担任と主人公と
入学式を終えた私は、広間の掲示板に掲げられたクラス割りを見て自分の割り当てられたクラスへと向かった。
そこで見たときに初めてクラス割りを確認したのだが……
「まさかみんな同じクラスになるなんてね……」
まあ分かってはいた。漫画『エモーション・ハート』においても、主人公と彼女を取り巻く人間達はみんな同じクラスにいた。
だから、私を含めアレックスやダグラス、ノエルは同じクラスになるとは分かってはいたが……
「まさか、クレアも一緒なんてね……」
漫画には出てこなかったクレアも同じクラスだったのには驚いた。
それとも、私が知らないだけでクレアも後に漫画に登場するのだろうか。私が漫画を読んだ巻数は全体で言えば半分にいかない程度だったから、先の展開を完全に知っているわけではないのだ。
思い返せばちょうど、レイ・ペンフォードが廃人になったあたりだったなぁそういえば。
「レイ様? 私がどうかしたんですか?」
私が独り言を言っていると背後にいつのまにかクレア達がいた。ちなみに私の席は一番後ろで窓側から二番目だ。
「ああ、なんでもないよ。でも、一緒のクラスでよかったねみんな」
「はい! 私もレイ様と同じクラスになれて嬉しいです!」
「僕も嬉しいよ。レイと別のクラスなんて考えられなかったからね。違ったら学校に直訴しようと思っていたぐらいだよ」
「ま、俺は従者ですから多分一緒になることは分かってましたけど。でも本当になれてホっとしましたよ」
「ははは……」
私は彼女らの言葉に軽く苦笑いをする。
ダグラスは多分冗談が混ざっていると思うけどアレックスの場合本当にやりかねないところがあるから怖い。『エモーション・ハート』でも結構行動力が高かったし。
幼少期の頃も何かと理由をつけて私の家に来ていたし。
「ま、みんなが落ち着いて勉強してくれればそれでいいんだけどね」
私はそんな事をいいながらふと前の方の席を見る。
そこには、ちょうどチラリとこちらを見ていたノエルの姿があった。
ノエルは私が彼のことを見ていると気づくと、ぷいとすぐ視線を前に戻した。
「ふふっ」
私はそんな彼を見て微笑む。なんだかんだでノエルもこちらの事が気になっているらしい。
可愛いところもあるじゃないか。
「むっ、レイ様。今ちょっとよそ見してましたね」
「えっ? まあその、ははは」
「……やっぱりなかなかの強敵なようですね……」
「そうだね……直接コンタクトにはタイミングを見計らわないと……」
「?」
またクレア達がよく聞こえない声で話をしている。
やっぱりちょっと寂しいな。
「……ところで、そろそろ私達の担任の先生が来る時間じゃないのかい? 席に戻ったほうがいいんじゃ?」
なので私は、ちょっとしたいじわるも兼ねてそんなことを言った。
そういうとアレックス達は、少し不満げな顔をしながらも「それもそうだね……」と自分の席に戻っていった。
しかし私の左隣の窓に隣接している席は空いているままだな……。
これは、もしかして……。
「はい、皆さんいるでしょうか?」
と、私が考えを巡らせていると、前のほうからそんな声がした。
前を向くと、そこにはこのクラスの担任と思われる人が入ってきていたが、それは驚きの人だった。
「えっ!?」
私は思わず声を上げる。その人物はかつて私とマリアンヌ先生を引き合わせたアレックスの家庭教師だったのだ。
「どうもみなさん、私はパイアス・ヘイズ。これからしばらくの間皆様の担任を務めさせてもらいます」
「あっ、先生!」
パイアス先生にアレックスが反応を示す。それはそうだろう。彼の家庭教師だったのだから。
「先生、家庭教師を終えたと思ったらこの学校の教師になっていたんですね!」
「ああ皇子、久しぶりだね。そうだね、君の家庭教師の任を終えたあと、この学校にスカウトされてね。今こうしてこの学園の教鞭をとらせてもらったんだよ」
パイアス先生が説明する。
なるほどそういう経緯だったのか……。私は納得しアレックスもまた納得していた。
それにしても、漫画ではパイアス先生が担任だっただろうか。正直主人公周り以外のキャラはあまり覚えていない……。
「それじゃあ最初の出席確認を兼ねて順番に自己紹介をしてもらおうかな。えーと……」
「すいませーん!」
と、そこで大声で教室に入ってくる人影があった。
入ってきたのは、赤髪のショートで、美しい琥珀色の瞳をした少女だった。
「ごめんなさい! 遅れてしまって!」
「おやおや、入学初日から遅刻とは、面白い子だね。じゃあ、君から自己紹介してもらおうかな」
パイアス先生が彼女に言う。
間違いない、彼女こそ、漫画『エモーション・ハート』の主人公。その名は――
「えっ!? 自己紹介ですか!? わ、分かりました……えっと私、アレクシア・ハートフィールドと言います。平民の生まれですけど、仲良くしてくれると嬉しいです! よろしくお願いします!」
やはり、アレクシアだった。
漫画の方でもアレクシアは初日から遅れてクラスにやって来ていた。それは、来る途中で木に登って降りられなくなったネコを助けていた、という理由だった。
そして、本来入学式で新入生代表挨拶をするのは彼女だったのだ。今回は私が前世知識も用いて入試で一位を取ったために私だったが。
新入生代表として挨拶をした彼女が、初日のクラスに遅れてやって来る。
そうして彼女はアレックス達の注目を集めるのが漫画の流れなのだが……。
「…………」
無言でアレックス達を見てみるが、あまりそこまでの関心を抱いているようには見えなかった。一応拍手で彼女を迎えて入るが。
やっぱり二つの要因が絡まないと駄目なのだろうか。となると、破滅の運命も案外簡単に回避できるのかな……?
そんなことを思っていると、アレクシアが私の隣の席に座った。
いい機会だ、彼女に話しかけてみよう。純粋に彼女と仲良くしてみたいと思っていたし。
「やあ、初日に遅刻とはなかなかの度胸だね」
「あっ、すいません……あ、あなたは確か新入生代表挨拶をしていた……」
「ああ、レイ・ペンフォードだ。よろしく、アレクシアさん。あと同級生なんだし、タメ口でいいよ」
「えっと……うん、ありがとう。レイさん」
そう言って彼女は私に微笑んでくれた。
うっ……! か、かわいい……!
彼女の笑顔はまるで天使のような可愛さだった。凄い、これが主人公の眩しさか……!
これは漫画でアレックス達が落ちるのも分かるというものだ。いや、今回ももしかしたら彼女の魅力に気づいて落ちるかもしれない。
つまり、私の破滅はまだ油断ならない……? いやいや、アレクシアに嫌がらせさえしなければいい話なのだから、そこは問題ない……はず。
私はなんだかどんどんと自信がなくなってくるのを感じた。
王子様気質といい、なんだかうまくいかない部分があるからなぁ私。
「あの……どうしたの?」
「え? ああいや、なんでもないよ。ただ、君の笑顔があまりに眩しくてね」
「へっ!? も、もうからかわないでよ……!」
アレクシアが照れ笑いをする。もう、照れる姿も可愛いなぁ。
と、私達がそんな話をしていると――
「じゃあ次はレイさん。お願いします」
「えっ? ああ、はい!」
どうやら自己紹介が進んでいて私の番になっていたらしい。私は急いで立ち上がる。
「んんっ! 私はレイ・ペンフォード。公爵家、ペンフォード家の出です。まだまだ未熟な私ではありますが、貴族の務めを果たすべく努力していきたいのでどうか皆さんよろしくお願いします」
咳払いをしながらとりあえずその場で思いついた挨拶をしてみる私。
すると、なんだかとても大きな拍手が私に浴びせかけられた。
……主に女子とアレックス達から。
特に女子の私に向ける熱量のある視線はなかなかで、私はその視線にそれなりに覚えがあった。
前世などで受けた私を王子様として見る視線だ。
やっぱり、入学式のアレが効いているのか……。
私は苦笑いをしながら着席する。そして、隣を見る。
「格好良かったよ、レイさん!」
アレクシアが私に笑顔でそう言った。
まあ、この笑顔が見られたなら別にいいか……。
私はそんなことを思いながら、今後にそびえていそうな多難を想像して、一人ため息をつくのであった。
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