セカンド・パーティナイト
私は反省していた。
というのも、最近まったく淑女らしく生活出来ていないのだ。
特に、ダグラスと一緒にいるときに関しては、彼の私に対する幼くもストレートな感情のぶつけ方が新鮮で、ついからかってしまう。
私の事を、姉を奪う憎い相手と思っているために、カレンのことを引き合いに出すとすぐに動揺してしまうのが可愛すぎる。
だがいけない、これはいけない。
私の事を嫌っているのなら余計な事をせずにそれ相応の距離を置いて接してやるのが本来の淑女らしい振る舞いというべきだ。
だが、私はと言うとつい彼をカレンの事で関わって、その青い気持ちを見てしまうのが楽しくなってしまっていた。
そのせいで、すっかりダグラスは私のことをお転婆少女と思い込んでいる。
いらない誤解を彼に与えてしまった。
私は決めたではないか、この世界では女の子らしいレディとして生きると。
どうも、その方向から少しばかり脱線してしまっているように思える。
特に、身近にいるダグラスの誤解に関しては早急に解かなくては。
そんな事を思っていた私に、とある転機が訪れた。
父が、こんな提案を私にしたのだ。
「レイ、実は今度私の親しくしている大臣の家で、子供を中心としたパーティがあるらしい。それに出てみないかい?」
「子供を中心としたパーティ、ですか」
「ああ、なんでも子供達に社交界の場を経験させたいというのがその私の友人の大臣の目的らしいんだ。ほら、最初にレイが参加したパーティがあっただろう? あれの、子供が主役版と考えればいいのさ」
「なるほど……」
それを聞いて、私は思った。
これはチャンスなのではないか、と。子供だけとはいえ、それは将来この国に深く関わる人間の集まりであり、その人物同士での縁作りの場を兼ねているに違いなかった。
明言はされていなくても、そういった意図があるのは垣間見える。
その場で、私がちゃんと女の子らしく振る舞えば、私は将来を約束された場において、立派なレディと認知されるのではないか。
そして、それをダグラスに見せれば、ダグラスも私の事を見直すのではないか、ということだ。
つまりは一石二鳥の場なのである。参加しなくてどうすると言うのか。
「ええ、とても楽しそうですね。ぜひとも参加させて下さい」
なので、私は笑顔で父に返答した。
「おお! そうか! きっと大臣も喜ぶよ! ぜひとも、ペンフォード家の長女として立派な姿をみんなに披露してきてくれ」
父は満面の笑みになる。そこで、私は私の野望を叶えるために父におねだりすることにした。
「はい、お父様。……それでお父様、相談なのですが」
「ん? なんだいレイ」
「私はその会場にダグラスを連れていきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ダグラス……というと、最近奉公しに来た執事見習いの子かい? 一体どうして?」
「はい。ダグラスはとても優秀な子です。しかし、将来執事となるためには大きなパーティの場というものを経験させてあげるべきだと私は思うのです。それがひいては私の、そして我が家の将来のためになるのではないかと」
私はつらつらと理由をでっち上げて語るが、まあ本音を言えばダグラスにいいところを見せたいというだけだ。
同年代の子に可愛く見られたいと思うのは、やはりいくつになっても女の子の心にあるものだな、と私は思う。
私はそう言うと、父は突然うるうると目を潤ませながら言った。
「おお! レイ! お前はなんて聡明でいい子なんだ! 自分の事だけでなく、将来の事まで考えて人材を育成したいと思うなんて! いいぞ、連れていくがいい。ああ、私はよい娘を持った……!」
……なんだか思った以上に大げさに感動されてしまった。
けどいい。これでダクラスを連れてパーティに出ることができる。
私は父と別れた後、ダグラスに会いそのことを伝えた。するとダグラスは――
「嫌だ」
とはっきり言った。
「どうしてだい? 別に君にとっても悪い話ではないと思うが」
「悪い話だ! ただでさえお前のお転婆で困ってるのに、そのお前の世話を一人でしろだなんて、嫌に決まってるだろ! 俺は絶対に嫌だからな!」
うむむ、どうやら私は思った以上に嫌われてしまっていたらしい。
これはちょっと傷つく……まあ身から出たサビではあるのだが。
しかし、ここでパーティに連れ出さなければ私のイメージの改善は一向に図られない。
なので、私はちょっとずるい手を使うことにした。
「そうか……残念だ。ならカレンに相談してみることにしようかな」
「っ!?」
「カレンは悲しむだろうな……可愛い弟が仕事を放棄して自分のわがままを押し通そうとするだなんて。そして落胆するだろうな。ああ、今からそんなカレンの姿を見る事を想像するだけで、私は憂鬱だよ」
「……お前……それは卑怯だろ……!」
「ん? 何のことかな?」
「分かったよ! ついていけばいいんだろ! ついていくよ!」
「そうか、ありがとう。ダグラス」
私はダグラスに微笑む。一方でダグラスは、ムカムカとした表情を隠そうともしなかった。
さて、ダグラスから了承を貰ったところで、もう一人相談しなければいけない相手がいる。
それは、マリアンヌ先生だ。
「大臣の家でのパーティ……ですか」
ちょうど家に来ていたマリアンヌ先生に、私はパーティの事を相談した。
「ええ。大勢の同年代の子が集まるパーティの場です。そこで私は、淑女らしい振る舞いをして、ペンフォード家の長女として恥ずかしくない姿を披露したいのです」
「なるほど」
マリアンヌ先生は、私の話を聞いてクイとメガネを上げる。
「分かりました。それでは、パーティまでの短い期間ですが、礼儀作法やダンスなど、パーティに必要とされる技能に対しての特別カリキュラムを組みましょう。とは言え、あなたはその辺りはもともと高い技能を有しています。なので、これから教えることは基礎の再確認と、それを応用した技術の話になるでしょう」
「はい、よろしくお願いします」
私は先生に頭を下げる。マリアンヌ先生の力添えがあれば、怖いものはない。
きっと、淑女らしい振る舞いをすることができるだろう。
「……と言っても、あなたの気質を考えると、そううまくいくかは怪しいところですが」
「はい? 先生、何か言いました?」
「いえ、何も。それでは、早速レッスンを初めましょうか」
先生が小声で何かを言ったようだったが、私には聞き取れなかった。
それよりも、私は先生からのレッスンに集中すべく、気持ちを切り替えた。
そうして、先生かレッスンを受けて二週間、ついに、大臣の家でのパーティの日がやって来た。
「ここが、大臣の邸宅か……」
私は馬車から降りると、大臣の家を見上げる。さすがにこの国の大臣の家だけあって、広大な領地を持つ公爵家である我が家に負けずとも劣らないほどに大きい。
「ほら、何してるんだ、いくぞ」
と、そこでダグラスが私に言う。ダグラスは私の付き添いの執事として来ているため、最低限の仕事としてのエスコートを私にしてくれていた。
それこそ、馬車から降りるときもちゃんと手を添えてくれたり、私の一歩前に出て歩いたりなどだ。
「ああ、すまないダグラス。ちょっと邸宅を見ていてね。それじゃあいこうか」
「うん。……なあ、ついでに歩きながらでいいから少し聞いていいか?」
「ん? なんだい?」
ダグラスから私に質問とは珍しい。私は少し嬉しい気持ちになる。
「少し前に、このパーティの事に関して皇城から手紙が来たって聞いたけど、どういうことなんだ? なんで皇城から?」
「ああ、そのことかい」
どうやらダグラスは使用人同士の会話からそんな話を聞いたらしい。
そう言えば、ダグラスは知らなかったな。
「私はこの帝国の第三皇子、アレックス皇子と個人的に仲良くしていてね。それで、その手紙は『今回のパーティに参加できない。いっぱい悲しい。せめて楽しんできて』と言ったような内容がそのアレックス皇子から送られてきたんだよ」
「ア、アレックス皇子と!? ……変な人脈あるなぁ、お前。しかしなんでそんなことをわざわざ手紙で……」
「褒め言葉として受け取っておくよ。しかし、どうしてと言われると私もよく分からないな。そこまでしてパーティに出たかったのだろうか?」
そんな事を話しながら、私とダグラスは玄関に到着する。
そして、玄関に設置された受付に名前を書き、パーティ会場に入る。
「おお、すげぇ……」
パーティ会場に入ると、ダグラスは感嘆の声を上げた。
大臣宅のパーティ会場は、天井が大きな吹き抜けになっている広大な空間だった。
きらびやかな証明に照らされ、その下に数多くの貴族の子供達がひしめき合っている。
それぞれ、覚えたばかりの礼儀作法で将来のパイプを作ろうとしている。
確固たる上流階級の空間。それは確かに使用人となるような子からすれば異質な空間だろう。
ダグラスが呆気に取られるのも無理はなかった。
「さあ、それじゃあ私は行くよダグラス。君は無理に参加しなくてもいい。そうだね、どこかで私を見守ってくれるだけでいい。この会場は、君の毒になりかねないからね。……ついて来たいと言うのなら、無理は言わないが」
「い、いや、大人しく見学させてもらうよ……頑張れよな」
ダグラスは空気に飲まれそうになりながらも必死に耐え、コクリと頷いた。
そして、私は一人、パーティ会場の真ん中へと歩み出る。
そしてそこで、私は多くの貴族の子達と交流をした。皆、さすが大臣のパーティに呼ばれるだけあって、名家の出身が多い。さすがに皇城でのパーティの規模に比べると劣るが。
そうして、私はパーティをそれなりに楽しんだ。
立食しながら、多くの言葉を交わし、マリアンヌ先生に教えられた技術を遺憾なく発揮する。
そうして、ペンフォード家の淑女として周囲にアピールしていく。そうしていくうちにどんどんと時間が流れていき、やがてダンスの時間が近づいてきた、そんなときだった。
「……ん?」
ふと、ダグラスは私の事を見ているだろうかと壁を見たときだった。
ダグラスは、何やら壁際で一人の女の子と話していたのだ。その女の子はどうやら泣いているようで、その身にまとっているドレスはひどく汚れて、ボロボロだ。
私は気になって、二人の元へと歩み寄った。
「ダグラス、どうしたんだい? その子は?」
「あ、お前……いやその、さっきからこの子がこの壁際で泣いててな……」
「なるほど……お嬢さん?」
私はその子に声をかける。すると、少女は私の方を泣きながら見た。
「あなたは……?」
「私はレイ・ペンフォード。ペンフォード公爵が長女だ。君の名は?」
「……クレア・イーストン」
「クレアか。いい名だね。それで、一体どうしたんだいクレア? こんなところで一人で泣いて」
「……私、ドレスにジュースをこぼしちゃったの。それで、それがすっかり染みちゃって、汚れが落ちなくて、それでどうしようかって慌ててたら、つまずいて転んでドレスを破いちゃって……」
どうやらずいぶんと不幸に見舞われたらしい。きっと、この大きなパーティ会場で緊張したのだろう。可哀想に。
「なるほど……それは、大変だったね」
「うん……! 私、せっかく大臣様のパーティに出れたのに、これじゃあ恥ずかしくてお話もダンスもできない……! これじゃあ、お父様やお母様の顔に泥を塗っちゃう……!」
さらに、父親や母親からの期待の重圧に潰れそうになっている。これは早急になんとかしなくては。
私は何かないかと周囲を見回す。何か、この子の助けになるもは……。
そこで、私の目にとあるものが止まった。私は、それを見てピンと来た。
「……わかった。ちょっと待っていてくれ」
私はクレアにそう言うと、会場へと向かう。
「おい、どうすんだよ。まさか、このまま見捨てるつもりじゃないだろうな」
ダグラスが後ろからついて来て言う。私はそれに振り返って言う。
「そんなこと、するはずがないだろう。小さな子が泣いているんだ。それを見過ごすことなんてできない」
「小さな子って、多分お前や俺と同い年だぞ……」
体はそうだが魂は違うのだ。それはしょうがない。
私が向かったのは、会場にある、食事を置いてあるテーブルだった。テーブルには白いテーブルクロスが敷かれている。
私は、そのテーブルクロスの端を持つ。そして――
「ふっ!」
一気に、テーブルクロスを引き抜いた。
「なっ!?」
「っ!?」
ダグラスや周囲にいた貴族が、突然の私の行動に驚く。それはそうだろう。突然目の前でテーブルクロス引きを披露されたら、誰だって驚く。
しかし、できてよかった……生前に隠し芸として練習し、披露した技能だがどうやら魂はちゃんと覚えていてくれたようだった。
私はそのテーブルクロスを持って、クレアのところへ行く。
「……?」
クレアは不思議そうな顔をして私を見る。
「失礼」
私はそんなクレアの体に、テーブルクロスを巻きつける。
「えっ? えっ?」
「……急造ですまないが、これで、どうだろうか」
そして、それをうまく折り畳んだり抜いたり入れたりとアレコレして、完成だ。
「……す、凄い……まるでドレスみたい……!」
「な……お前、こんな事できたのか……」
二人が驚く。まあ、これも生前の知識の応用だ。私はこっそりと服飾をいじる趣味も持っていたために、こういうのはそれなりに慣れていた。
「ありがとう! レイさん!」
「いや、それでいいなら、私もよかったよ」
私は軽く微笑む。クレアが笑ってくれて、私も嬉しい。
「あ……」
とそんなときだった。会場内に優雅な音楽が流れ始め、ダンスが始まったのだ。
どうやら、アレコレしているうちに私達はあぶれてしまったらしい。
なので、私は目の前にいるクレアの前に跪き、その手の甲にキスをして、言った。
「どうか、私と踊ってくれないでしょうか、レディ」
「……はい!」
そうして、私はクレアの手を引き、二人でホールへと向かい、ダンスを始める。
リードをするのはもちろん私だ。私の体には、マリアンヌ先生に教え込まれた技術が詰まっている。それを披露しないでどうするのか。
私は優しくクレアをリードする。クレアは、微笑みながらも私のリードについてくる。クレアは意外にもしっかりと踊れており、素養の良さを感じた。
そうして、私達はパーティの最後まで、二人で踊り続けた。
◇◆◇◆◇
「それでは、またいつか」
パーティも終わり、私はクレアに別れの言葉を告げる。
すると、クレアは私に言った。
「あのっ! またいつか会えますか!?」
私はそれに答える。
「ああ、きっと。いつかまた会えるよ」
私はそうクレアに微笑み、彼女に背を向けて馬車に乗る。もちろん、ダグラスに手を添えてもらってだ。
そうして、私達を乗せた馬車は出発した。
私が窓から外を見ると、クレアはお互い見えなくなるまでずっと、私達の馬車を見ているようだった。
「……お前、凄いな」
「え?」
その馬車の中で、ふとダグラスが私に言った。
「俺、お前はただのわがまま女だと思ってた。でも、今日のパーティを見て、思った。お前は、すごく気高い奴なんだなって」
「け、気高い? 私がかい?」
ダグラスは何を言っているのだろうか。私は正直、その自覚はないのだが。
「ああ。そうだよ。普段は俺をからかったりするけど、思えばそれは俺達使用人にも分け隔てなく接してくれている証拠なんだよな。貴族って、使用人をモノとして扱う奴もいるって聞くのに。でも、お前……いや、あなたは違う。あなたは、俺の仕えるべき主君として、ふさわしい、そう、思いました」
そう言ってダグラスは、馬車の中で跪き、私に頭を下げた。
私は少し動揺する。
「い、いやいや、そんな立派なものじゃないよ。というか、急に敬語になってどうしたんだい?」
「いえ、簡単な事です。俺は、あなたを主として認めた。だから、最低限の礼節は尽くす。それだけです」
「は、はあ……」
なんだかよく分からないが、ダグラスは私を認めてくれたらしい。
いや、それはもともと計画していたことだったのだが、なんだか望んでた方向と違うような……。
「……ま、いいか。じゃあ、これからもよろしくダグラス。でも、そんなにかしこまらなくてもいいよ。私に仕えてくれるのは嬉しいけど、私はもっとカジュアルな感じのほうが楽しいな」
「……分かりました。じゃあ、俺もそれなりに親しくさせてもらいますよ、お嬢様」
そう言って、私とダグラスは笑いあった。
なんだか、ダグラスと本当の友人になれた気がする。主と使用人という関係ではあるが、それを越えた何かができた、そんな感じがあるのだ。
なんだか最初の私の淑女計画と違うが、まあいいだろう。
私は、とりあえずよしとして、その日はゆっくり二人馬車に揺られたのであった。
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