初めての授業:魔法編
初日をアレクシアとの出会いと乗馬で過ごした後、私は寮へと行き初めての夜を過ごした。
寮の部屋はさすがに公爵家の私の部屋と比べると狭かったが、国中の優秀な人材が集まる学園なだけあって十分快適な生活が過ごせる作りになっていた。
その部屋でさほどあるわけでもなかったが家から持ってきた荷物の荷解きをし、次の日から行われる授業の日程などを頭に入れて予習した後、ベッドに入った。
そして翌朝、六時頃に目覚めた私は公爵家でも日課として行っていたランニングをする。
服装は動きやすい服として家から持ってきた軍服だ。
本当はジャージなどがあればよかったのだが、さすがに近世ファンタジーな異世界ではジャージがあるわけもなく、また最初は市井の作業着を着ていたのだが、それはいくらなんでも公爵家の娘としては恥ずかしいという理由でこれになった。
朝六時の学園はさすがに生徒の数は少なく、起きて外にいるのは運動系の部活に入っている生徒ばかりだ。
そうした生徒とすれ違うたびに私は挨拶を交わすのだが、昨日の例もあって私の噂はすでに広まっているらしく、女子生徒達からは黄色い声が上がった。
「そういえば前世もこんな感じだったなぁ……」
私はふと思い出す。
前世も陸上部の朝練で練習していたとき、いつの間にか観客の女子が集まってきてワイワイ言っていたのを覚えている。
正直朝早くから私なんか見に来て楽しいのだろうかと思っていたが、今生でも女子達の反応を見るかぎりいつかはそうなりそうな気がする。
「おや、レイ君じゃないか」
そんなことを考えながら走っていると、後ろから声がかけられた。
振り返ると、そこにはいつの間にか私に追いつくように走ってきていたジュダス先輩がいた。
「先輩! おはようございます」
「おはよう。君も朝のランニングかな? 運動部じゃないのに立派だね」
「いえ。実家にいた頃からの日課のようなものなので」
「なるほどね。せっかくだ、少し一緒に走ろうじゃないか。いいランニングコースを教えるよ」
「はい、お願いします」
私は頷き、先輩と一緒に走った。
まだ学校に来てまもなかった私はランニングついでに学校の立地を把握しようと思っていたので、先輩の案内はありがたかった。
そうして先輩と一時間近く走った後、寮の玄関へと一緒に戻ってきた。
「ありがとうございます先輩、今日はいいランニングになりました」
「いや、いいんだよ。誰かと一緒に走るっていうのは結構楽しいしね。それじゃあ、また」
そう言って先輩は首にかけたタオルで汗を拭いながら寮に入っていく。
私もまた、後姿を追うように寮に入っていった。
その後、部屋で水浴びをして着替えた私は食堂に行き朝食を取る。
食堂には既にダグラスやクレア、アレックスがおりみんなで楽しく朝食を取ることができた。
そして、準備を終えてクラスへと向かう。クラスについた後、女子達が私の机の周りに集まってきて朝から少し大変だったが、そこはダグラスやクレアがうまくいなしてくれたために授業開始までにはなんとかなった。
そして八時半、パイアス先生がクラスにやって来て朝のホームルームが始まる。
「おはようございます皆さん、今日から本格的な授業の開始ですね。前日のガイダンスでも説明した通り、午前はこのクラスで共通科目の授業を受けてもらい、午後はそれぞれ選択科目の授業を受けてもらいます」
共通科目では主に基礎的な学問を学ぶ。語学、数学、理学などだ。
ここらへんは、すでにマリアンヌ先生の家庭教師でじっくりと勉強してきたところなので、問題はないと思う。
選択科目では、それぞれの生徒が自主的に学びたいと思った発展的な分野を学ぶ。
私が選択したのは、魔法と武術だ。
それらを選んだのは、やはり自宅で学習してきたときの延長線上にあるという理由だ。
他の科目を選ぼうとも考えたが、マリアンヌ先生にこう言われた。
「少なくとも一年目に関しては、あなたのこれまで学んできたことを学園で結実させるといいでしょう。あなたは既に平均以上のものを収めていますが、それはあくまで私一人の教えにおいてのみです。しっかりとした専門家に教わるのもまた大切なことでしょう」
そのため、私は言われた通りに魔法と武術を選択した。それに、将来領地を統治する身になったとき、軍においてもよく使われる魔法や武術をしっかりと自分の身で知っておくのも大切だとも思ったのもある。
ともかく、私は選択科目で自分の慣れ親しんだ科目を選んだ。
この学校の授業でそれがどんな発展をしていくか、少し楽しみな私がいるのだった。
午後。
午前の共通科目と昼食を終え、私は最初の選択科目、魔法を学ぶために移動教室にやって来ていた。
魔法学の教室はそれなりに広く、壁に備え付けられた本棚には魔法に関連したスクロールや魔導書などが収められている。
その教室の中心はちょっとしたホールになっており、周囲を囲むように机と椅子が並んでいる。
そのホールの中心に、魔法学の教師が立っていた。
少々見た目に蠱惑的な部分がある、女教師だった。
「こんにちはみなさーん、私がこれからみなさんに魔法学を教える、サラ・アーチボルトです! よろしくお願いしまーす」
妙に楽しげな声色で自己紹介した先生に、私達は頭を下げる。
「はいどうもー! それでは、さっそく魔法学の勉強を始めちゃいたいと思いますね! そうですねー、最初はみなさんの基礎的な魔法力を確認しておきましょう。入学試験時に魔法の才覚の有無を一応チェックしたと思いますが、私がみなさんの実力を確認するためにもう一度皆さんの魔法力を測らせてもらいたいと思いまーす! 今、皆さんのところに計器を運ぶので、そこでじっとしていてくださいねー!」
サラ先生はそう言うと、パチリと指を鳴らす。
すると、教室の奥にあった扉が突然バタンと開き、そこから六つのガラス管がついた金属の台が飛んできて来た。
その光景に、クラス全体が驚きに包まれる。もちろん私もだ。
どうやらそれはサラ先生が魔法で操っているらしく、教室にいる生徒の前に一つずつ置かれていった。
「はい、その台座に手を置いて、魔力を流し込んでみてくださいねー。それによって個人が持っている魔力量や属性が確認できまーす。それを私がチェックしまーす」
「あの……このクラスには結構な人数がいると思うんですけど、全員を判断できるんですか?」
手を上げてそう聞いたのはアレックスだった。
ちなみにこの教室には私の他にアレックス、クレア、そしてアレクシアがいる。
ダグラスとノエルは魔法の科目を取っていなかった。
「はい、大丈夫ですよー。なぜならば、私はここで感知の魔法を使って一気に皆さんを観測するからです! こんな風にー」
サラ先生はそう言うと、すっと両手を広げて目を瞑る。
すると、彼女の足元に青く大きな魔法陣が広がった。
「うーん今年の皆さんは結構落ち着いているようですねー。あ、でも後ろから三番目、右から十番目の君ー? 授業中におかしを食べるのは感心しませんよー? そして前から二番目、左から三番目の彼女、計器が気になるのは分かりますけどまだ触っちゃ駄目ですよー? わりと繊細な計器ですからねーそれ」
どうやら先生の感知魔法は本物のようだ。目を瞑っているというのにこのクラス全体のことをきちんと把握しているらしい。
改めて私は魔法の凄さを思い知る。
「それでは、皆さんの魔力を測りたいと思いまーす。それでは、手を置いて魔力を流し込んでみてくださーい」
サラ先生が感知魔法を発動しながら、紙を挟んだバインダーとペンを浮かせて言う。
私は言われた通りに、計器の台座に手を置き、魔力を流し込んでみる。
すると、それぞれ六本のガラス管が、赤、青、緑、黄色、紫、白の色で光った。光量はそこそこと言った感じだ。
周りを見てみると、私とは違って激しく特定の色が強かったり、逆に弱かったりしている生徒が殆どだった。
例えばアレックスは紫の光がとりわけ強く光っていたし、クレアは白の色が強く光っていた。
これはきっと、それぞれの得意魔法が強く光るようになっているのだろう。
私の場合、魔法はどれもそこそこというマリアンヌ先生の評価だった。
実際、私の魔法はマリアンヌ先生から教えを受けての九年間、あまり大きな進歩はなかった。
初めてノエルにあったときも喧嘩に使えるほど強いものではなく、結局自分の実力で戦ったぐらいだったし。
そんなことを考えているうちに、私はだんだんと流していく魔力が少なくなっていくのを感じ、ついには魔力を止めてしまった。
この計器、わりと魔力を食うらしい。
周囲を見てみると、同じように魔力を流し込むことができなくなった生徒がそれなりにいた。
「はーい、わりとみなさん魔力が尽きてきたようですねー。まあ、だいたいこれぐらいが平均的な時間ですかねー。……おや? えーとあなたは、そうレイ・ペンフォードさんでしたね。あなた、なかなか面白いですねー。魔力量も平均的で得意魔法もこれといって特別なものはないですが、残留魔力がなかなかに濃いですねー」
「え? 私ですか?」
私は自分の計器を改めて見てみる。すると、計器は魔力を流し込んだときほどではないが、まだある程度の光を発していた。他の生徒の計器を見てみると、既に光を失った計器が多いと言うのに。
「あなたはどうやらエンチャント向きの魔法性質のようですねー」
「エンチャント向き、ですか?」
「はい、物や武具などに、属性魔力を帯びさせる魔法のことですー。飲み物をいつまでも暖かく保ったり、あたり一面を凍らせたりする矢とかができるようになるんですよー」
「へぇ……」
それはマリアンヌ先生からは教わらなかったことだ。どうやら私の魔法力は普通だが、属性を付与させることはできるらしい。これは、新たな発見だ。
私がその発見に喜んでいる間にも、次々と他の生徒の計器から光が失われていく。
その度にサラ先生が浮遊させているバインダーに挟まれた紙に色々と記入されていく。
そして最後に残ったのは、アレックス、クレア、そしてアレクシアの三人だった。
「アレックス皇子、あなたはどうやら強力な闇のエレメントの持ち主のようですねー。皇族は闇のエレメントが強いお方が多いですが、あなたはとりわけそのようですねー」
「ありがとうございます。僕の魔力は父譲りですからね。才覚ある兄達に囲まれていましたが、これだけは自信がありました。でも、そろそろキツいかも……」
と、そこでアレックスの魔力は止まり、計器の紫の光も失われた。
これだけ長く持ったのだ、上々と言っていいだろう。
だが、そんなアレックスよりも、さらに強く光を長引かせていたのが、クレアとアレクシアだ。
クレアは白い光をとても強く輝かせているし、アレクシアにいたっては、なんと全色が強い光を放っている。
「はい、クレア・イーストンさんは強い光のエレメントの持ち主のようですねー。光のエレメントを強く発揮できる人は少ないですから、誇っていいですよー」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます……!」
「そして、アレクシア・ハートフィールドさん……あなたは凄いですねー、まさか全エレメントをここまで強く発揮できるなんて、そうそういませんよー。私でもそこまで強いエレメントは発揮できないかもしれませんー。これは将来魔法職につくと歴史に名を残せるかもしれませんねー」
「そ、そんなことありませんよ……! 私、魔法の使い方なんて全然ですし……」
「初めてなんですか? ならなおさらすごいですよー。これは育てがいがありますねー、ウフフフフー」
サラ先生がおっとりと、しかし楽しげに笑う。
誰もがアレクシアに注目した。もちろん、私もだ。
アレクシアの魔力が強いのは知っていた。漫画『エモーション・ハート』でその才能を遺憾なく発揮していたからだ。学年首席であり、さらに学園でも有数の魔法力を発揮することによって、彼女は注目を集めていく。
今回は学年首席においては私が取らせてもらい注目を集めたが、魔法力に関しては完全にアレクシアの独壇場だろう。これは、彼女が漫画のように注目されるようになるのも遠い日ではないかもしれない。
結局、クレアとアレクシアの計器の発光はずっと続き、その日の授業がそれで終わってしまうほどであった。
その授業後、私はクラスを出ながら珍しく一緒に歩いていたアレクシアとクレアに声をかける。
「やあ二人共、今日は凄かったね!」
「あ、レイ様! ありがとうございます!」
「レイさん! いえ、私も自分でもびっくりしてて……」
素直に喜ぶクレアと、少し遠慮がちな顔をするアレクシア。二人の人となりが出ているようだった。
「それにしても二人で歩いているなんて珍しいね、いつの間に仲良くなったんだい?」
「いえ、いつの間にというか、さっきの結果が話すきっかけになって、私からアレクシアさんに話しかけたんです」
「へぇ、クレアが」
「ええ、クレアさんはとても気さくに私に話しかけてくれて、私のことを褒めてくれたの。クレアさんもすごかったのに」
「いやいや、やっぱりアレクシアさんが一番凄いって。先生にもすごく褒められてたし」
「でも、光魔法の強さでいったらクレアさんの方が凄かったよ。きっとそういう方が将来役に立つことが多いって」
「うーんそうかなぁ? でも、光魔法が強いと何に役に立つんだろう?」
「それはきっと、次の授業で教えてもらえるって」
仲良さそうに話すクレアとアレクシア。それを見て、私は微笑ましい気持ちになる。
「ふふっ、クレアにさっそく友達ができて私は嬉しいよ。クレアは引っ込み思案というわけではないが、そこまで人間関係に積極的な訳ではなかったからね」
「そ、そうですかレイ様? というか、レイ様はアレクシアさんと既にお友達だったんですね」
「うん、まあね」
私は頷く。すると、アレクシアはまたちょっと照れた表情を見せた。
「友達かぁ……嬉しいな。私もあんまり人付き合いはうまい方じゃなかったから。こうして同年代の女の子の友達ができるの、嬉しいな」
「そうだね。私も嬉しいよ。あっと、そろそろ次の選択科目が始まる時間だ。二人共、遅れないように行くんだよ。それじゃ!」
私はそう言って少し駆け足で二人の元を離れる。次の選択科目、武術の授業が行われる運動場は少し離れたところにあったからだ。
「はい! レイ様頑張ってください!」
「頑張ってねレイさん! 授業が終わったら寮の談話室で、三人でお話しようね!」
クレアとアレクシアが私に向かって手を振る。
私も、二人に向かって手を振りながら、次の授業の場へと赴くのであった。
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