王子様の女子会

 武術の授業を終えてから、なんだか私はおかしくなってしまったようだった。

 顔が妙に火照るというか、頭がぽやーっとするというか、とにかく、物事に集中できない状態が続いた。目先の事にも集中できないぐらいだ。

 幸いにも武術が最後の授業だったので日程に影響が出ることはなかったが、出された宿題を解くのには苦労した。

 宿題を解こうにも、なぜか武術の授業の最後、ジュダス先輩に助けられたときのことがフラッシュバックして顔が熱くなり何も手につかなくなるのだ。

 結局宿題を終えたのは授業を終えてからずっと時間が経った後、夕食の直前だった。

 本来ならすぐさま終えているような内容なのに、やはりこれはおかしい。

 さらに夕食時にもそれは続いた。

 私はどうも食事をしているときもぼーっとしてしまい、ダグラスやアレックスに心配された。

 ダグラス達は私が武術の授業で頭でも打ったのかと心配してくれた。

 私は一応大丈夫だと答えたが、もしかしたら私が気づいていないだけで本当に頭を打ったのかもしれない。あるいは、季節外れの風邪にでもかかってしまったのか。

 どちらにせよ、もしかしたら学園に勤務している医者に見て貰う必要があるかもしれない。もし重病だったら大変だ。


「レーイ様っ!」


 私が食事を終え、寮の談話室でソファーに座りながらしばらくそんな事を考えていると、背後から陽気な声がした。

 クレアだ。彼女の隣にはアレクシアもいる。

 ああ、そうか。そう言えば談話室で話をしようと約束していたっけな。

 そんなちょっと前の約束も忘れているなんて、やはり重病なのだろうか私は。


「……ああ、クレアにアレクシアさん。どうも」

「……どうしたんですかレイ様? なんだか思いつめたような顔をしていますけど」

「そうだよー? 何か悩み事があるなら相談してよ? 私達、もう友達なんだから」


 二人が心配そうに私に声をかけてくれる。

 私はいい友人を持った……ここまで心配をかけて話さないのも失礼だろう。この二人になら、話してもいいかな。


「ああ……実は、どうも体の調子がおかしいんだ」

「えっ!? 大丈夫なんですかレイ様!?」

「大丈夫、そこまでひどいわけじゃない。ただ、妙に顔が火照ったり、頭がぼーっとしたり……それで、目先の事すら手に付かなくて困っているんだ」

「うーんなんだろう、熱かなぁ? ちょっとおでこごめんね」


 そう言ってアレクシアが髪をどかして私のおでこに自分のおでこをくっつける。

 どうやらおでこ同士で熱を測っているらしかった。


「うーん……確かにちょっとあったかいけど、熱があるって程でもないなぁ」

「そうか……ちなみにそれは信用できる計測法なのかい?」

「え? うん。私小さい子をよく相手にする事が学園に来る前はあったんだけど、よくこうして体温測ってたから。わりと正確なんだよ? 私のおでこ」

「なるほど……なら、アレクシアさんを信用するなら私は熱ではないということになるな。とすると、あのときやはり無自覚に頭を打っていたのか……?」

「あのとき? あのときってなんですレイ様?」

「ん? ああ、実は今日の武術の授業で私は危なく甲冑の下敷きになりそうになってね。そこをジュダス先輩――クレアは知らないだろうが、アレクシアさんは覚えているだろう? 乗馬クラブの先輩――に助けてもらったんだ。思えば、そのときからだな、妙に体温が上がったり、ぼーっとするようになってしまったのは。あと、妙に助けてもらったときの先輩の顔が思い浮かぶ……これも何かの後遺症か?」

「…………」

「…………」


 私がそう言うと、クレアとアレクシアはお互いに顔を見合わせた。

 そして、信じられないと言った顔で再び私を見る。

 な、なんだなんだ?


「……あの」

「ん? なんだい?」


 クレアがすごく重々しい口調で聞いてくる。何か分かったのだろうか。


「念の為聞きますが、その先輩の顔を思い出すたびにその症状が出てませんか?」

「……ああ、言われてみればそうだね。先輩の顔を思い出すだけでこう……うう、また顔が熱くなってきた」

「これは……」

「ええ、でしょうね……」


 クレアとアレクシアはお互いに見合わせると、コクリと頷く。

 そして次の瞬間、ガシリと二人は私の両肩に手を回したのだ。


「え!? 何をするんだい!?」

「レイ様! ちょっと私の部屋でお話しましょう! この話はこんな人の多いところでするべきじゃないです!」

「ど、どういうことだい!? もしかして私の病状ってそんなに悪いのかい!?」

「そうだけど、そうじゃないって言うか……ああもう! とにかく来て!」


 そう言って、私は半ば強制的に女子寮のクレアの部屋へと連れ込まれた。

 クレアの部屋は年頃の女の子の部屋らしく、可愛い装飾で飾られていた。

 その他にも、彼女がすっかり趣味にするようになった服作りで作った服もいくつか飾ってある。

 実は同年代の女の子の部屋を尋ねるのは初めてなので、とても勉強になる。

 なるほど、同い年の子はこんな部屋が普通なんだなぁ。


「さてレイ様!」


 私がそんなことを思いながら座らせてもらい部屋を眺めていると、クレアがバンっ! と机を叩いた。


「は、はい!?」

「レイ様の話を聞いて、私達はよーく分かりました! レイ様が、今抱えている病について!」

「や、病!? 私は何か病気なのかいやっぱり!?」

「うん! そうだよ! レイさんの病名は……!」

「びょ、病名は……!?」


 アレクシアとレイが、凄んだ顔で私を見る。私は思わずゴクリと唾を飲む。

 そして、二人は同時に言った。


『恋の病ですっ!』

「……こい? コイ? ……それってあの、恋愛とかの、恋?」

「はい」

「うん」

「……は、はああああああああああああああああああっ!?」


 恋!? な、ななななな!? いやいやちょっと待って!? 恋!? 私が!? 恋!?


「ちょ、ちょっとまって! そ、そんな馬鹿な……恋愛ってこう、積み重ねがあったりもっとドラマチックに落ちたことがわかったりじゃないのかい!? 離れ離れになっていた二人が長い時を経て運命的に出会うとか、突然やってきた転校生が家に押しかけてくるとか!?」

「どこ知識ですかレイ様それ……」


 前世の漫画知識です。偏っていることは認めます。


「……というか、レイさんのそれも十分ドラマチックじゃない? 危ないところを先輩に助けてもらうって」

「そっ、それは……確かにそうだが……」


 いやでも、恋、恋かぁ……!


「そうか、私が、恋とは……恋、とは……」

「……もしかしてレイさん、初恋なの?」

「なっ!? そっ、それは……うん」


 私はちょっと視線を下に向けながら言う。

 恥ずかしながら、今生での十六年プラス前世での十七年、合わせて三十三年間、恋というものをしたことがなかった。

 あっ、年数を数えると凄い虚無感が……やめよう! 年齢の話は! レディが気にする話じゃない!


「そうなんだ……案外、レイさんってウブなんだね……」

「へへ……レイ様の可愛いところ、また発見しちゃったかも……」

「うぐぅ!? ……そ、それを言ったら! 君達は恋をしたことあるのか!? 私の恋を指摘するならそういう経験あるのか!?」


 私は半ば興奮しながら二人に言う。

 クレアは昔結構人見知りをするタイプだったし、アレクシアは漫画の主人公だ。

 きっと初恋も私と一緒でまだなんだと思った。

 思ったのだが……


「……それは……まあ……」

「えっと……その……まあ……」

「……え? あるの?」


 ……嘘ぉ?


「私はその、レイ様と出会う前に、家で働いていた年上の執事さんに……」

「私は、記憶ははっきりしていないんだけど昔ひとりぼっちだったときに偶然出会って一緒に遊んだ男の子が……」

「へ、へぇー……」


 ……なんか軽くショックだ。

 確かに二人共納得の相手ではある。クレアは引っ込み思案でドジっ子だからこそ、そんな自分の面倒を見れくれた年上のお兄さんに恋をしたのだろうし、アレクシアは、メタ的な事を言ってしまえば先の展開への伏線としてしかれていたものがあったのだろう。私は漫画全部読めたわけじゃなかったから知らなかったけど。

 でも、それはそれとして私は二人よりも遅れていたのだなと実感して、なんだか辛い……


「げ、元気だしてくださいレイ様! 私は今はレイ様一筋ですから!」

「そ、そうだよレイさん! レイさんはこれから恋をしていけばいいんだよ! それにほら! 私達と違ってレイさんは初恋を成就させる事ができるかもしれないんだよ!? これは凄いチャンスだよ! 初恋は実らないってよく言われるけどレイさんは実らせられるかもしれないって凄いんだよこれ!?」


 なんだかとても気を使われてしまっている……申し訳ない……


「そうか……初恋かぁ……私が、初恋かぁ……」


 そうして自覚してジュダス先輩の事を思い返してみると、確かに私は先輩に恋しているようだと自覚が芽生えてきた。

 先輩の顔を細部まで思い返せるし、助けられたとき顔がすごく近い距離にあったのを思い出すだけで胸がバクバクする。


「私としては!? レイ様の初恋が私ではなくどこの誰とも知らぬ先輩なのはちょっと納得がいきませんが! でも! レイ様が本気でその人と恋を成就させたいと願うのならば応援しますよ!」

「私も! レイさんはまだ出会って日が浅いけど仲のいい友達だと思ってるし、友達の恋路は応援するのが当然だよ! 頑張って、レイさん!」

「二人共……」


 私はその二人の気持ちが嬉しくてさっきまでとは違う感情で胸がいっぱいになる。

 なんだかさらっとクレアがとんでもないことを言った気もするがまあいいだろう。

 私、レイ・ペンフォードは恋をした。

 どうやら、それは動かしようのない事実のようだった。


「……分かった、私、頑張ってみるよ。初めての恋だけど、成就するように努力してみようと思う」

「はい! 頑張ってくださいね、レイ様!」

「そうと決まれば作戦会議だね! どうやったらその憧れのジュダス先輩と近づけるか、そしてその心を射止めることができるかいっぱい考えよう!」

「……うん!」


 そうして私達は、三人でクレアの部屋で夜遅くまで作戦会議を行ったのであった。そして、私はさっそく翌日から行動をし始める事となる……。

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