティに出れそうにないのは残念だよ」


 アレックスは残念そうに言う。

 そう、今日の夜は定期的に生徒同士の交流と社交界に備えての勉強を目的としたパーティが開かれるのだ。

 もちろん、私もダグラスも出席する予定だ。


「私も残念だよ。久々にパーティの場でアレックスの晴れ姿を見れると思ったのに」

「いいや僕の方が残念だね! だってレイのドレス姿が見れないんだよ? こんなの、本当に辛い仕打ちだよ……」

「ははは……」


 アレックスはがっくりと肩を落として言う。私は苦笑いするもそんな彼の肩にポンと手を置く。


「まあそう気を落とさないで。パーティならこの先も機会があるし、なんならパーティが終わった後にでも着ていて待ってあげていても良い」

「ほ、本当かい!? 僕のために!?」

「ああ、アレックスのために待っていてあげよう」

「そうか……僕のために……」


 アレックスは嬉しそうな顔をする。うん、このアレックスの顔が見られたなら、待ってあげる価値はあるだろう。

 そしてその後少しして朝食を終え、私はクラスに向かう。


「レイっ!」


 その途中で、私は声をかけられた。アレクシアだ。


「ああ、アレクシア」


 私は彼女に答える。この一ヶ月で、私はアレクシアとお互いさん付けせずに名前を呼び合うようになっていた。

 それは主に私が彼女に恋愛相談をしていった結果、自然とそうなっていった。

 現状、両親以外で私のことを呼び捨てで呼んでくれる唯一の相手だ。


「どうレイ、先輩との関係は?」

「まったく、会った途端から早速それかい? まあ、今日の朝もしっかりと話す事はできたよ。でも、まだ関係の進展とまではいかないかな。あと、乗馬クラブに私目当ての女の子の見学が結構やって来るようになって来ていて、ちょっと話しづらくなった部分もあるかな」

「そっかー。まあまだ一ヶ月だしね。ゆっくり関係を進展させていけばいいと思うよ。焦っても仕方ないしね」

「そうだね……それにしても、前々から気になっていたんだけどこんなに私の事を応援してくれるのはどうしてだい? ここまでしてもらっても、私は君に返すことができるか分からないよ?」

「そんなのいいんだよ! それに、レイは私の最初の友達だから。そんなレイのために色々してあげたいっていうのは、駄目かな?」

「……いいや、駄目じゃないよ。それにしても最初の友達か。ちょっと大げさな言い方だね。学園に来る前にだって友達はいただろう?」

「それは……ははは」

「ん?」


 アレクシアが苦笑いする。その意味がよく分からず、私は頭に疑問符を浮かべる。

 まあ、人には色々事情があるのだろう。それに、彼女は『エモーション・ハート』の主人公だ。きっと私が読んでいない部分で、何か大変な過去もあったに違いない。

 だが彼女がそれを話そうとしないならば私は詮索するべきじゃない。

 そう思い私はそれ以上その話題はやめ、とりとめのない会話をしながらクラスに着いたのだった。



 そしてすべての授業を終え、その日のクラブ活動も終えた夜。

 私はクレアの部屋を訪れていた。

 理由は、彼女お手製のドレスを受け取るためだ。


「レイ様! よく似合っています!」


 クレアが私のドレス姿を見て言う。ドレスは黒を基調としたシックなデザインで、肩がわずかに出ているデザインだ。


「そうかい、ありがとう。クレアもとても素敵なドレスを作れるようになったね」

「いいえ! 私なんてまだまだです……でも、本当にいいんですかレイ様? ご自身の持っているドレスではなく、私なんかが作ったドレスで」

「ああ、私はクレアの作る服が大好きだからね。クレアが今でもドレスを作ってくれていて、着られる機会があるのなら、私に着ないという選択肢はないよ」

「レイ様……!」


 クレアは私の言葉に感極まったのか、泣きそうな顔で喜んでいた。

 私はそんな彼女の姿に苦笑する。


「こらこら、涙はもっと大切なときにとっておきなよ。今は、一緒にパーティを楽しもうじゃないか」

「……はい!」


 私達はそうして、部屋を出てパーティ会場であるダンスホールに向かう。

 ダンスホールには既に多くの生徒が集まっており、みなガヤガヤと歓談を楽しんでいた。


「これはなかなか……貴族のパーティにも勝るとも劣らない規模だね」

「多くの生徒が集まってますからね」


 私達はそんな話をしながら、パーティ会場を歩く。すると、私の周りに多くの女子生徒が集まってきた。


「レイ様! ご機嫌麗しゅう!」

「素敵なドレス姿ですレイ様!」

「ドレス姿でも凛々しさはお変わりありませんね、さすがです!」

「ああみんな、ありがとう」


 私はそんな彼女達に手を振りながら笑顔を見せる。そうしながら歩いていると、私は見知った人影を見つけた。


「ちょっと失礼」


 私はその人影のところに集まってきた女子生徒を避けながら歩いていって、声をかける。


「やあ、ノエル。君もパーティに来ていたとはね」

「……なんだお前か。珍しい格好してるな」


 ノエルはぶっきらぼうに言う。


「そういえば、君にこの手の格好は見せたことはなかったね。でも私だって貴族の令嬢なんだ。ドレスを着たっておかしくないだろう?」

「まあな。そりゃそうか」

「それより、君こそ珍しいね。てっきりこういう集まりは好まないタイプかと」

「まあそれは間違ってねぇよ。でも、俺は将来ちゃんとした仕事に付きたいんだ。そのためには経験やら人脈やらが必要だ。なら、こういう場にもしっかり出ねぇとな」

「そうかい。やはりさすがだね、君は」

「……褒めてんのか? それ」

「当然」


 私はクスっと笑う。一方でノエルは仏頂面のままだったが、一応悪い反応ではないように思えた。


「ああ、お嬢様! 来ていたんですね!」


 そんなとき、私は声をかけられる。ダグラスだ。


「ん? ああダグラスか。どうしたんだい?」

「いえ、お嬢様がパーティに出席するのは知っていたんですが、なかなか姿が見えないので心配していたんですよ」

「ああごめんね。ついクレアと部屋で話し込んでしまって」


 私は側にいたクレアを見ながら言う。クレアは私の視線に「そうですね」と言ってコクリと頷いた。


「そうですか……そうだお嬢様、この後パーティはどうやらダンスの時間があるようですが、お相手は決めていますか?」

「え? いや、決めていないけど……」

「そうですか。ならもしよかったら、俺と――」

「ああ、レイ君じゃないか!」


 と、ダグラスが何かを言おうとしたその瞬間、背後から声が聞こえてくる。

 その声を、私は聞き間違えるわけもない。声の主は、ジュダス先輩だ。


「先輩!」


 私は振り返って歩いてくる先輩の元に駆け寄る。


「先輩もこのパーティに出ていたんですね!」

「ああ、そうだよ。レイ君も来ていたんだね。そのドレス、似合っているよ」

「あ、ありがとうございます……」


 私は褒められて顔を赤くする。

 先輩に容姿を褒めてもらえるなんて、嬉しい……


「君達一年生は、このパーティは初めてだったね。今日は存分と楽しむといいよ!」

「はい!」


 私は先輩に元気よく答える。と、そこで私はさっきダグラスが言っていたことを思い出した。


「そうだ先輩、このパーティにはダンスがあるんですよね。先輩は、ダンスのお相手はいるんですか?」

「いや、まだ決まっていないけど」


 これはチャンスだ。私はそう思った。この一ヶ月、私達の関係はあまり進展していなかった。

 ならこれは、関係を進展させるチャンスなのではないか? ならそのチャンスをみすみす逃す訳にはいかない。


「だ、だったら! もしよければ私と一緒に踊ってくれませんか!? もしよければ、ですけど……」


 私は勇気を振り絞って言ってみる。もし断られたらどうしよう。そんな不安が、私の心を揺さぶる。

 答えを待つ時間は、まるで無限にも長く感じた。

 私は耐えきれなくなりそうな気持ちを抑えるためにドレスをぎゅっと握って待っていると、先輩はゆっくりと口を開いた。


「……いいよ。一緒に踊ろうか」

「っ!?」


 その瞬間、私は一瞬夢を見ているのではないかと思ってしまった。

 先輩が、私と一緒に踊ってくれる……! 私はその事実に、今すぐにでも飛び跳ねたい気持ちになった。

 それを私はぐっと堪え、先輩に言う。


「先輩、ありがとうございます……!」

「ああ、じゃあダンスの時間を楽しみにしているよ。それじゃあ、俺はちょっと挨拶回りがあるから」


 そう言ってジュダス先輩は笑顔で私の前から去っていった。

 私は、嬉しさのあまりしばらくその場に立ち尽くしていた。


「……お嬢様?」

「……はっ!?」


 それを、ダグラスに声をかけられてやっと気づく。


「あの先輩は、確かお嬢様の入った乗馬クラブの先輩ですよね? ……あの人と一緒に踊るんですか?」

「あ、ああ! そうなんだよ!」


 私は思わず声が上ずってしまう。ちょっと感情をうまく隠せていないと、自分でも思った。

 すると、なんだかダグラスが少し暗い表情をしたように思えた。

 どうしたんだ? 一体。


「そう……ですか。楽しんでくださいね。俺、応援してますから!」

「え? あ、ありがとう……」


 ダグラスが笑顔で私に言ってくれる。でも、なんだか無理しているようで……


「じゃ、じゃあ俺は!」

「あっ!」


 ダグラスは私に後ろ姿を見せて、パーティ会場に紛れてしまった。

 私はよく分からないまま、ダグラスの後ろ姿を見た。


「……お前、思ったよりも乙女だったんだな」


 と、そのとき、突然ノエルが話しかけてくる。


「えっ? それはどういう……」

「ま、言葉通りの意味だよ。それじゃ、俺はちょっとあいつが可哀想なんで、フォローしてくるわ」


 ノエルはそう言って私の肩に手を置くと、そのままダグラスのいる方へと向かっていった。

 なんなんだろう……? よく分からなかったので、私はクレアに聞いてみる。


「なあクレア。ダグラス達は一体どうしたんだ?」

「……レイ様って、もしかして異性に対してはわりと朴念仁ですか?」

「うん?」

「はぁ……まあ、いろいろとあるんですよ、男の子には。それで、レイ様はこれからどうしますか? ダンスの時間まで、まだ結構ありますけど」

「え? あ、ああ、そうだね。それじゃあ、ちょっと中庭にでも行って頭を冷やしてくるよ。今のままだと、興奮していざ踊るとなったときに倒れてしまうかもしれないからね」

「わかりました」


 私はクレアにそう言うと、一人で中庭の方へと向かった。

 この学園はそれなりに広く、このダンスホールの近くにもそこそこ大きい中庭があった。

 私は、夜風に当たるためにその中庭を目指す。


「それにしても、先輩とダンス……ふふっ」


 その途中で、つい顔がほころんでしまう。先輩と一緒に踊るなんてとても嬉しいし、もしかしたら関係が進展するかもしれない。そう考えるだけで、私は気持ちを抑えきれなかった。


「言ってよかった……!」


 今日は前世の記憶を取り戻してから一番嬉しい日かもしれない。

 そう思って私は、中庭へと至る最後の廊下を歩いていた。そのときだった。


「……ん?」


 私はふと気づいた。普段は鍵のかかっている中庭前の倉庫の扉が開いていることに。

 普段なら気にもとめない変化だ。だが、なぜかそのとき私はそれが気になった。


「なんだろう……」


 私はそれが気になり、なんとなく中を覗いてみる。

 すると、話し声が聞こえてきた。


「……ええ、そうですね。準備は整っています」


 その声に、私は聞き覚えがあった。それを確かめるために、私はもっとよく中を覗く。そして私の目に入ってきたのは、やはり私の思っていた通りの人物――パイアス先生が、そこにいた。

 パイアス先生はどうやら、魔法でどこか遠くにいる人と話しているようだった。

 盗み聞きは悪いとは思いつつも、私はほんの好奇心からその会話に耳を傾けた。


「学園全体に施す術式の準備はあと僅かです。あとはタイミングを待つだけ……ええ、蜂起の際に、学園の生徒全員を人質に取ることなどたやすいでしょう」

「っ!?」


 突然の言葉に、私は言葉を失う。

 蜂起!? 人質!? 一体、この人は何を言って……


「はい、はい。すべてはスパルタイ王国のため……腑抜けた穏健派も、いざ戦争が再会すれば今までと同じことは言えなくなるでしょう。もしそれでも協調路線などと言うのならば、彼らの首を掻き切るのみ……はい。分かっています。確かにここの教師陣は厄介です。ですが、準備してあるポータルを使えば、この学園に大勢の軍と魔導傀儡マジックロイドを送り込むことができます。それで十分でしょう。まずはこの学園を手中に収める……それが、この新たな戦争の足がかりとなるのです」


 戦争……!? パイアス先生は、戦争を引き起こそうとしているのか……!?

 どうやら声色や態度、雰囲気からして、先生の言っていることは嘘ではないようだった。

 そんな……あの優しい先生が、どうして……!

 そのとき、私は扉に力を入れすぎてしまったのかもしれない。扉の取っ手にかけていた手が滑って、扉が私の手を離れそのまま倉庫の壁にぶつかってしまったのだ。


「っ!? 誰ですか!」

「しまっ……!?」


 私は咄嗟にその場を離れ、パーティ会場へと向かう。

 後ろでパイアス先生が叫ぶ声がしたが、私は振り返らずに逃亡することしかできなかった。

 私は、知ってしまったのだ。日常を非日常に変える、大きな陰謀を。

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