鮮烈! 入学式

 緑生い茂る四月。美しく整えられた並木道を、私はダグラスと共に歩いていた。

 周りにも多くの人が歩いているが、少し変わっているのは、歩いている人の殆どが十五歳から十八歳ぐらいの年齢だということ、そして、女子は黒のブレザーに紺のスカート、男子は黒のブレザーに灰色のズボンだということだ。女子は胸にリボン、男子はネクタイをしており、色は赤、青、黄と三色種類がある。

 それは私達も同じで、ブレザーにスカート、ズボンというスタイル、リボンとネクタイの色は赤だ。

 歩く少年少女達みんなが同じ姿をしているのは、それは私達が入学する事になった聖ユメリア学園の制服であり、今歩いているのが学園へと続く通学路だからである。

 そう、私達は今これから学園への入学式へと出るために学校へと向かっているのだ。


「制服、お似合いですよお嬢様」

「ふふ、ありがとうダグラス。でもそれ言うの何度目だい?」

「いえ、褒めるたびにお嬢様が嬉しそうにしてくれるのでつい」

「ふふ、まあね」


 私は少し笑って自分の制服を見直す。うん、シンプルだがいい制服だと思う。

 前世でも女子校でかわいい制服を着ていたが、やはり制服というものはいいものだと思う。心が弾む。


「ダグラスも制服、似合っているよ」

「本当ですか? でも俺の場合、前から給仕服で似たようなデザインの服を着ていたのであまり代わり映えがないと思いますが」

「そんなことないよ。学校の制服っていうのは特別感があるものさ。カレンだっていい制服だって褒めていたよ?」

「ねっ、姉さんが!? マ、マジすか!? お、俺にはそんなこと一言も……!」

「ふふっ、私から言ったほうが面白そうと言うからね。カレンも大分私に毒されたらしい」

「……うう、姉さんめ……」


 顔を真っ赤にするダグラスを見て、私は微笑む。うん、ダグラスのシスコンは学園に入学する際になっても変わらないなぁ。楽しい。


「おーい! レイー!」

「レイ様ー!」


 ダグラスと話していると、後ろから名前を呼ぶ声がしてきて、振り返る。

 その声色は私もダグラスも聞き慣れた声だ。

 アレックスと、クレアだ。二人は私達の元へと走ってくる。


「やあレイ! 久しぶりだね!」

「お久しぶりですレイ様!」

「久しぶり、アレックス皇子、クレア。二人共制服似合っているよ」

「ありがとう。レイも制服素敵だよ」

「あっ私が先に言いたかったのに! えっと、ありがとうございます! レイ様も輝かしい程に素敵で……!」


 二人に制服を褒めてもらえて、私はまた嬉しい気持ちになる。やっぱりかわいい服を着て褒められるというのはなかなかに気持ちがいいものだ。


「おいおーい、ここにもう一人いるんですけど」

「おや、いたのかいダグラス」

「あら、いたのダグラス」

「それはいくらなんでもひどくないっすか!?」


 あんまりな扱いにダグラスは大声を上げる。私はそれがおかしくて、クスクスと笑ってしまう。


「お嬢様まで笑わないでくださいよ!?」

「ああごめんごめん、でもいいリアクションをするものだからつい」

「ふふっ、そうだね。もちろん最初から君がいたことは分かっていたよダグラス。ただこうしたほうが、レイが喜ぶと思ってね」

「へっ、どうだか……」

「あ、私は最初からレイ様しか見えてなかったから安心していいよダグラス!」

「正直にそう言われるのも結構傷つきますからね!?」


 まったく悪気のない顔で言うクレアにダグラスは言う。

 うん、受験で最近は全然会えてなかったけど、やっぱりこのメンバーで集まるのは楽しい。

 みんな無事に入学できてよかった。

 ……入学と言えば、そういえば彼はちゃんと入学できているのだろうか。アレックス達が入学できているのなら、彼もできていると思うんだけど……。


「……あっ!」


 と、そのとき、私は見覚えのある後ろ姿を見かけて、声を上げた。

 そして、その後姿の主が私の思っていた通りの人物か確かめるために駆け出す。


「お嬢様!? どうかしたんですか?」

「ああ、ちょっとね!」


 私は突然走り出した私を心配して声をかけてきたダグラスにそう言うと、その後姿の主の元へ行く。

 私が近くにいくと、その彼は私の方へと振り返る。ああ、成長しているとは言え、はっきりと言える。これは、彼だ。


「やあ! ノエル!」

「……お前、もしかしてあんときのあいつか?」


 歩いていたのは私の思った通り、ノエルだった。かなり背が伸びて、ガタイもかなりよくなったが、面影はしっかりと残っていた。


「あいつとは失礼な。私にはレイ・ペンフォードという名前がちゃんとあるんだ」

「お前そんな名前だったのか。あんときは名乗らずに帰ったからこの六年間ずっとお前の名前が分からないままだったんだぞ」

「あれ? そうだったかい?」

「そうだよ、それで随分やきもきさせられたんだからな」

「それは失礼。でも、私の名前でやきもきしてくれたんだね」

「っ!? べ、別に。今のは言葉のあやってやつで……」


 ちょっと恥ずかしがるノエルに、私は嬉しい気持ちになる。なんだかんだで私の事を覚えていてくれたのは、やはり嬉しい。


「ふふふ」

「何笑ってんだおめぇ。……まあそれはそれとして、お前随分と女らしくなったな。今は男装してもすぐバレそうだな」

「そうかい!? それは、嬉しいなぁ。へへへ……」


 私はノエルの言葉に笑みを隠せない。

 確かに自分でも女性らしくはなったと思う。顔つきは悪役令嬢だけあって少し凛々しいが、体つきは胸も大きくなったし母に叱られても運動を止めなかったのもあってそれなりに引き締まっていた。

 でも、周りの人間はずっと一緒にいたせいかこうして直接褒めてくれることはなかったので、とても嬉しい。


「ありがとうノエル。ノエルも、以前にもまして男らしくなったと思うよ」

「そうか? まあ、肉体労働してたからな。そりゃガタイも良くなるだろ」


 ノエルは普通だと言わんがばかりに答える。まあ彼にとってはそうなのだろう。


「そういえば、ノエル」


 と、そのとき、私はふと思い出したことがあったので彼に聞いてみることにした。


「あ? なんだよ突然」

「いや、入学試験の順位、何位だったかなと思ってね」

「……お前、それいきなり聞くことか?」

「いいじゃないか。君は随分と頭が回る方だから、どれくらいの順位に入ったのか気になってね」

「……三位だよ」

「へぇ、凄いじゃないか!」

「で、お前は?」

「一位だけど」

「舐めてんのか!」


 私の言葉に半分キレるノエル。いやだってしょうがないじゃないか事実なんだから。

 しかし彼が三位とは。やはり彼女が二位なのだろうか。原作では、類まれなる努力で新入生代表として挨拶するところからスタートしていた主人公、アレクシアが。


「舐めてなんかないよ。むしろ感嘆しているぐらいだ。他の並み居る貴族を押しのけて三位だなんて、誇ってもいいさ」

「でもお前は一位なんだろ?」

「そうだよ? これからの入学式で新入生代表として挨拶もある」

「……お前なぁ」


 ノエルは呆れたように私にため息をつく。


「まあいいや、これからは同じ土俵だ。せいぜい足元をすくわれないようにすることだな」


 そう言ってノエルは私を置いて先に進み始め、他の歩く生徒達の中に消えていった。


「……変わらないなぁ」


 私はそんなノエルを見て、そう思って微笑んだ。


「……あの、お嬢様?」


 と、そこでダグラス達が私に近づいてきて、話しかけてくる。


「さっきの男はいったい誰なんです? 随分親しげに話されていましたがお知り合いですか? でも少なくとも我が家で開かれたパーティなどでは見かけた覚えのない男ですが……」

「ああ、彼かい? 彼はノエル・ランチェスター。以前話したろう? 貧民街でできた、私の友人さ」

「……ああ、彼が」


 それを聞くと、なぜか突然ダグラスとアレックス、そしてクレアが急に三人で寄ってたかってヒソヒソを話し始める。


「……聞きましたか? またお嬢様が人をたらし込んでいる……」

「そうだね……しかも今までに見なかったタイプだ……これはなかなかに強敵だよ……」

「うん……私もあのときいたけど、レイ様は結構彼に関心を抱いていたから警戒するに越したことはないと思う……」


 三人は小さな声で私から離れて喋っていたので、何を喋っているかいまいち聞き取れなかった。

 なんだか仲間はずれな感じを受けて少し寂しいな……。

 私がそんな事を思っていると、三人はパっと戻ってきて、私の顔を見る。


「えっと……なんだい?」

「い、いえなんでもないです! それより早くいきましょうお嬢様! お嬢様は新入生代表挨拶の準備があるんでしょう!? さっ、行きましょう行きましょう!」

「そうだよレイ! さっきの彼のことなんか気にせず行こう!」

「ええレイ様! 私達と楽しくおしゃべりしながら、さあ!」

「あっ、ああ……」


 なんだか圧の強い三人に促されて、私は通学路を一緒に歩くのだった。



   ◇◆◇◆◇



「……これにて、在校生代表の挨拶を終わります」


 沢山の拍手が先程まで在校生代表として挨拶をしていた女子生徒に降りかかる。

 この学校の生徒会長らしく、長い黒髪が印象的なとても綺麗な子だ。

 入学式はこちらの世界も私の前世の世界とあまり変わらないものだった。

 広い講堂に新入生でまとまって楽団の演奏と共に入場し、偉い人の長々とした挨拶を、みんなで揃って聞く。

 そして、色んな偉い人の挨拶の後に、在校生が代表して挨拶をする。

 その次に、私の新入生代表挨拶があった。

 私はこれをチャンスと考えていた。

 ここで淑女らしい、おしとやかで落ち着いた挨拶をすればまずこの学校では女の子らしい女の子として受け取ってもらえるだろう。

 まあ、アレックスやノエルと言った知り合いには意味がないが、その他は殆どが初めて顔を合わす相手か、パーティ程度でしか知り合ったことのない貴族の子ぐらいなので、効果はあるはず。

 この代表挨拶は、私が今度こそ女の子らしい生活を送るための第一歩なのだ。

 思えば、前世のときは失敗した……前世のときは別に代表という訳でもなく、クラスで初めて挨拶をしたのだが、初めての女子校というのもあって緊張してしまってしまい、王子様の仮面をつけてキザに挨拶をしてしまったのだ。

 それが周囲の女子に馬鹿受けし、私はその日から王子様的な人気を獲得してしまった……。

 今回は、そうはならない! 今回こそは私は淑女としてこの学校の生徒や教師に印象付けるんだ!


「ありがとうございました。それでは、新入生代表の挨拶です。新入生代表、レイ・ペンフォードさんお願いします」

「はい!」


 私はこころの中で気合いを入れて大きな声で答えると、壇上へと向かう。

 そして、壇上で待っていた在校生代表の生徒会長と、ステージの上と下で頭を下げ挨拶を交わす。

 そして、交差するように階段でお互い上り下りをしようとしたところだった。


「……あっ!?」


 なんと、下りようとしていた生徒会長が、階段を踏み外し、しかも足を捻ってステージ上から落ちそうになったのだ。

 このままでは、彼女は背中から床に落ちてしまうだろう。


「っ!」


 私はそれを見た瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。

 落ちる彼女の落下先を予測し、落ちてくる彼女を受け止める。

 結果、生徒会長は私にお姫様抱っこの形で受け止められて、事なきを得た。


「大丈夫ですか、先輩」


 私は先輩をお姫様抱っこしたまま、先輩に微笑みかける。


「う……うん……別になんとも……」


 その言葉に先輩はきょとんとしながらも答える。うん、大丈夫そうだ。

 私はそっと先輩を床に下ろした。


「怪我がなくてよかったです。その美しい姿が傷ついたかもしれないと考えると……本当に、無事でよかった」

「……あ、ありがとうっ……!」


 私の言葉に、先輩は顔を赤らめて答えた。

 ……あれ?


「このお礼は……いつか必ず……! そ、それじゃ……!」


 先輩は顔を真っ赤にしたまま、自分の席へと戻っていった。

 この反応……これは……もしかして……やっちゃった?

 私は冷や汗をかく。

 とにかく私は壇上へと上がって、代表挨拶の前に席に座って並んでいる生徒達を見てみる。

 すると、そのうちの女子生徒達の結構な数が、私になんていうか、独特な視線を向けていた。

 この視線は知っているぞ。前世でいっぱい浴びた視線だ。つまりは、私を王子様として憧れて見ている視線だ。


「……かっこいい……」

「あの一年生……結構素敵ね……」


 なんだかそんな声もぎりぎりだけど聞こえてくる気がするし!

 これはやっぱり……してしまったか……久々に王子様ムーヴを……。


「……在校生の先輩方。ありがとうございます」


 私はがっくりとうなだれたくなる気持ちを抑え、なんとか新入生挨拶を始めた。

 その間も、私は熱い視線を常に感じていた。

 つまりは、私の新入生としての淑女スタートは、見事に失敗してしまったのであった。

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