王子様のがんばり物語

 私の初恋という衝撃的な事実が発覚した女子会の翌朝。私はいつも通り朝の六時に起床していた。

 そして、いつものように軍服を着てランニングをする。

 だが、今日のランニングはいつもと違う。今回は、ランニングだけが目的じゃない。

 ランニングの途中で、ジュダス先輩に会うのが大きな目的だった。

 昨日のときも体力作りとして走っていたから、日課であれば今日も会えるはずだ。

 先輩と朝会うこと、それが昨日の女子会で提案された作戦その一だった。


『いいですかレイ様! まずは先輩とランニング友達になりましょう! 二人っきりの時間があることってすごく大きいんですよ!』


 そう言ったのはクレアだった。

 クレアはいつも一緒にいる時間を作ってしまえば自然と関係は進展していくと言っていた。

 随分と発言に自信があったが、その自信の源が恋愛小説なのはちょっとどうかと思う。

 だが、私だってまったく恋愛経験がないのでとやかく言えるわけでもない。

 それに言われてみればわりと理にかなっている気もするので、私はその作戦を実行することにした。

 まあ、ランニングは作戦とか関係なくするのだが。


「あっ、レイ君! 今日も元気だね!」


 それなりの時間走っていると、私の後ろから私の心をくすぐる声がした。

 ジュダス先輩だ。


「せっ、先輩! おはようございます!」


 私は先輩の突然の声に動揺しながらも、笑顔で返す。


「今日もランニングをしていたんだね。ちゃんと日課になっているのは偉いよ」

「先輩だって、今日もランニングをしているじゃないですか」

「ははは、俺は今日ちょっと寝坊してしまったからあまり偉いことは言えないよ」

「そうなんですか。でもまあ、朝起きるのって大変ですからね。しょうがないですよ」


 そんなとりとめのない会話をして笑い合いながら、私達は走る。

 だが、私の心臓はドクドクと鼓動を打っており、冷静そうな顔を保つので精一杯だった。

 うう、先輩が近い……先輩の素敵な横顔が汗で輝いている。

 そんなことを考えるだけで、私の体温は上昇していく。


「ところでレイ君」

「は、はい! なんでしょう?」

「君、乗馬クラブに入る気はないかい?」

「えっ? 乗馬クラブに、ですか?」


 私は驚いた。まさか先輩の方から勧誘されるとは。

 乗馬クラブに入る、それはクレア達から提示された作戦その二だった。同じクラブに入れば、共通の話題が増え、さらに一緒の時間も増えるというまさに一石二鳥である。

 それを聞いたとき、私は前世で私目当てに部活に入部してくる子のことを思い出して苦笑いしたのだが、確かに恋をする立場になって考えると憧れの人に近づく合理的な手段であるとも思った。

 だから私は乗馬クラブに入会することを決めていた。

 まあ、恋とは関係なく乗馬は好きだから先輩目的だけで入るわけではない、と自分をごまかしている部分もあるのだが。

 だがそれは、もうちょっと早朝ランニングや武術の授業において先輩と関係を深めてからだと思っていた。

 一応ランドルフに乗せてもらったからとはいえ、いきなり入るのは下心が見えてあまりよくないと考えたからだ。

 だが、先輩がこうしてクラブに誘ってくれている。

 もしこの場にクレアとアレクシアがいれば、きっとこう言うだろう。


『これは好機ですよレイ様!』

『入るしかないよ、レイさん!』


 二人の声が頭の中でありありと浮かぶ。

 私は苦笑したくなるのを必死で抑えた。

 確かにこれはチャンスだ。先輩が直接誘ってくれているということは、先輩も私に少なからず興味があるということである。

 むしろ、これを断ってしまえば、先輩との距離が遠のいてしまう。


「駄目、かな? まあ、いきなり入るクラブを決めろというのも酷な話だとは思うから後ででも――」

「ぜ、ぜひお願いします!」


 私は食い気味に言ってしまった。しまった、少しがっつきすぎたか。

 先輩が驚いているじゃないか。うう、私ときたら……


「あ……すいません」

「いや、いいんだよ。でも、本当にいいのかい? 他にも魅力的なクラブや部活はいっぱいあるんだよ? それに、放課後は自分の時間を大切にしたいと部活に入らない生徒もたくさんいるし」

「い、いいんです。私も実はもう一度ランドルフに乗りたいと思っていましたから。それに私、乗馬好きですし」


 とってつけた理由だが、嘘という訳でもないので問題ないと思う。

 私がそう言うと、先輩は私に笑顔を見せてくれる。


「そうか、よかった! いやあ、レイ君が我が乗馬クラブに入ってくれるとなると、きっと乗馬クラブも賑わうよ! ありがとう!」


 ああ……なんて素敵な笑顔なんだ。


「は、はい……!」


 顔がみるみるうちに赤くなっていくのを感じる。

 私はそれを隠すように、うつむきながら答えた。

 その後、しばらく一緒に走っていたが、先輩の顔をちゃんと直視することができなかった。



 そしてその日一日、私は放課後までウキウキとしながら過ごした。

 何せ先輩から一緒にいようと声をかけられたのだ、これが喜ばずにいられるかというものだ。いや、一緒にいようという言い方は大分意訳だが。

 しかしその気持ちを表に出すのもちょっと恥ずかしいので、私はできるだけ表面上はいつも通りでいようと心がける。

 だが、どうしても弾む心を抑えきれず、わずかながらにテンションが高くなってしまっていた。

 そのせいか、朝食時ダグラスやアレックスが「どうしたんですか? なんだか今日楽しそうですね?」と声をかけてきたのでちょっと焦った。

 とりあえずその場は「ああ、朝の占いの結果が良くてね」とごまかした。……明日から魔術研究会が発表してる朝の占いをチェックしないと。

 一方で、事情を話したクレアやアレクシアはそんな私を見てニヤニヤしていた。

 まあ分かるよ。人の恋バナって楽しいもんね。

 でもこっちを見る度にいちいち意味ありげな顔で見るのはやめてくれないかな!

 そんなこんなで、時間はゆっくりと流れていく。

 今日は選択科目がなく授業で先輩に会えなかったからとりわけ時間が流れるのがゆっくりと感じた。

 そんな一日をやきもきと過ごしながらもやっとやって来た放課後。

 私はまっすぐに乗馬クラブに向かった。

 乗馬クラブの敷地に着くと、さすがに早すぎたのかまだ殆ど人はいなかった。


「早く来すぎたかな……」


 仕方ないので一人待つ。

 敷地では早めに着ていた先輩方が馬を走らせていた。

 私はそれをぼーっと眺める。


「おっ、レイ君さっそく来てくれたのか!」


 すると、少ししてから私の耳に嬉しい声が聞こえてくる。

 他の誰でもない、ジュダス先輩だ。


「先輩!」


 私は先輩の元へと向かう。だが、先輩は一人ではなかった。先輩の横には見慣れた人が立っていた。

 パイアス先生だ。


「やあ、レイ君」

「あれ? どうしたんですかパイアス先生、こんなところで」

「どうしたも何も、私がこのクラブの監督をしているんですよ」

「そうだったんですか……」

「ああ、それにそれだけじゃないんだ。パイアス先生は俺の昔からの家庭教師でもあってね、学校に来てくれてからもよく一緒にいさせてもらってるんだ」

「へぇー……」


 人ってどこで繋がっているか分からないものだ。

 というか、アレックスの専任ではなかったのか。まあ、パイアス先生ほどの人がたった一人の家庭教師だけやっているというのもおかしな話か。


「今日は君が乗馬クラブに入ってくれると聞きましてね。いろいろと準備をしてきたんですよ。主に必要な書類とかとりあえずの乗馬服とかね」

「ああなるほど、ありがとうございます」

「まあ書類は後で渡しましょう。さっそくこれを着て好きに馬に乗って走るといいですよ」

「はい!」


 私はパイアス先生から乗馬服を渡されてそう言われたので、乗馬場の近くに設営されている更衣室に向かって乗馬服に着替える。

 ふむ、サイズが少し大きいが、問題はないだろう。そこは後で言ってピッタリのものに変えてもらおう。

 私は上下ともに白色の乗馬服を着て、黒の帽子をかぶると更衣室から外に出る。


「おお、似合ってるよ! レイ君!」


 ジュダス先輩は私の姿を見て素直に褒めてくれた。う、嬉しい……


「あ、ありがとうございます……!」


 私はまた顔が赤くなるのを感じて、ゆっくりとうつむく。


「おや、褒められて恥ずかしがっているんですか? ふふふ、君も可愛いところがあるんですね」


 パイアス先生がそう言って笑った。まあ、褒め慣れられていないと思ってもらったほうがこっちにとっても都合がいい。

 私は軽く笑って流す。


「じゃあ、きゅう舎へと行こうか。馬は、ランドルフでいいんだよね」

「はい」

「おや、ランドルフが乗りこなせるんですか? これは珍しい」

「ええまあ。なぜだか私にはなついてくれたんですよね」


 そんな話をしながら、私はきゅう舎のランドルフが繋がれているところへ行く。


「やあランドルフ。また乗りに来たよ」


 私がそう言うと、ランドルフはヒヒンと答えるように鳴いた。そんなランドルフをきゅう舎から出し、その上に乗る。


「じゃあ、まずは軽く流そううかランドルフ」


 ランドルフに私はそう言うと、まずは軽く外周を走る。

 一周するのにだいたい一分半ほどかかっただろうか。戻ってくると、そこには自分の馬にのったジュダス先輩が待っていた。


「なかなかいい走りっぷりだね! これは、練習を重ねれば帝都で開かれるレースにも参加できるかもよ?」

「ははは、おだてないでくださいよ。さすがにそこまでの腕はありません」

「いやいや謙遜しなくていいんだよ? 教えた先生がよかったんだろうね、いい腕をしているよ」

「まあ、私の先生はパイアス先生の娘であるマリアンヌ先生ですからね」

「そうですね、君のところにマリアンヌを送りましたねそういえば。マリアンヌはしっかり君の家庭教師をできたようでよかったですよ」


 パイアス先生が笑う。私は改めてマリアンヌ先生の教えに感謝した。


「じゃあ今度は一緒に走ろうか。ランドルフの気性がちょっときになるけど、君が乗っていればきっと大人しく並走してくれるさ」

「は、はい!」


 ジュダス先輩と一緒に走れる! 私はそれを聞いた瞬間天にも昇る心地になる。

 クラブに入ってさっそくそんな機会が巡ってくるなんて、とても嬉しい。私は二つ返事で答えた。


「ははっ、ありがとう。じゃあ、このコースを二人で何周かしようか」


 そうして先輩が開始位置につく。私も隣に並ぶ。


「行くよ、ハッ!」


 そして、先輩が馬を走らせる。


「よし、私達も! ふんっ!」


 私もそれに続くようにランドルフの手綱を打つ。

 そうして私達は一緒に馬を走らせた。時間にすれば僅かな時間だったが、私にとってはとても濃い時間だった。

 そうして夕方になるまで馬を走らせて、私は寮に帰った。

 自分の部屋に戻った瞬間、私はベッドに飛び込む。


「~~~~~~~~っ!」


 そして、ベッドの上で今日一日のことを思い出して、枕を抱えて一人転がり回る。

 今日は本当にうまく言ったと思う。こんなトントン拍子で進んで良いのだろうか。

 ちょっと不安になる。でも、いいよね。初恋が実ることがあっても、いいんだよね……。

 そうだ、後でちゃんとクレアとアレクシアに報告しないと。

 二人のおかげでここまで接近できたのだから、ちゃんと感謝しないといけないし。

 私はそんな事を考えつつも、夕食の時間までしばらくの間一人悶々としたのであった。

 それから、私の新たな日常が始まった。朝も、昼も、先輩と共に過ごす、恋のために生きるあらたな日常を。

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