王子様とお姫様

 初日のクラスでのガイダンスを終えた私達新入生は、その後学校を自由に見て回ることになった。

 寮の門限の時間まで、個人で好きに学校を見て回れるのだ。

 その間、他の生徒と交流を図ってもいいし、勉強してもいい。この学校にある部活などを見て回ってもいい。とにかく初日からして自由な時間が与えられていたのだ。

 聖ユメリア学園は学生の自主性を重んじていると聞くし、これもその方針の一環なのかも知れない。

 それで、その時間を私はどうしているかというと……


「レイ様! わたくし、この学校に入学して不安で……なので、勉強を教えて下さい!」

「あのっ、よければ握手してもらってよろしいでしょうかレイ様!」

「レイ様! これ、実家で作ってるパンなんです! 本当は親が私に作ってくれたものなんですが……レイ様に差し上げます!」


 なぜか、沢山の女子生徒に囲まれていた。


「あはは……まあまあ、みんな落ち着いて」


 自由時間が始まってから、クラスの女子達は大きく二つの塊に別れた。

 私の周囲に集まる女子と、皇族であるアレックスに集まる女子だ。

 アレックスは分かる。彼はこの国の第三皇子だし、ここ最近かなり顔立ちが整っていた。

 昔のような幼さはすっかり消え、甘いマスクが似合うようになっている。

 まさしく本物の皇族なのだから、女子が集まるのは当然だろう。

 けれど、どうして私にもこうして初日なのに女子が集まっているのだろうか?

 確かに、新入生代表挨拶で私は持ち前の王子様気質を発揮してしまった。あれで、全校に私がそういう女子だということが広まってしまっただろう。

 だが、それだけだ。私はまだ運動部に入って活躍もしてないし、期末テストでいい成績を出して掲示板のトップに表記された訳でもない。

 つまりまだそれほど目立っていないはずなのだ。なのに、この人だかりは一体何なのだろう。前世でも入学時からこんなに女子が集まった記憶はない。


「その……どうしてみんな私のところに来るんだい? 私はそんな面白い人間じゃないと思うんだけど……」

「そんなことありません! レイ様はとても素敵なお方です!」

「そうです! レイ様の事、時折パーティでお見かけしておりました! こうして同じ学園に入れてレイ様にお近づきになれるだけで私は幸せなんです!」

「あー……」


 集まってきた女子達の言葉で私は察する。

 そうか……今私のところに集まっているのは、主に貴族の子なんだ。私の事を、既に知っている子達なんだ。

 私は少し考え違いをしていたらしい。今までのパーティでは、私は淑女であったと自分で思い込んでいた。

 でも、どうやらそれは違ったらしい。この私に集まってくる女子を見るに、どうやら知らず知らずのうちに王子様気質を発揮して、私の望まない方向に噂や羨望が募っていたようだ。

 つまり、うまく新入生代表挨拶を終えていたとしても、あまり結果は変わらなかったというわけだ。


「は、ははは……」


 乾いた笑いが自然と出る。

 うーん、これは思った以上に前途多難だぞ……。

 私は困りながら視線をアレックスに向けてみる。アレックスは、笑顔で女子達をさばいていた。なんだか随分と女の子の扱いがうまくなっているなぁ。まあ、アレックスも社交界に出る機会が多かったから、自然と対人スキルも上がったのだろう。

 昔出会った頃とは大違いだが、確かな成長が感じられていいと思う。

 そんなことを思いながらアレックスを見ていると、アレックスは私の視線に気づいたのか、笑って私に手を振ってくる。

 私も苦笑いしながらそれに返す。すると――


「きゃああああああああああああああっ!」


 と、黄色い歓声がクラス中に湧き上がった。


「アレックス様とレイ様が挨拶を交わしたわ! なんて美しい姿なんでしょう!」

「とても絵になる姿だわ……きっとお二方は将来を誓い合っているのよ!」


 なんだか凄い方向に話が飛んでいる!?


「いやいやいや……そんなことは……」


 私は否定するように手を振る。しかし、一方でアレックスは「ふふふ……かもね」と否定するどころか肯定とも取れる返答をしていたのだ。

 いや、そこは否定してよアレックス!? アレックスはもうちょっと自分の身を大切にしようよ!?

 私は助けを求めるように、クラスの端に座るノエルを見てみる。

 すると、ノエルは視線で「自分で何とかしろ」と言ってそっぽを向いてしまった。

 薄情者め!

 ……しかし、このままではまずい。私はそう思った。

 現状を維持し続けると、どんどんと私は変な方向に担ぎ上げられていきそうだ。というか、絶対される。それは、前世の経験に基づいた確証とも言える。

 思えば前世のときは大変だった……集まる女の子達を無下にできないためみんなと一緒に帰ったら、どんどん私を持ち上げる声が大きくなったり、女の子同士で喧嘩が起きたり……その場を治めるのに時間がかかって帰るのが遅くなってしまった事があった。

 そんなできごとを繰り返してはいけない。そのために、私は私のすぐ側にいたダグラスとクレアに目配せした。


「……しょうがないですね」

「はい! レイ様の頼みとならば!」


 二人はそれで察してくれたらしく、すぐさま女子の山を抜けて私の横に来る。

 そして、私のそばに集まる女子達を手でかき分けてくれる。


「はいはーい、そこまでですよー」

「これ以上はレイ様がお疲れになるので駄目です!」

「何よあなた達! レイ様とどんな関係なの!?」

「そうよそうよ! 部外者は引っ込んで!」


 うおう……すでにヒートアップしておられる子が何人か……


「み、みんな落ち着いて。二人は他人じゃないよ。ダグラスは私の家の執事だし、クレアは昔からの親友なんだ」

「えっレイ様今私の事親友って!」

「はーい話がややこしくなるから少し黙っておこうかクレア」


 興奮するクレアを諌めながらも、私は二人に道を作ってもらい集団の中を歩く。

 私自身が二人を身内として説明したのもあってか、私を中心に集まっていた女子達もさすがに強く出ることができずに道を開けた。

 そして、完全に集団を抜けると私はクラスの外に出て振り返る。


「ごめんねみんな。私はこれから一人で学校を散策したいんだ。だから、今は少しばかり自由にしてくれると嬉しい。それじゃあ、また!」


 私の事を思ってくれる子達に対して何も言わず消えるのはさすがにどうかと思ったので、そう言って去る。

 その後、後ろからさらに黄色い声が聞こえてきたのは聞こえなかった事にしておこう、うん。



   ◇◆◇◆◇



「さて、色々と回ってはみたが……」


 クラスを出てからしばらくして、私は学園の外の敷地を歩いていた。

 今まで学園の様々な施設や部活を見学しにいっていたのだが……


「……なかなか落ち着いて見て回れなかったなぁ……」


 私が行く先々でなぜかその場にいた女の子達が歓声を上げたり騒いだりするせいで、ちゃんと見学することができなかったのだ。

 おかしい、別にこの学園は女子校というわけではないはずなのに、どこへ行っても女子がいる気がする……

 やはり少女漫画の世界というのが絡んでいるのだろうか?

 まあ単に人の多い学校だから女子とも遭遇率が高いだけかもしれないが。


「まあ、ここらへんにはさすがに何もないかな……」

「――ハッ!」


 私がそんなことを考えていると、高らかに叫ぶ声が聞こえてきた。

 その声の方向を向くと、そこには簡単な柵に囲まれ芝生で整地された大きな広場があった。そして、その広場の中で縦横無尽に駆け巡る動物の姿があった。人の乗った馬だ。

 馬を操っている人々はみな乗馬服を身にまとっている。

 私はその集団が気になって、つい広場に近づいていった。


「おや?」


 と、そんな私に気づいて馬を歩かせ近づいてくる人がいた。その人は私に近づくと馬から降りて私に挨拶してくる。


「やあ、こんにちは。もしかして新入生かな?」


 遠くからは分からなかったが、その人は男性だった。恐らくここの生徒の一人だろう。

 帽子から出ている緑髪が印象的だった。


「あ、はい。そうです」

「ん? 君はどこかで……ああ、新入生代表挨拶をした子じゃないか。もしかして、うちの乗馬クラブに興味があるのかな?」

「乗馬クラブ?」

「なんだい? 知らないできたのかい? そう、ここはこの学園唯一の乗馬クラブさ。一応カリキュラムでも乗馬は教えられるけど、それとは別に個人で乗馬を楽しみたいという生徒が集まっているんだよ。もし良かったら、君も乗ってみるかい? 見たところ、君も馬は好きそうだし」


 その先輩は私を気軽に誘ってくれた。

 確かに私は馬が好きだ。マリアンヌ先生から乗馬を教えてもらい、そこそこうまく乗りこなせている自信はあるし、乗っていると風になったかのようで楽しい。


「はい、よろしくお願いします」


 だから私は二つ返事で答えた。


「ははっ、良い返事だ。じゃあこっちにおいで。きゅう舎がすぐそこにあるんだ。あ、そうだ、一応名乗っておこう。俺はジュダス・ハミルトン。三年生だ」

「レイ・ペンフォードです」


 私も名を名乗った後、きゅう舎に案内される。きゅう舎には何頭か馬が繋がれており、マリアンヌ先生に馬術を教えてもらったときのことを思い出した。


「さあ、好きな馬を選ぶといい。とは言え、中には気性が荒くてうまく乗りこなせない馬もいるだろうけどね」

「そうですね……」


 私はきゅう舎にいる馬を見比べる。そして、その中でなんとなくだが乗ってみたいと思った馬を選んだ。


「この子にします」


 私が選んだのは一番奥にいた白馬だった。すると、ジュダス先輩が苦笑いする。


「あー……そいつはあまりオススメしないな。そいつの名前はランドルフって言うんだが、うちの馬の中でもとんだじゃじゃ馬で誰も乗りこなせていないんだ」

「そうなんですか……でもせっかくですし、乗らせてみてください。乗ってみたいんです、この子に」


 私はランドルフの頬をさすってみる。すると、ランドルフは特に嫌な反応をせず私の手を受け入れてくれた。

 それを見て、ジュダス先輩は驚いている。


「これは驚いた……ランドルフはまず嫌いな相手には近づくことすら許さないのに。面白い。ぜひとも君がランドルフに乗っているところを見てみたくなってみた」


 先輩から許しが出たので、私はランドルフをきゅう舎から出してみる。ランドルフはとりあえず現状は特に嫌がることなくついてきてくれた。

 なので、今度は実際にランドルフにまたがってみる。すると、ランドルフは「ヒヒン!」と荒ぶった声を上げて少し暴れる。


「おお! どうどう!」


 私はランドルフの手綱を握りながら彼を抑える。そうしてしばらくすると、ランドルフはすっかり落ち着いて私の言うことを聞いてくれるようになった。


「まさか……ランドルフを乗りこなすとは。君、馬術の経験があるのかい?」

「ええまあ一応。でも、特に大したことはしていませんよ。なんだか、この子とは意思が通じる気がした、それだけです」

「なるほど、不思議な事もあったものだね。それじゃあ、自由に走ってかまわないよ。もし出たければ、この広場を出て森とかを走っても構わない。でも、あんまり離れすぎて帰ってこれないなんてことはないようにね」

「はい、分かりました」


 そうして私はランドルフを操り乗馬を楽しんだ。広場をランドルフと一緒に駆けていると、周囲から驚きの視線が向けられているのが分かった。

 どうもランドルフの評判の悪さは相当だったらしい。しかし、今私を乗っけてくれているランドルフからはそんな気性の荒さは感じられない。

 私はランドルフを操り、広場を何周かする。そしてその後、先輩にも了承を得てから広場を出て森の方へと駆けてみる事にした。

 森は木々のせいで走りづらいが、それでもその木々の間を駆け抜けるという楽しさがあって私を興奮させた。

 こうして細い道を通り抜けるのは、昔マリアンヌ先生に徹底的に仕込まれた馬術の一つでもあった。

 そうして走り続けていると、私は突然開けた場所に出た。


「ここは……」


 そこは花畑だった。森の中に開けた色とりどりの花が咲く花畑があったのだ。中心には大きな大樹がポツンと一本だけ立っている。

 私はそこでランドルフを止める。ランドルフを止めたのは花畑を荒らさないようにというのもあったが、その美しさに目を奪われたからであった。


「美しいな……ん?」


 しばらく花畑を見ていると、私の耳にとあるものが聞こえてきた。歌声だ。

 それは中央にある大樹の方から聞こえてきていた。私は気になり、ランドルフと共に花を踏まないように手綱を操り草のところを歩かせて歌声の方へと行く。

 すると、そこにいたのは――


「アレクシアさん……?」


 透き通るような歌声で歌う、アレクシアがそこにいた。アレクシアの周りには多くの小動物達が集まっており、さながら森のお姫様が歌っているかのようだった。


「えっ……? レ、レイさん!?」


 アレクシアは私に気づくと歌うのを止めて慌ててこっちを見た。

 それと同時に、アレクシアの周りに集まっていた動物達が散っていく。


「ど、どうしたのレイさん!? こんなところで!? と、というか今の見て聞いてた!?」

「あ、ああ……私はちょうど近くにある乗馬クラブで馬を貸してもらって乗っていたんだが……アレクシアさんはどうしてこんなところで歌を……?」

「うわああっ! 恥ずかしい! ……その、私、歌が趣味なんです」

「は、はあ」


 一応それは知っていた。だって『エモーション・ハート』で読んだから。


「それで私、学校の外を探検していたら森で迷ってここに出て、どうしようかなってさっきまで思ってたはずなのにここの綺麗さに浮かれて、しかも可愛い動物達もいっぱいいたものだから、上機嫌も上機嫌になっちゃったのでつい歌っちゃって……」

「な、なるほど……」

「うわーっ、変だよねーっ……! 恥ずかしいよぅ……!」

「……いや、そんなことないよ」

「え?」

「その……アレクシアさんの歌っている姿はとっても綺麗で……素敵だったと思う」

「ほ、本当?」

「うん、本当」


 それは本当に私の本心だった。だって、私が最初にアレクシアを見たときお姫様のようだと思ったのは間違いないのだから。


「そ、そうやって褒められるとちょっと嬉しいな……あ、ところで! さっき近くの乗馬クラブから来たって言ったよね?」

「ん? そうだけど?」

「だったら帰り道って分かる!? 私、帰り道が分かんなくて……」

「ああ、そういえばそんな話をしていたね……じゃあ、一緒に帰ろう」

「ありがとうございます!」


 アレクシアは大げさに私に頭を下げてきた。

 なんだか、変わっている子だ。漫画として読んでいたときは主人公という視線を重ねる対象だったからそこまで思わなかったが、こうして友人という立場で話すと、結構変わっているなと思ってしまう。

 でも、だからこそ作中のキャラクター達はみんな惹かれたんだろう。……レイ・ペンフォードを除いてだが。


「さあ、手を」

「え? 馬に? わ、私、馬って乗ったことなくて……」

「大丈夫。ただ私の前でまたがるだけでいいさ。あとは全部私がやるから。あ、でもこの馬――ランドルフって言うんだけど、気性が荒いって言われてるけど二人乗り大丈夫かなぁ。まあ、大丈夫だろう」

「えぇ……」


 心配そうな顔をするアレクシア。だが、アレクシアの手を掴み、ランドルフの上に乗せると、ランドルフは難なく彼女を受け入れた。


「よかった……」

「そうだね。それじゃあいこうか。さあランドルフ、いこう。彼女は馬に慣れていないから、ゆっくりとだぞ」


 ランドルフは私の言葉が通じたのか通じていないのか分からないが「ヒヒン!」と鳴く。

 そしてそのまま私達は進み始め、二人で乗馬クラブのある広場まで戻った。


「お帰り! ……うん? なんか一人増えてるね?」

「こ、こんにちは……」


 迎えてくれたジュダス先輩に、馬からアレクシアが苦笑いする。


「いや、森で迷子になっていたらしくて、ちょうど私が見つけて連れて帰ったんだよ」

「なるほどね」


 事情を説明すると納得してくれたジュダス先輩。すると、突然ジュダス先輩がこんなことを言い始めた。


「まるで、そうしていると王子様とお姫様みたいだね」

「えっ、ええっ!?」


 アレクシアが顔を赤くする。私は王子様なんて言われ慣れていたが、アレクシアはさすがにお姫様とは言われ慣れていなかったらしい。


「そ、そんなことないですよ……私なんてただの平民出ですし……」

「いや、そんな事ないよ」

「レ、レイさん……?」

「君は綺麗だ。それをもっと誇ってもいい。それこそ、お姫様のようにね」


 だからこそ、胸を張って生きて欲しい。だって君は、私の憧れなんだから。


「うう……恥ずかしいよぅ……」


 顔を真っ赤にして両手で覆うアレクシア。そんなアレクシアを見て、私とジュダス先輩は軽く笑いあったのであった。

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