少年執事
家庭教師の先生が来てから一ヶ月、私は先生にいろんなことを教えてもらうようになった。
勉強と基本的な礼儀作法は大丈夫なようで、私には重点的に剣術、魔法、馬術を教えられた。
剣術と馬術に関してはどうやら私は飲み込みが早いらしく、どんどんと自分でも上達していくのが分かった。
母は「淑女らしくない習い事」と嘆いていたし自分でも後から思い返してそうかもしれないと思ったが、まあ別にいいだろう。楽しいし。
だが、魔法に関してだけはなかなかうまくいかなかった。
魔法は先天的な才能が大切らしく、その点に関して私はどうやら「普通」らしかった。
この世界の魔法は、火、水、風、土、そして光と闇という六つのエレメントを扱い、才能に準じて得意分野を決めていくらしいのだが、私はどれも「そこそこ」でどれがずば抜けて高いとかそういうのはなかったらしい。
なので、私はどの魔法もそれなりに修めることにした。どれを伸ばしていくかはそれぞれ学んで一番使い勝手が良さそうと思ったものにするとして、今はお試し期間とでも言おうか、平均的に育てていくことにしたのだ。
そうして私は、週に三回くるマリアンヌ先生の講義を受け続けた。
それと、先生が来る以外にも変わったことが一つあった。
不定期だが、アレックスが遊びに来るようになったのだ。
最初アレックスが来たとき私は驚いた。
第三皇子とは言え一国の皇子が気軽に遊びに来て大丈夫なのかと。
そう聞くとアレックスはこう答えた。
「大丈夫だよ。僕もレイを見習って少しやりたいように生きてみることにしたんだ」
私はそこまで自由奔放だっただろうか……。
と思ったが、別にせっかくできた友人が遊びに来てくれることに悪い気はしないので、それ以上は問わないことにした。
アレックスは一度我が家に来ると日が暮れるまで私と一緒にいた。
別に一緒にいても何をするというわけでもなく、ただ体を動かしたり、ボードゲームで遊んだりする程度なのだが、不思議とアレックスは退屈せずにいたようだった。
そうして、アレックスは先月のうちに三回は我が家に来ていた。
そんなこんなで、少し以前とは変わった生活を送っていた私だが、この日、またも私の生活を変えるできごとが起きた。
それは、朝食後部屋で本を読んでいた私の耳に聞こえてきたノックから始まった。
「どうぞ」
「失礼します、お嬢様」
入ってきたのはカレンだ。カレンには記憶が戻ってからも大分よくしてもらっている。
いつか何かお礼をしたいと思うのだが、まあそれは後々考えることにしよう。
「どうしたんだいカレン、何か用事でも?」
「はい、実は今日お嬢様に紹介したい子がいまして」
「紹介したい子?」
誰だろう。「子」と言ったからには、私と同年代の子供なのだろう。しかし、カレンが連れてきたということは何か特別な子なのだろうか……。
「ほら、入りなさい」
カレンが促すと、小さな人影が私の前に現れる。
出てきたのは、少年だった。小さな給仕服を身にまとった、カレンと同じ茶髪が明るい少年だ。
「ほら、自己紹介して」
「……ダグラス・アルバートです。よろしくお願いします、お嬢様」
「ん? ああよろしく……って、アルバート? とすると、もしかして……」
「あらお嬢様、もしかして私の名字、覚えていてくれたんですか? そうです、このダグラスは私の弟なんです」
カレンのフルネームは、カレン・アルバートと言う。
そして、名乗った少年はダグラス・アルバートでカレンの弟だと言う。
なるほど道理で同じ髪色な訳だ。と、私は一人納得した。
「お嬢様、今日からこのダグラスは、この家で執事見習いとして働かせていただくこととなりました。つきましては、ダグラスは私と共にお嬢様の世話をさせていただきます」
「私の世話を?」
「はい。さすがに朝のお着替えなどは同じ女性である私がしますが、他の異性でも構わない仕事はダグラスが手伝うようになります。どうか、拙い弟ですがよろしくお願いします」
そう言ってカレンが頭を下げる。
しかし、ダグラスは頭を下げない。それを見たカレンは、手で無理矢理ダグラスの頭を下げさせていた。
「あ、ああ。よろしく」
その姿を見て、私は苦笑いする。どうも、ダグラスはこの仕事に不服らしい。
それがありありと見て取れた。
でも、カレンに弟がいたとは……ダグラス・アルバートか……ん? 待て? ダグラス?
私は頭に何か引っかかる感じを受ける。そこで、私はその引っかかりを取り除こうと必死に頭を働かせる。そこで、私は思い出した。
「そうか……」
そうだ、どこかで聞いた名だと思ったが、このダグラス。『エモーション・ハート』の登場人物の一人ではないか。
聖ユメリア学園に入ったアレクシアと共に学生生活を送るキザなプレイボーイ執事。それがダグラスだ。
ダグラスは悪役令嬢たるレイに付き従っていた執事だが、アレクシアの優しさと美しさに触れて、レイではなくアレクシアの元にいることを決めるのだ。
なるほど確かにそう思い出してみれば、将来の姿の面影がどことなくある。
そうだ、レイの執事ならこうして日常生活で会うのも当然か。どうここが漫画原作の世界だと言うことを最近しばしば忘れてしまうから失念していた。
「あの、お嬢様……?」
一人納得していた私を見て、カレンが不思議がる。
「ああ、いやなんでもないよ。こっちの話だ」
「そうですか……それでは、またお嬢様。そういうことですので、今後よろしくお願いします。では――」
「ああ、待ってくれ」
と、出ていこうとする二人を私は止めた。
「ちょっとそのダグラスと話をしてみたいんだ。できれば二人にしてくれないか?」
「え? ま、まあ大丈夫ですが……」
カレンが不安そうな顔で言う。どうも私とダグラスを二人きりにするのが不安らしい。
その心情は、先程や今のダグラスの仏頂面を見ればなんとなく分かる。
「それじゃあ、よろしく頼むよ。そうだね、十分ぐらいしたらまた迎えに来てくれ」
「分かりました。……いいダグラス、失礼のないようにするのよ」
「……分かってるよ」
ダグラスは不安そうな姉にぶっきらぼうに答える。その時点でカレンはさらに不安そうな表情を浮かべていた。
そうしてカレンは部屋の外に出て扉を閉める。部屋には、座る私と相変わらず扉の前で立っているダグラスの二人になっていた。
「まあ、適当に座ったらどうだい」
そんなダグラスに、私はまずそう声をかける。するとダグラスは――
「……いや、いいです。別に十五分ぐらいなら立ったままで」
と、私の申し出を拒否した。
これはこれは……どうも、私はあまり好かれていないらしい。
私は軽く苦笑する。
「そうか……じゃあ、立ったまま聞いてくれ。勝手に質問させてもらうけど、いいかな?」
「……別に」
「そうかい。じゃあ最初の質問だ。君、この仕事嫌いかい?」
「…………」
「いきなりだんまりか……ま、肯定と受け取っておくよ」
答えは表情に出ているしね。
見るからに嫌そうな顔をしている。
「じゃあ次の質問だ。私のこと、嫌いかな?」
「……好きじゃない、です」
「おっと、これには答えてくれるんだね」
これは相当私のこと嫌いだな。確かに、原作では仕えていた主から主人公に鞍替えするんだ。こういう下地があってもおかしくないだろう。
「じゃあ次。なんでそんなに私や仕事が嫌いなんだい? 仕事を勧めてきたのはカレンだろうけど、何か不満があるのかい? あ、私のこと嫌いって分かったから別に無理して敬語は使わなくていいよ」
「……別に姉さんに不満はない。ただ、この家の仕事や姉さんの仕えるお前が嫌いなだけだ。あと姉さんのことを馴れ馴れしく呼び捨てするな。年上なんだから敬語を使え」
「ほう……」
カレンのことになると急に饒舌になったな……これは、もしかすると……。
「次の質問。君、姉さんのことが好きなんじゃないのかい?」
「っ!!?? べ、べべべ別にそんなんじゃねーし! 姉さんは姉さんだし! 好きとか、そんな訳ないし!」
うん、図星みたいだ。
彼はどうやら姉さん大好きで、それで姉さんと一緒にいられる時間を奪ったこの仕事や私のことが気に食わない、ってところかな。
うん、分かりやすくていいねぇ。
「なるほどね……だいたい分かったよ、君のことは」
「はぁ!? 何が分かったって言うんだよ! 知ったような口を聞くな!」
ダグラスが顔を真っ赤にして反発してくる。うん、若さにあふれていて実にいいと思う。
……なんだか老人みたいな感想だなと、自分でも思ってしまった。たった十七年ぐらいアドバンテージがあるぐらいでこれはいけない。もっと心を若く保たないと。
「ふむ……まあ、そう怒らないでよ」
私は立ち上がり、彼の元へと近寄る。
どうやら私のほうが、若干背が高いらしく、彼の側だと私が彼を見下ろす形になった。
「な、なんだよ……」
彼が明らかに警戒した目で見てくる。
そんな目で見られると、ちょっと悪戯したくなってしまう私がいた。
なので、私は彼を見下ろしながら、ニヤリと笑い、彼の顎を手で掴んで無理矢理視線を合わせて言った。
「怖がらないで。君は私のこと嫌いだろうけど、私は君のこと気に入ったな。どうか、仲良くしてくれ」
ささやくように彼に言う。
すると、ダグラスは――
「――っ!!??」
顔を真っ赤にし、目をぐるぐると回して部屋を飛び出していった。
そこに丁度、迎えに来ていたカレンがいてダグラスはカレンとぶつかった。
「うわっ!? どうしたのダグラス?」
「姉さん! 俺あいつ嫌い!」
うん、好きな姉さんの前では素直なんだなぁ。
「こらっ、ダグラス! 主君に対してなんてことを! すいませんお嬢様! ダグラスが何か失礼をしてしまったようで……」
「いいや、大丈夫だよカレン。むしろ、存分に楽しませてもらった」
私はカレンに微笑む。
カレンはまたよく分からないといった表情をしている。
正直、私はかなり楽しんでいる。
前世にはこういうタイプは私の近くにはいなかったから新鮮だ。
これから、楽しくなりそうだ。
私はカレンにしがみつき、私の悪口を言いまくるダグラスを見てそう思った。
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