エンシャント・カース
年月というものはあっという間に過ぎていくもので、気づけば帝都での出会いから五年の月日が流れ、来年に『エモーション・ハート』の舞台である聖ユメリア学園への入学試験を控える年になっていた。
きっと私は難なくその試験を通過できるだろう。
それはマリアンヌ先生からもお墨付きを頂いている。
さらに先生は、現状の学力を維持すれば新入生で一番の成績を収め、新入生首席として挨拶をすることになるだろうとも言っていた。
それ自体は別に構わない。ペンフォードの娘としてそれはきっと誉れとなることだろうから。
私は前世の記憶があるとはいえ、今はレイ・ペンフォードである。家の名を守るために努力することは厭わない。
きっと、学園にはアレックス、ダグラス、ノエルも入学してくるだろう。というか、そうでないと『エモーション・ハート』の舞台として成り立たない。
実は使用人であるダグラスがどのように入学してくるか最初少し謎だったのだが、いつだかダグラスがこっそりと勉強しているのを知ったので、その疑問は消えた。
ダグラスは私と学校を共にしたいがために勉強してくれているようで、私にとってその気持ちはとても心が温まった。
でもなんだか気恥ずかしい気持ちにもなったのでダグラスを「進学したらカレンとしばらく離れ離れになってしまって寂しいよ」と遠回しにからかってしまったがまあ許して欲しい。「ね、姉さんと離れ離れ……いやしかし……ううん……!」と悩みだす彼の姿は面白かったことをここに告白するので。
学校への進学と言えば、クレアも聖ユメリア学園への進学を目指しているらしい。
最近は毎日勉強漬けで大変そうだ。だがクレアは「何としてもレイ様と一緒の学園生活を送るんです!」と熱く語っていたので、あの熱意ならきっと進学できるだろう。……持ち前のドジを発揮しなければ。
何にせよ、私にとって聖ユメリア学園への進学は楽しみな未来になっていた。
みんなと一緒に同じ学び舎で勉強や青春を送る。それは私が前世で果たせなかった生活だ。
それに、一番楽しみなのは『エモーション・ハート』の主人公であるアレクシアに会えることだ。
確かに彼女は私の破滅に繋がるかもしれない。でも、私だって漫画にハマっていたクチだ。
憧れの登場人物に会えるとなると、心を踊らせるなというのが無理な話だと思う。彼女に接触するぐらいの冒険は許されるだろう。
それに、彼女からは女の子らしさというのを是非学びたいという私の願望もあった。
私が記憶を取り戻してから八年間、どうにもうまく女の子らしい生活が送れていない気がするのだ。
いや、気がするというか、確実に送れてないな……。
だが、学園生活という生活環境の一変はチャンスだ。これを機に、私は女の子らしい生活を送る、送ってみせる!
私はそう決意を新たにした。
だが、未来は明るい話ばかりではない。私の心を荒立てる、とある話を私は父から聞かせられた。
それは、私の十五歳の誕生パーティの終わった夜の事だった。
「レイ、いるかい?」
誕生パーティが終わった後、部屋に戻っていた私の耳に入ってきたのは父の声だった。
「はい、いますよお父様」
「入っても?」
「ええ、どうぞ」
私が了承すると父は私の部屋に入ってきた。その顔色は妙に悪い。
「どうかしたんですかお父様?」
「いや……その……今日のパーティは楽しかったかい?」
「ええ。アレックス皇子もダグラスもクレアもカレンも、それに今日はマリアンヌ先生もみんな私のことを祝ってくれて嬉しかったです。クレアなんか相変わらずドジで私の目の前で転ぶんですから可愛いですよね」
「ああ、それはよかった……」
父はなんだか煮え切らない態度だった。その態度を私は不審に思う。
「……何かあったんですか?」
「……いや、何かあったという訳ではないんだが……その……んんっ!」
父はそこで一旦咳払いし、仕切り直すように私を見た。
「いいか、レイ。これからの話をよく聞いて欲しい。レイは来年で十六になって、学園へ進学するだろう。そしてゆくゆくは、我がペンフォード家を継ぐ立場になる。そんなお前に、ぜひとも教えなければいけない事があるのだ」
父はこれまでみたことのないほどに真剣な表情を浮かべていた。
それにより、私は今までにないほどに重要な話だと理解する。
「……分かりました。教えて下さい、お父様」
「……ああ。こちらに来てくれ」
私は父に言われた通りに父の後を追った。
そのまま私達がたどり着いた先は、我が家の書斎だった。ここで話をするのかと最初思ったが、どうも違うらしい。父は書斎につくと、書斎の奥にある父の専用書棚へと向かった。
「この書棚は代々我が家の当主のみに使うことが許されていてね。その理由が、これだよ」
そういうと父は、書棚にあるとりわけ派手な装丁の本を入れ替えだす。
そして、その本を並び終えると、横に置かれていた小さな彫像を傾けた。
「えっ……!?」
すると、なんとその書斎が横に動き、そこに通路が現れたのだ。
「我がペンフォード家は、この帝国でもっとも古い貴族のうちの一つだ」
私が驚いていると、父が説明しながらその中へと入っていく。
その後を急いで追う。通路の中は薄暗かったが、ぼんやりとした紫色の灯りが壁から発せられていたため完全な闇ではなかった。
私はその光景に見覚えがあった。
これは、一緒だ。
毎年、誕生日の夜に見ている夢と。
私が一人その事実に青ざめているのを知らずに、父は話し続ける。
「ペンフォード家は常に帝国と共にあった。そして、このペンフォードの邸宅が建てられた場所は、当時帝国にとってもっとも重要で、そして忌むべき存在が収められた神殿の上だったのだ」
私は唖然としながらも、父についていく。
父は通路を進み、その先にある階段を降りていく。そのすべてが、私がこの八年間見てきた夢と寸分違わず一緒だった。
そうして父はたどり着く。あの、赤く濡れた鉄扉に。
「この先にそれがあるという。帝国……いや、人類にとって忌まわしきものが」
「一体……それは何なのですか、お父様」
「実は、私も知らんのだよ。なぜなら、この扉は開かずの扉だからね」
「開かずの扉……?」
でも、夢では……。
「この扉の鍵はいつしか紛失してしまってね。誰もその行方を知らないんだよ。でも、それでいいと思っている。この先にあるもの……『
◇◆◇◆◇
「…………」
私はその夜、ベッドの上で考えていた。
私が毎年夢に見ていた光景。それは、あの先にある『永久の暗黒』と呼ばれる何かの保管場所への道筋だった。
なぜ、私がそんな夢を毎年見ていたのか。 少なくとも、父はそんな夢を見たという話も素振りもなかった。つまり、夢見たのは私だけなのだ。
これは一体どういうことなのか。
私はそれに一つの仮説を立ててみた。
おそらく、『エモーション・ハート』でレイ・ペンフォードが廃人になった理由がその『永久の暗黒』だったのだろう。
私が読んだ段階では、レイ・ペンフォードがどんな禁断の力を手にしたのかはぼかされていた。
だが、ペンフォード家が代々それを守ってきたというのなら、辻褄は合う。
おそらく漫画におけるレイ・ペンフォードはどうにかして鍵を手に入れたのだ。そして、この地下奥深くに封じられていた『永久の暗黒』を解き放った。
それで、レイ・ペンフォードは廃人になった。私が夢見たのは、その本来のレイ・ペンフォードの辿った末路なのではないか。
そう考えれば、納得がいく。夢が、破滅への道を私に見せたのだ。
「……廃人だけにはなりたくないかな」
私はベッドの上で寝返りをうちながら言う。
夢が本来至る道というのなら、それは警告と受け取っておくべきだろう。
ならばその警告をしっかりと受け取り、その道を辿らないようにすればいい。
いささか楽観的だが、それだけの話だ。
「とりあえず、今日は寝よう。今日はさすがに疲れた……」
私は色々とあった出来事で疲れた頭と体を癒やすため、ゆっくりとまぶたを閉じた。
幸いな事に、その日は誕生日の夜であるがあの夢は見なかった。
それから一年後、私は見事聖ユメリア学園への入学試験をみんなと一緒に通過し、学園への入学を決めた。そうしてついに私は踏み出したのだ。漫画『エモーション・ハート』の舞台へと。
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