家庭教師が来ました

 我が家にアレックスが来てから少し日が経った後。

 朝食の場で父がこんなことを言い出した。


「レイ、来週ついにお前の家庭教師が来るぞ」


 家庭教師か……確かにそんな話が、私が前世の記憶を取り戻す前に進んでいた覚えが私にはあった。

 そう考えれば何もおかしいことではないのだが、いきなり来週とは少し急に思えた。


「来週とは、わりと急ですね」


 私はその感想をそのまま父に伝える。


「ああすまない。お前にはちゃんと話していなかったな。以前、アレックス皇子が我が家に来ただろう? そのときのお客様がアレックス皇子の家庭教師で、我が家にふさわしい家庭教師を教えてもらっていたのさ」

「なるほど……」


 この前の客人はそういうことか。

 きっと家庭教師同士の繋がりのようなものがあるのだろう。

 それで私にふさわしい家庭教師を選んだというわけか。

 しかし、私の居なかった場で私にふさわしい家庭教師というものを選べるのだろうか? そこは少々疑問である。

 まあ、とにかく家庭教師が来るということは私のこの世界での見識などが広まるということである。

 色々と楽しみにしておこう。


「ありがとうございます、お父様」


 私はそう父に礼を言うと、朝食として並べられたパンにバターを塗って口に入れたのだった。



 それからあっという間に一週間が過ぎ、家庭教師が訪れる日がやって来た。

 私は部屋で待っていろと言われたので、大人しく待つ。

 すると、トントンと扉をノックする音が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


 ノックに答えると、扉が開かれる。

 扉を開けたのはカレンだった。


「お嬢様、家庭教師の先生がお見えになられました」

「ありがとう、通してくれ」

「わかりました」


 そう言ってカレンが下がり、私の部屋に小さなカバンを持った家庭教師の先生が入ってくる。

 入ってきた先生は、見た感じ二十代そこらの女性だった。黒のショートで、細いメガネをかけている。

 利発そうな人だな、というのが第一印象だった。


「はじめまして、レイ様。今日からレイ様の家庭教師を務めさせていただきます、マリアンヌ・ヘイズと申します」

「こちらこそはじめまして、レイ・ペンフォードです。今日からよろしくお願いします、先生」


 私は先生に向かって頭を下げる。

 すると、マリアンヌ先生は若干意外そうな顔をして私を見た。

 なんだなんだ、顔に何かついているのか。私は自分の顔を触ってみる。別に何もついていない。


「それでは私はこれで」


 そこで、カレンがそう言って部屋を出た。部屋には私とマリアンヌ先生の二人が残される。


「えっと……どうぞ、お座り下さい」


 私は近くにあった椅子を運んできて促す。


「ありがとうございます、気が利きますね。あなたも座って下さい。少しお話をしましょう」


 先生が座ったので、私も机の近くにある椅子に座る。そして、椅子を動かし向かい合う形にした。


「さて、今日から私はあなたの家庭教師となるわけですが……まずあなたに問います。あなたは何を学びたいですか?」

「何を……ですか?」

「ええ。私は別に無理強いをして勉強させようという気はありません。勉強で大切なのは、自ら学ぼうとする意思だと思っています。もちろん、最低限の勉学や礼儀作法は教えますが、それ以上はあなたの意思に沿うものを教えたいと思っています」

「なるほど……」


 確かに嫌々するものは身につかないと、前世でも言われた気がする。大切なのは、自分から学ぼうとする気持ちなのだ。

 この人はそれを特に大切にしているのだろう。

 なので私は、正直に答えた。


「えっと……何でも」

「何でも?」

「はい。先生が教えられることは、できるだけ私に教えて欲しいんです。私は、色々なことを知りたい。ペンフォード家の長女として生まれた身として、学べることはできるだけ学んでおきたいのです」


 私にとっては二度目の人生であり、知らない異世界での学問だ。

 言葉通り、いろいろと勉強をしたい。

 私は昔から――つまり前世のことだが――勉強が好きだった。自分の知らないことを知って、それが身につくのが楽しかった。

 だから、この世界でも自分の生きたいように生きると決めた以上、学べることはどんどんと学んでいきたいのだ。


「ほう……」


 私がそう言うと、先生はなんだか意味ありげに笑った。

「なかなか珍しいことを言いますね。私が今まで教えてきた貴族の子達に、そんなことを言う子はいませんでした。皆、半ば嫌々勉強をするわがままな子ばかりでしたから」

「ははは……」


 私は苦笑いする。まあ、この歳の子は大抵そうだろう。勉強よりも遊び。そういう時期だ。

 でも私の中身は十七歳の女子高生。そういう時期はとっくに過ぎている。

 だから、この歳にはそぐわない発言をしてしまうのもしょうがないというものだ。


「分かりました。でも、さすがにすべてを教えるのには時間が足りません。詰め込めば色々なことを教えられますが、それでは身につかないでしょう。なので、この中から三つ、選んで下さい。今は、三つだけ特別な習い事を教えます。後々増やしていくことも出来ますが、今は三つです」


 そう言って、先生は紙を私の前に広げた。

 その紙には、様々な習い事が書かれている。その数はとても多く、このマリアンヌという先生がとても博識なのが伺えた。


「うーむ……悩みますね、これは」


 正直、どれも魅力的だ。勉強してみたいことがたくさんある。

 私は少しの間悩み、そして、答えを出した。


「……決めました。剣術、魔法、馬術でお願いします」

「……ほほう」


 先生はまた面白そうと言ったような表情をする。この選択に何か面白い要素でもあったのだろうか?

 特に魔法は、このファンタジーな世界に存在して前世には存在しなかったものだからぜひ学びたいのだが。


「ふむ、なるほどなるほど、どうやら、確かに聞いていた通りの子ですね。あなたは」

「え? えっと……どういうことです?」

「あなたが選んだ科目は、魔法はともかく、女の子らしくないということですよ。聞いていた通り、なかなかのお転婆娘ですね、あなたは」

「は、はぁ……」


 一体誰からそんなことを聞いたのだろうか。

 私がお転婆娘だなんて。少なくとも記憶が甦った後はそんな派手に暴れたりはしていないはずだが。


「ちなみに情報源は私の父であるアレックス皇子の家庭教師からです」

「心を読まれた!?」


 考えていたことをズバリ当てられたので私は驚く。

 というか、あの男性はマリアンヌ先生の父親だったのか……自分の娘に仕事を回すなんて、もしかして過保護な人なのだろうか?


「別に心を読んだ訳ではありません。多分そんな事を考えているだろうと思ったからです」

「な、なるほど……」

「分かりました。ではあなたにはその三科目をまず教えることにしましょう。それが決まったら、次はあなたの基礎学力を知ろうと思います。この紙に書かれた問題を解いてみて下さい」

「分かりました……あの」

「なんです?」


 私はその問題にというわけではないのだがふとした疑問が湧いたので聞いてみることにした。


「順序が逆では? まずは基礎学力から測るものだと思うのですが……」

「別にそんなことはありません。先程も聞いた通り、まずはあなたのやる気を知る事が必要不可欠でした。基礎学問は、必ずやるので後でも構わないのです」

「はぁ……」

「さあ、それが分かったら早速取り掛かって下さい。時間はそうですね……一時間でやってみて下さい」

「分かりました」


 私は問題用紙を受け取り、机に向かう。

 そして、それを解き始めた。

 結論から言ってしまえば、それは眠っていてもできるような内容だった。

 内容は未就学児向けの内容だし、そもそもこの世界の学問は私がいた現代社会と比べるとそこまで発展していない。

 そして私は、前世ではなかなかに勉強ができるほうだったと思っている。学年ではいつもトップ争いをしていたし、全国模試の上位に毎回名を連ねていたほどだ。

 まあ、つまりはズルをしているようなものなのだ。少しだけ罪悪感を覚えるが、自分に嘘をつくのはもっと心が許さないので、私は全力で挑み、タイムアタックをするような気持ちで問題を解いていった。

 結果、十分もかからずにすべて終えてしまった。


「終わりました」

「……もう、ですか?」


 そしてマリアンヌ先生にその事を伝えると、先生はさすがに驚いた顔をしていた。

 まあ、七歳の子供がこんなに早く問題を解いたらそれは驚くだろう。


「見せて下さい」

「はい」

「……ふむ、なるほど。確かにすべてあっています。これは少しばかり驚きですね……」


 先生はそう言って少しばかり考え込むと、私の答案をカバンにしまい、私に向き直る。


「あなたはかなり地頭が良いようですね。これなら、それなりに難しい内容を教えても大丈夫でしょうし、専門科目に集中できそうですね」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言った。褒めてもらったときは、素直にお礼を言うのが一番だと知っていたからだ。


「とりあえずだいたいは分かりました。今日はあなたの事が色々と知れてよかったです。今日はこの辺にして、本格的な教育は次回からにしましょう。今日はあなたの人柄を知るのが目的でしたしね」

「はい、分かりました」


 そう言ってマリアンヌ先生は立ち上がる。

 そして、部屋を出ていこうとしたとき、トントン、と扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します、お嬢様。先生。お茶をお持ちしました」


 そう言って入ってきたのはカレンだった。カレンの手の上には、丸い銀のトレーがあり、その上に恐らく紅茶が入ったティーポットとカップが載せられていた。


「…………」

「……あの?」

「……先生、飲んでいって下さい。せっかくですしもうちょっとお話しましょう」

「……そうですね。なら、お言葉に甘えて」


 私と先生は苦笑いしあった。状況がよく分かっていないカレンは、頭に疑問符を浮かべているようだった。

 その後、私と先生は二人で他愛もない会話を少しして、ゆったりとした時間を過ごすのだった。

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