初めての授業:武術編+α

 魔法学を終えた後、私は駆け足で武術の授業が行われる屋内運動場へと向かった。

 屋内運動場には既に沢山の武具の入ったカゴがあったり、訓練用に使うであろう木製の人形が置かれたりしていた。壁には剣や甲冑が飾ってある。

 また既に多くの生徒が集まっており、その中には、先程の魔法学で一緒だったアレックスや、ダグラス、そしてノエルの姿があった。


「さすがに女子は殆どいないか……」


 周囲を見てみるも、女子生徒の姿は殆どない。

 当然だろう、武術は基本男子がやるもので女子が剣術や体術を修める習慣はこの世界にはない。

 女子でそういった武術を修めようとするのは私のような好きものか軍人の家系に生まれて軍人になる事を定められた子ぐらいだろう。

 そんな事を考えながら生徒の集団を見ていると、ふとアレックスと目が合う。

 すると、アレックスは笑顔になって小さく私に手を振った。

 私は苦笑いしながら手を振り返す。それにしてもまさかアレックスと選択科目が二つ被るとは。

 選択科目は何を取るという事に関してはマリアンヌ先生以外には相談してはいなかったから完全な偶然だった。なので、一緒と知ったときのアレックスの喜びようは凄かったな……。


「おっ、全員集まっているな!」


 そんな事を考えていると、少しばかり粗野な感じの声が響いた。

 声の方を向くと、そこには少しばかり歳のいった男教師が立っていた。


「よく集まったなお前達! 俺は今日からお前達の武術の面倒を見ることになったハロルド・スチュアートだ! よろしくな!」


 その紹介に私達は拍手する。

 するとハロルド先生はぶんぶんと手を振った。


「ああいい、いい、そういうのは。何せこれから俺はお前達をみっちりしごくんだ! すぐにそんな気持ちはなくなるさ! だが、俺がお前達を教えるからには、お前らを一人前の戦士に仕立て上げてやる。覚悟しろよ?」


 ハロルド先生は凄むように言う。どうやらなかなか厳しい授業になりそうだ。


「それと、今年は結構な人数がいるから俺の授業に上級生のサポートを付けることにしている。ほらお前達、出てきて挨拶せんか!」


 先生がそう言うと、運動場に何人かの上級生――ネクタイの色が黄色だったので、三年生――が運動場に入ってきた。


「あっ」


 その中に私は見覚えのある姿を見つけた。その彼は、真っ先に挨拶する。


「どうも、三年生のジュダス・ハミルトンです。ハロルド先生の授業を度々お手伝いさせていただきます。よろしくお願いします」


 ジュダス先輩はそう言って頭を下げる。

 そして頭を上げたとき、私と目が合って、こっそりと私にウィンクしてくれた。

 まさか見知った先輩がいるなんて。これも面白い巡り合わせだなと、私は思った。

 その後、次々に他の先輩が挨拶していく。そしてすべての先輩が挨拶し終わった後、先生が再び話し始める。


「よし、自己紹介は終わったな。それでは、授業を始める。さっそく実践的な事を――と言いたいところだが、まずは簡単な基礎知識だ。そこのお前! この帝国の軍隊が設立当初、主に戦う相手にしていたのはどこだと思う?」


 そうして当てられたのはノエルだった。ノエルは少し面倒そうに頭をかきながらも、口を開く。


「……隣国のスパルタイ王国では?」

「五十点だな」


 その答えにハロルド先生は言った。


「確かにスパルタイ王国は帝国建国時からの長年の敵だ。わずか二十年前にも領地を巡り戦争を繰り広げた憎き相手だ! 現在はお互い矛を収め友好を深めているが、あの薄汚い簒奪者共はまたいつ牙を向くかわからん! それなのに現体制は――と、すまん少しヒートアップしてしまった。ともかく、確かにはるか昔からスパルタイ王国と戦ってきたのは確かだ。だが、もう一つ、絶対的な敵がいた。それは、既に滅んだとされている魔物だ」


 魔物。それは私も勉強したことがあった。この世界の歴史を学んでいると度々出てくる単語だったからだ。


「魔物はまだこの大陸の国が今のように定まっていなかった頃からはびこっていた、人類の敵だ。魔物が人類史に大きな影響を与えてきたのは歴史を少しかじれば分かることだろう。そんな魔物と大陸最大の版図を誇る帝国は戦い続けてきた。この帝国の名も、帝都の名もかつて歴代皇帝が討ち取ったとされる凶悪な魔物の名から取ったのだ。つまり、この国の武術は敵国だけでなく魔物と戦うためにあったと言えよう」

「しかし先生、今現在魔物はほぼ完全に駆逐されて、姿を見ることも珍しくなっているのでは? それなら、わざわざ魔物の話を掘り返さなくてもよいのでは?」


 先生にそう言ったのはダグラスだった。さすがダグラスも受験勉強を頑張ったらしくよく分かっていた。

 そう、魔物はこの大陸からは殆ど排除されている。それは歴代の皇帝の指揮の下、帝国軍が尽力したのが大きいだろう。それゆえ、現在は人類の黄金時代とも言える時と過ごしていると歴史家達は語っている。


「確かにお前の言う通りだ。しかし、これから自分の学ぶ武術のルーツを学ぶ事は大切だぞ? 何も知らずに棒きれを振り回すなど、猿にでもできるからな。いいか、俺の授業では技術だけでなく知識も学んでもらう。そこをしっかりと覚えておけよ」


 なるほど、ただ粗野なだけの人ではないという訳だ。

 さすが帝国随一の学園の教師である。

「では、今日のところの基礎知識はこれぐらいにして、さっそくお前達の実力を測らせてもらう。そこのカゴに沢山の武器があるから、好きなのを選んでいるといい。そして、それぞれこの用意した木人に打ち込んでみろ。その動きを俺が判別し、それぞれに合う武器をまた再調整する。そして、その後、俺や上級生を実際に相手にした訓練をしてもらう。初めてで人を相手にするのは怖いだろうが、俺達はプロだ。素人の攻撃などまず当たらんから安心しろ」


 そう言われた後、それぞれがカゴに入った武器を手にとった。

 私が手にとったのはもちろん木剣だ。マリアンヌ先生から教えてもらった剣技が、この体に染み付いている。

 一方で、アレックスは細剣の模造刀を、ダグラスは木でできたナイフを、ノエルは長い棒を手に取った。


「よし! では始め!」


 全員に武器が渡ると、順番に並べられた木人相手に攻撃する。私も自分の番が回ってきたときに、剣で自由に打ち込んだ。


「フンッ! ハッ!」

「ふむ……」


 と、そんな私を見て先生が歩み寄ってくる。


「お前、レイ・ペンフォードだったか。ペンフォード家の長女」

「はい、そうですが?」

「なるほど、伊達に女の身でありながら武術を選んだわけではないようだな。面白い。師は誰だ?」

「マリアンヌ・ヘイズ先生です。家庭教師の」

「おお、ということはパイアスの娘か! 面白い師を持ったな。奴は昔スパルタイ王国の軍師で、戦場で幾度か相まみえたことがあったものだ。今は帝国に下り教師をやっているが、どうもヤツとは反りが合わんでな……しかし、娘はいい娘だ。我々の因縁など吹き飛ばすぐらいの才女だ。あの娘に教わったなら、その技術も納得だ。だが、まだ甘い。お前の剣術は上品すぎる。もっと泥臭さを身に着けてもいいと思うぞ」

「はい」


 私は返事をする。まさかマリアンヌ先生を知っていたとは。というか、パイアス先生が元は王国の出なのも初めて知った。人に歴史ありなのだなぁ。


「次は……お前か。ダグラス・アルバート」


 先生は私の次に、ダグラスのところへ行く。ダグラスはナイフで素早く木人を相手にしていたところだった。


「お前はナイフを選んだが、その理由は何故だ?」

「その……本当は俺、素手が一番楽なんですよ。格闘技として習っていましたから。で、一番素手に近い武器は何かと思ったら、ナイフになったわけで……」

「なるほどな。ナイフでの戦いは格闘と言えるだろう。だが、リーチは短く相手に与える傷も結果によっては浅くなりがちだ。そこを考慮しても、お前はナイフがいいと言うのだな?」

「ええ」

「ならよし。お前には後で俺がみっちりナイフでの戦いを教えてやろう」


 どうもダグラスはハロルド先生に気に入られたようだ。良かったね、ダグラス。


「で次は……アレックス皇子か。アレックス皇子は細剣か。皇室でパイアスから習ったのか?」

「はい、そうです。でも、僕はなかなか武術は苦手で……今回の授業では、それを克服したいと思っています」

「その意気や良し! パイアスじゃ教えられなかったことを、俺がみっちり教えてやろう!」


 ハロルド先生のその言葉からは、なんだかパイアス先生への対抗心のようなものが見えたが、まあ教師としてはきっとそんな私情は挟んでいないだろう……多分。


「んでお前は……ノエル・ランチェスターか。その棒術は我流か?」

「……ええ。俺は貧民街の生まれですから。身を守るためにいつしか自分で覚えたもんです」

「なるほど。確かに武術としての基礎はないが、実践で鍛えられた技を感じる。なかなかに面白い。だが、お前はあそこのお嬢さんと違って逆に上品さも覚えるべきだろう。我流はあくまで我流に過ぎない。基礎を抑えておくことは大切だ」


 ハロルド先生は私を指さしながら言った。なんというか、なんとも言えない気分だ。


「……うす」


 ノエルは先生にそう言って軽く頷く。やはりどこか素直じゃない部分があるなぁノエルは。


「よし、だいたい全員見終えたな。……では、それぞれ担当を決める」


 先生はそう言って、次々と生徒を自分のところや上級生のところに割り振っていく。


「レイ・ペンフォード。お前はあいつだ」


 そしてついに私の番が来た。そうして先生が指し示した先を見て、私は驚く。先生が指し示した先にいたのは、なんとジュダス先輩だった。私は何となくだが運命めいたものを感じながら、ジュダス先輩の元へ行く。


「やあ、まさか君がいるとはね。久しぶり……というほどでもないか。つい今朝会ったばかりだし」

「そうですね。私も先輩がいるなんて驚きです」


 私はジュダス先輩と笑い合う。

 そして、ジュダス先輩のところに集められた生徒達と一緒に並び、教練を受け始める。


「いいかい、じゃあ順番に打ち合っていくよ」


 先輩のその言葉を皮切りに、生徒が次々と先輩と打ち合っていく。

 ジュダス先輩はなかなかに強く、次々と先輩にかかっていった相手の武器を弾き飛ばしたり、首元に木剣を突きつけたりして勝利していく。そして、その後は丁寧に改善点を告げていっていた。

 そうした流れを見ながら、今度は私の番がやって来る。


「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 そうして、私は先輩と斬り合った。

 お互いに真剣な目つきを交わし合い、何度も木剣をぶつけ合ったり、かわしたりする。

 その剣戟は、並ぶ生徒達の中で一番長く続いたと思う。

 だが、最後には結局、私の胸元に剣先が向けられ、ジュダス先輩の勝利に終わった。


「……お見事です、先輩」

「いいや、君もなかなかだったよ。最初でここまでできる生徒はそうそういない。俺も少し油断していたら負けていただろう。君は、鍛えがいがありそうだ」


 そう言って私と先輩は再び笑い合う。

 いい先輩だ。私はそう思った。

 その後も先輩は次々と生徒を相手にしていく。

 その姿を、私は少し離れた甲冑の並ぶ壁際で休憩しながら見ていた。


「よく体力が持つなぁ……さすがだな、先輩」


 と、私がそんな事を呟いたときだった。

 グラグラと何かが揺れるような、そしてギシギシとした不協和音が私の耳に聞こえてきた。


「……?」


 私はふと横を見る。すると、その瞬間、私の後ろにあった甲冑が倒れてきたのだ。


「――っ!?」

 

 私は咄嗟のことで動けなくなる。このままでは、下敷きだ。私は思わずギュっと瞳を閉じる。


「危ないっ!」


 その瞬間、私の体は誰かに抱きかかえられ横へと転がっていった。

 ガシャン! と甲冑が地面にぶつかる音がする。

 どうやら私は危機一髪、難を逃れたようだった。

 私はゆっくりと目を開ける。そこにいたのは――


「……先輩?」


 緑髪が揺れる、ジュダス先輩だった。


「……大丈夫か?」


 ジュダス先輩が、微笑みながら私に聞く。

 ――ドクン。


「……は、はい」


 そのとき、私は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 な、なにこれ……ちょっと危ない目にあったからドキドキしているのかな……?

 それにしては、今まで感じたことのない胸の鼓動の激しさだ……なんというか、運動して疲れたときとも違うし、びっくりしたときとも違う……それになんだか顔もすっごく熱くなってきたし……これは、一体……?


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

「レイ!? 怪我はないかい!?」

「おいおい無事か?」


 そこで、ダグラスやアレックス、ノエル達が駆けつけてくる。

 私はジュダス先輩の腕の中で「う、うん……大丈夫……」と、しどろもどろに答えることしかできなかった。


「いや、無事でよかったよ……それにしても、どうして突然倒れたんだろうね……少し台座とかが古くなっていたのかな?」


 ジュダス先輩は、私の無事を確認すると私から手を離し立ち上がって甲冑を見ながら言う。


「……!?」


 一方の私は、同じく立ち上がるも、顔の火照りと胸の高鳴りを抑えることができずにいた……。

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