ハッピーバスデイ! 王子様!

 四季の移ろいというものは気づけば早いもので、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、春が過ぎ……そしてまた夏と季節は巡ってくる。

 私が前世の記憶に目覚め、アレックスはダグラスと出会ってからいつの間にか一年が経っていた。

 それはつまり、一つ歳を取る、ということである。

 歳を取るということは子供なら必ず楽しみにしているイベントが一つやって来る。

 そう、誕生日だ。



「おはようございますお嬢様、お誕生日おめでとうございます」


 最初に私の誕生日を祝ってくれたのはカレンだった。

 朝起きた私に最初に会うのが彼女なのだから、それは当然と言えば当然の事である。

 カレンはわずかにだが笑ってくれていた。

 私の誕生日を笑顔で祝ってくれることが、私は嬉しい。


「ありがとうカレン」


 私は素直にカレンに礼を言う。


「いえ、主君の誕生日を祝うのは当然のことですから。それより、朝の支度をしましょう。旦那様と奥様がお待ちです」

「ああ、そうだね。ところでプレゼントはないのかい?」

「プレゼントは今夜の誕生パーティに使用人全員からの共同プレゼントを渡す予定ですので」


 私がカレンにいたずらっぽく聞くとカレンは真面目に返してくる。こういうところはやはりカレンは真面目だ。


「そりゃそうか、ふふっ」


 私はそんなカレンに苦笑いしながらも、言われた通りに朝の支度を始める。

 その支度を手伝ってくれるカレンの手付きが、なんだかいつもより優しい、そんな気がした。

 朝の支度を終えた私は部屋を出て食堂へと向かう。

 その途中で、私はダグラスと出会った。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようダグラス」

「お嬢様、お誕生日、おめでとうございます」


 ダグラスもまた、笑顔で私を祝ってくれた。その表情は、やはり姉弟だからかカレンに似ていた。


「ありがとうダグラス。いい笑顔をするようになったね。カレンにそっくりだよ」

「ね、姉さんに!? あ、ありがとうございます……!」


 私が思ったことをそのまま伝えると、ダグラスは顔を赤くして喜んだ。

 うん、やっぱりダグラスは姉の事が大好きなんだな。この反応を見るとよく分かる。


「しかしカレンは本当にいいメイドだな。私も妻として迎えたいぐらいだ」

「はっ!? そ、そんな冗談を……そもそもお嬢様は女ですし女同士で結婚なんて……」

「いや分からんぞ。もし何かが起きてアレックス皇子が皇位を継げば、私のお願いの一つや二つぐらい叶えてくれるかもしれない。そうなったときに、女同士で結婚できる法律を作ってもらえば済む話だからな」

「な、ななななな……!? あいつならたしかにやりかねない……そ、そんなの俺は絶対認めないからな!? じゃなくて、認めませんからねっ!」


 ダグラスは顔を真っ赤にして言う

 うーん、淑女らしくない行為とは言え、やはりダグラスをいじるのは面白い。朝から元気が出る。


「大丈夫だダグラス、冗談だよ。気にしないでくれ。それにしても、アレックスに関しては妙な信頼があるんだな」

「冗談……え、ええ、分かってましたよ別に? それに、俺は別にあいつの事信頼なんてしてません。ただお嬢様にだだ甘なのは知ってるだけです」


 ダグラスは表情を取り繕い言う。

 まあそうだろう。初対面のときから、アレックスとダグラスはなぜだか仲が悪い。

 一緒にいると喧嘩になる確率が高いし、そうでないときもお互いを牽制しあってか会話が少なくなる。

 でもダグラスは私の側にいるのをあまりやめないから、アレックスが来たときは仕方なく私の方からダグラスを遠ざけることが最近は多くなっている。

 そうするとダグラスが悲しそうな顔をするのは少々心が痛むが、わざわざ皇城から来てもらっているのだ。楽しんでもらわないとこちらが申し訳ない気持ちになるし、下手したらアレックスが私の事を嫌いになって原作の破滅ルートへ……みたいな可能性も無きにしもあらずではある。

 まあ、今の関係を鑑みるに、それはまずないだろうが。


「まあ、別に君がアレックス皇子を嫌うのはいいんだが今日の誕生会では喧嘩などしてくれるなよ? そうされると、誕生会を開いたお父様やお母様の面子が潰れてしまうからな」

「分かってますよ……さすがにそれぐらいの分別はあります」


 ダグラスは渋々といった表情で言う。

 本当に大丈夫だろうか。少し心配だが、ここはまあダグラスを信頼するしかないだろう。


「そうだ、今のうちに渡しときます」


 私がそんな事を考えていると、ダグラスがとあるものを私に手渡してきた。

 それは、小さなケースだった。


「これは……?」

「開けてみて下さい。俺からの個人的な誕生日プレゼントです。使用人はみんなでお金を集めて一緒のもの出すんですけど、俺はどうしても個人で渡したかったんで」

「ほう……!」


 私はダグラスのその気持ちがとてもうれしく、さっそく箱を開けてみる。そこに入っていたのは、銀のネックレスだった。


「おお、これは……! とても綺麗だね!」

「お気に召してよかったです。俺の給料じゃそれが精一杯の安物ですけど、よかったらどうぞ」

「いや、とてもいいものだよこれは。ありがとう、さっそくつけさせてもらうよ」


 私はダグラスから受け取った銀のネックレスをつける。

 前世の私は普通の一般庶民だったので、ものの価値をはっきりと分かるわけではない。だが、ダグラスが買ってくれたものだからきっといいものなのだろうというのが分かった。


「どうだい? 似合うかい?」

「ええ、とっても!」


 ダグラスがはにかんで言ってくれる。彼が言うんだ。きっと本当に似合っている。


「ありがとう。大切にするよ」


 私はお礼を言うと、上機嫌になままそのまま食堂へと向かった。

 食堂では、父と母がたっぷりと私の誕生日を祝ってくれた。

 父は私を抱き上げて頬ずりしたし、母は私のおでこにキスをしてくれた。

 二人共、心から私の事を祝ってくれたのが分かって、やはり私は嬉しい気持ちになる。

 私はそんな両親からの祝福を受けながら、その日はゆっくりと夜の誕生会を待つのだった。



 そして訪れた夜。

 主賓である私は、たっぷりとおめかしをして部屋で待っていた。

 私の持っている中でも特に極上のドレスを身にまとい、去年と比べると伸びた髪を結っている。首にはもちろん、ダグラスがくれたネックレスだ。

 その手伝いをしてくれたのは、もちろんカレンだ。カレンには本当に感謝している。いつか、カレンには恩返しがしたいものだ。


「お嬢様、誕生パーティの準備が整いました」


 私がそんなことを考えながら部屋で待っていると、カレンが迎えに来る。


「ああ、わかったよ。今行く」


 私はカレンに答え、パーティ会場となっている大広間へと歩みを進める。

 そして、大広間の正面扉の前まで行くと、カレンは数歩下がった。ここから先は、私一人で行けということだ。

 私は促された通り、一人で大広間の扉を開ける。すると――


「レイお嬢様! 誕生日おめでとうございます!」


 と、使用人達の揃った声と、激しい拍手が聞こえてきた。会場には、使用人だけでなく、パーティに呼ばれた各地の貴族達も大勢集まっている。これだけの貴族がいるのは、さすが公爵たる父の人脈だなと私は思った。

 私はゆっくりと大広間にしかれたカーペットの上を歩く。そして、その先に待っていた父と母の元へと行く。

 そして私はくるりと振り返り、これまでマリアンヌ先生と共に練習していた誕生日の挨拶を口にする。


「皆様、今日は私の八歳の誕生日会に来て下さり、ありがとうございます。これだけ多くの方々に来ていただき、私は大きな感銘を受けています。将来、このペンフォード家を継ぐ者として、恥ずかしくない人生を送れるよう、頑張っていきたいので、皆様、どうかよろしくお願いします」


 私がそう挨拶し頭を下げると、再び会場は拍手に包まれた。

 ふぅ……正直、とても緊張していた。噛んだらどうしようとか、内容を忘れたらどうしようとか部屋で待っているときにずっと思っていた。

 でも、うまく言えてよかった……。

 その後、私は色んな人から誕生日プレゼントを貰った。使用人達からは高級なお菓子の詰め合わせを、貴族達からは様々なものを貰った。そしてその中には当然、彼もいた。


「レイ、誕生日おめでとう」


 アレックスだ。アレックスは、私に笑顔を見せる。


「アレックス皇子、今日はわざわざありがとう」

「ううん、いいんだよ。だってレイの誕生日だもん。他の何よりも優先すべき事だよ」

「そこまでではないだろう」

「いいや、そこまでさ」


 私達はそんな事を笑いながら話し合う。なんだか若干アレックスの声色が本気だった気がするがきっと気の所為だろう。


「それじゃあレイ。これをどうぞ」


 アレックスが渡してくれたのは、なんとダイヤモンドの装飾がついた髪飾りだった。

 さすが第三皇子。くれるものの格が違う。


「いいのかい? こんな高価なものを」

「いいんだよ。それに、今回のプレゼントはダイヤモンドじゃないと意味がなかったからね」

「と言うと?」

「ダイヤモンドの宝石言葉は、永遠の絆。僕は、レイとずっと一緒に仲良くいたいんだ」

「アレックス皇子……」


 私はその言葉で胸がいっぱいになる。高価なだけでなく気持ちも籠もっている。とても嬉しいことだ。私はその髪飾りを受け取ると、さっそく髪につけてみた。


「とても似合ってるよ、レイ」

「ありがとう、アレックス皇子」


 私はアレックスに対して笑いかける。すると、アレックスがぽっと顔を赤くした気がした。そして、なぜだかアレックスはしばらく立ちぼうけていた。


「……アレックス皇子?」

「はっ!? ご、ごめんね! ちょっとぼーっとしてた! それじゃ、レイ! 今日は本当におめでとう!」


 アレックスはなんだか慌てたように私の前から去った。

 私はその姿を不思議に思ったが、深くは追求しないことにした。というかできなかった。なぜなら、次の客人の女の子がプレゼントを持ってやって来たのだがその女の子に見覚えがあったからだ。


「ん? 君は……」

「あっ! はい! レイ様! 私はキャアっ!?」


 その女の子は、私の目の前で何もないはずなのに転んでしまった。

 豪快に前のめりに転んだものだから、私はちょっとびっくりする。


「だ、大丈夫かい?」

「は、はい! 大丈夫です!」


 私は転んだ彼女の手を取り、起きるのを手伝ってあげる。

 すると、彼女は顔を赤くしながらも私の顔を見て、名乗った。


「私、クレア・イーストンです。覚えているかどうかは分かりませんが……」

「いや、ちゃんと覚えているよ。去年、大臣宅の子供だけのパーティに参加していた子だよね? 一緒にダンスを踊った」

「っ! はい! 覚えててくれたんですね!」


 クレアは私が彼女の事を覚えていたことを教えると、とても嬉しそうな顔で言った。


「私、ずっとレイ様に会いたくて……そうしたら、今日お父様がペンフォード様の家の誕生パーティに行くって言って、それできっと会えるって思って……やっぱり、会えました。私、嬉しいです!」

「ああ、私も嬉しいよクレア。久しぶりだね!」

「はい! もう話したいことがいっぱいで……あ、でも今はそんな時間ありませんよね……」

「まあ、そうだね。でも、このプレゼント受け渡しが終わったら話相手になるし、なんならいつだってうちに来てもらっても構わないんだよ?」

「ほっ、本当ですかっ!?」

「ああ、公爵の娘に二言はない」

「私……嬉しい!」


 クレアは私の目の前できゃっきゃと飛び跳ねる。その様子を見て回りの貴族達が微笑ましいと笑ったのを見て、クレアは顔を赤らめて飛び跳ねるのをやめた。


「うっ……私ったらまた……あっ、そうだ。これ、プレゼントです!」


 クレアは思い出したかのように私にプレゼントを渡してくる。


「ありがとう、中身は何かな?」

「お洋服です! 私が作った、拙いものですが……」

「君が作った? 凄いじゃないか!」

「いえ! あの日、レイ様にお救いしてもらって、それで、私もあんな風にドレスを作れたらって思って……それでこの一年、色々と勉強したんです。その中でも一番デキのよかったものを、レイ様に差し上げます。着てくれとはいいません。ただ、私の気持ち、伝えたくて……」

「いや、ぜひ着させてもらうよ。ありがとう、クレア」

「っ!!??」


 クレアは私が礼を言うと、顔を沸騰させたかのように真っ赤にした。

 ああ、この反応は見覚えがある。これは、前世で私を慕ってきてくれた女の子達と同じ反応だ。まあ、ここまであからさまなのはなかなかいなかったが。

 それに気づいた私は、ちょっと苦笑いをする。まあでも、クレアの気持ちはとても嬉しいので、今後ともいい関係が結べるといいなとも思った。


「そ、それじゃあ失礼します!」


 クレアはプレゼントを渡し終えるとくるりと反転し、軽く駆け出す。


「ふぎゃっ!」


 その途中で、また何もないところで転んだクレア。それを見て私は「ああ、この子は所謂『ドジっ子』なんだな……」と心の中で確信して呟いた。

 その後も誕生パーティは盛り上がり、最後まで盛況なままパーティ幕を閉じたのであった。



   ◇◆◇◆◇



 ――暗い石畳の廊下を、私は歩く。

 壁は不思議な淡い紫色の光を放っており、松明がないというのにぼんやりと明るい。

 しかし、道の先は夜の闇よりも暗く、私を待ち構えている。

 その闇に向かって、私は、歩く。歩く。歩く。

 壁の光は私を追随し、私の足元を照らす。

 やがて私は階段にさしかかる。

 地の底まで続いてそうな、下りの階段だ。私はその階段を降り始める。

 なぜ降りているのか、自分でもわからない。ただ、降りなければと、体が勝手に動く。

 その階段をずっと降り続けていると、やがて、ボロボロに錆びた、鉄の扉があった。暗くてよく見えないが、扉の表面は赤く濡れている。

 私はその扉に手をかけ、ゆっくりと開く。すると、その先には――



   ◇◆◇◆◇



「――っ!?」


 私はベッドから飛び起きる。体にはびっしょりと汗をかき、呼吸も落ち着かない。


「……夢?」


 なんだか、妙に生々しい夢だった。今でも、どちらが現実かわからないほどには、鮮明に、しかしどこか思考にノイズがかかって思い浮かぶ。

 私は窓から外を見る。まだ、太陽は完全には登っておらず、空は薄暗い。


「……なんだか、気持ち悪いな……」


 私は思わず呟く。

 その日からだった。

 私が毎年、誕生日の夜眠ると、必ず毎回同じ夢を見るようになったのは。

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