初めてのパーティナイト

「……とんでもないことになってしまった……」


 夜、私は一人部屋でベッドの上に座りながら頭を抱えていた。

 どうやら私は、少女漫画『エモーション・ハート』の登場人物、レイ・ペンフォードになってしまったらしい。

 どうして、なぜ、という疑問の答えはいくら考えても返ってこない。

 しかたないので、私はまず自分が持っているもう一つの記憶――つまり、レイ・ペンフォードとしての記憶を辿ることにした。

 私はこのペンフォード公爵家において、長女、レイとして生まれた。

 レイは甘やかされて育ち、少しばかりわがままで、おてんばな少女に育っていた。

 そんなレイは今年で七つになり、そろそろ家庭教師を迎えようといった年頃だったようだ。

 そんなレイは、今日屋敷に備え付けられていたプールで水遊びをしている最中、足をつって溺れてしまった。

 そして、目が覚めると、私は前世の記憶を取り戻していた、というわけだ。


「……うん、なかなかに厄介だね……」


 私は苦笑いする。

 まさか自分が直前まで読んでいた少女漫画の世界に転生するとは。

 こんなこと、本当にあるものなんだね。

 いやはや驚きだよ。


「…………」


 いや、本当に驚きすぎて正直言葉が出ない。

 だって漫画の世界だよ? 現実に新たな生を受けたのならまだ受け入れやすいけど、ファンタジーな漫画の中だよ?

 これは……なかなかにびっくりだ。うん、それしか言葉が出ない。


「……これから、どうしよう」


 しばらくして、ようやく私はひねり出せた言葉はそれだった。

 私は新たにレイ・ペンフォードとして生を歩む。

 問題は、どうやってその生を歩むかだ。

 私が覚えている限り、レイは『エモーション・ハート』の主人公アレクシアにちょっかいを出し、様々ないじめをするが、最後には破滅する。

 具体的には、アレクシアを慕う友人達にその悪行を公然の面前で暴露され、追い詰められた彼女は禁断の魔法に手を出し廃人になってしまうのだ。

 ……うん、なかなかにハードだね。

 正直、廃人になるのはごめんこうむりたいので、できるだけそのルートは辿らないようにしたい。

 まあ、と言っても簡単なことではある。別に、主人公のアレクシアをいじめなければいいだけの話なのだ。

 私は私で、平穏な生活を送っていれば危機は回避される。ただ、それだけのこと。

 できれば劇中の登場人物になるべく関わらないほうがいいのかな? まあ、できるだけ避けたほうが無難ではあるだろう。

 よし、それで最初の問題はクリアだ。なるべく登場人物に関わらないように、平穏な人生を送る。それだけでいい。

 さて、次はどういった人生を送るかだ。

 私にしてみれば二度目の生だ。と言っても、前の人生は十七年しか生きていなかったわけだけど。

 ……考えるとちょっと悲しくなってきた。前の生のことを考えるのはやめよう。大切なのは、今の人生だ。

 そうだ、せっかく公爵家の娘として生まれ変わったんだ、ここで一つ、私が憧れていた「お姫様」のような人生を送るのはどうだろう?

 清楚に、可憐に、お淑やかに、女の子らしい生活を送る。

 そんな生活。

 ……うん、いい。いいと思う。

 せっかくの新たな人生、楽しまないでどうするんだ。そうだ、そうしよう!

 そう考えると、ちょっと楽しくなってきた。

 新しい人生。新たな門出。私はそれを夢見ながら、ベッドに入った。


「……明日から、頑張ろう」


 私はそう自分を鼓舞し、眠りについた。その眠りの中で、ふと前の生での家族の事がよぎって、ちょっとだけ寂しい気持ちになったが、考えすぎると悲しくなってしまうので、なるべく考えないように深い眠りの中へと落ちることにした……。




   ◇◆◇◆◇




「おはよう」

「……おはようございますお嬢様、今日はお早いですね」

 翌朝、私は朝日と共に起きて、起こしにきたメイドさんに挨拶をする。

 名前はカレンと言ったかな。私の記憶が正しければ、そういう名前だったはずだ。

 カレンは彼女が起こしに来る前に私が起きていたことに最初驚いているようだった。

 まあ、驚くよね。わがまま娘のレイがこんな朝早くから起きているだなんて。

 でも、私は朝早くに目が覚めてしまったのだ。仕方ない。多分、これは前の人生で朝練のために早起きしていた習慣が魂にこびりついていたんだと思う。

 すごいね、習慣って転生しても残るんだ。


「うん、まあ。今日は早くに目が覚めたから」

「そうですか。それでは、お着替えをお手伝いいたしますね」

「うん、お願いします」


 私はそう言ってカレンに着替えなどの朝の準備を手伝ってもらう。

 本当は一人でできると言いたいところなんだけど、これも彼女のお仕事である。その仕事を奪うのはあまりよろしくはないだろうと思ったのだ。

 そうして私は洋服を着せてもらい、髪も梳かしてもらって、朝の準備を終える。


「それではお嬢様、旦那様と奥様が食堂にてお待ちです」

「うん、わかった。ありがとう」


 私はカレンに礼を言うと、一人食堂に向かう。

 そのとき、カレンが目を白黒させていたように思える。

 私の記憶が正しければ、レイはもっと聞き分けのない子だった。だから、違和感があるのだろう。

 本当はレイとして振る舞うのがいいのだろうが、記憶が戻ってしまった以上はそういうわけにもいかない。だって、精神年齢十七歳で七歳の子供みたいに振る舞うのは、ちょっと恥ずかしいじゃないか。

 私がそんなことを考えつつも食堂に入ると、そこには私の父、ペンフォード公爵がいた。その隣は母であるペンフォード公爵夫人がいる。

 私は食堂に入ると、二人に挨拶をした。


「おはようございます、お父様、お母様」

「ああ、おはようレイ。今日もかわいいな」

「レイ、おはよう。今日はずいぶんとおとなしいのですね」


 父と母は行儀よく挨拶した私に笑いかける。

 私はそんな父と母の横に座る。


「それにしてもレイ、大丈夫かい? 昨日は溺れかけたが、後遺症とかはないのかい?」

「もう、あなた、心配が過ぎますよ。確かに溺れたと聞いたときは私も肝を冷やしましたが、それもこの子のおてんばが過ぎたこと。自業自得です。これで少しは大人しくなって欲しいものです」


 心配そうに言う父に、厳しく言う母。一目でパワーバランスが伺い知れた。


「ご心配おかけしました、お父様、お母様。確かに昨日の事故は私の不徳の致すところでした。今後このような事がないよう、これからは心を入れ替えて生活したいと思います」


 私がそう言うと、父と母は目を白黒させて私を見た。

 そして、お互いに見合った後、私に向けて言った。


「……これは驚いた。本当にレイかい? まるで別人のように礼儀正しいじゃないか」

「私も少し驚きました。でも、いい事だと思います。先日の事故で反省して、これからはお淑やかに生きるのなら、それにこしたことはありません」

「はい、努力したいと思います」


 私は座りながら頭を下げた。

 うん、これでいい。

 いままでのレイとは違うだろうが、もう今のレイは私なのだ。私の思うように生きたい。

 父と母は驚きながらも、そんな私を受け入れてくれた。いい父と母だと思う。


「どうか、その姿勢を今日のパーティでもしっかりと発揮してくださいね。今日のパーティは、我が帝国の皇子兄弟も参列する大事なパーティなのですから」


 パーティと聞いて、私は記憶を蘇らせる。

 ああ、そういえば今日はこの国のお城のほうで子供を連れた貴族の集まるパーティが開かれるんだっけか。

 そこに、当然私も参列することになっているのだ。


「はい、尽力いたします」

「いい返事ですね。これなら、不安はなさそうです」


 母は私の答えに安心した様子で言った。どことなく、その様子に父もホッとしているようだった。

 そうしているうちに、私達の元に朝食が運ばれていくる。私達は、それを一緒に食べ、夜のパーティまで共に過ごすのだった。



   ◇◆◇◆◇



 夜。

 私は父と共にオルトロス帝国皇帝の居城へと参じていた。

 もちろん、パーティに出席するためだ。


「いいかレイ、ペンフォード公爵家の娘として、恥ずかしくない振る舞いをするんだ」

「はい、お父様」


 私は父の言葉にそう答える。

 私達が向かったのは、城の大広間にあるパーティ会場だ。

 大広間に入ると、そこには大勢の貴族がひしめいており、みんな談笑しあっている。


「さあ、レイは向こうに。子供達は子供達の集まりがあるそうだよ」

「ええ、わかりました」


 私はお父様に促され、大広間の横にある部屋へと入る。

 そこは大広間ほどではないが広い部屋で、パーティに参加した貴族の子供達が集まっていた。

 このパーティは、貴族達の交流を深めると共に、その子供に社交界というものを学ばせるためのものだ。

 それゆえ、子供は子供で覚えたばかりの社交辞令を並べながら、人間関係を築いていく……らしい。

 私は部屋に入ると、近くにいた貴族の子に挨拶をする。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 すると、その貴族の子は笑顔で返してくれる。

 うん、いい感触だ。私はちゃんと淑女として振る舞えているらしい。

 まあ、相手の子は少し緊張していたみたいだけど。

 そこは、魂の経験の差があるから仕方ないか。

 そんなことを考えつつ、私は適当に並べられた食べ物や飲み物を口にしながら、他の貴族の子と交流を図っていく。

 みんな少し緊張しつつも、男子は私をちゃんとレディとして扱い、女子は同じ女子として扱ってくれた。

 その感覚が、私には新鮮だった。だって、そうやってちゃんと年頃の女の子として扱ってもらえたのは、もうずいぶんと久しぶりなことだったから。

 だから、私は少しばかりの感動を覚えつつも、できるだけ積極的に交流をしていった。

 ここで人間関係を構築していくのも、大事な公爵家の娘としての役割だと、両親から言われていたからだ。

 そうして、私はそれなりにパーティを楽しんでいた。そんなときだった。


「わっ!」


 私のすぐ側で、軽い悲鳴がした。その声のした方向を見ると、なんと、幼い少年が床に突き飛ばされていたのだ。それを、二人組の少年が見下ろしている。

 輝く金髪が印象的な少年で、突き飛ばしたほうの二人組もまた金髪を輝かせていた。


「お前みたいな弱虫、よくこのパーティに出られたなぁ!」

「まったくだよ、お前は我が家の恥なんだから、もっと身分をわきまえろよな!」

「うう……」


 明らかに一方的ないじめである。しかし、誰も助けようとしない。私は不思議に思い近くにいる子に聞いてみることにした。


「あの……あそこで争っている子達って……」

「ん? ああ、あれとは関わらないほうがいいよ。なんせ、うちの帝国の第一皇子と第二皇子、そして第三皇子の兄弟喧嘩なんだから」

「皇子……」

「そう。今いじめられているのが第三皇子。弱虫で有名さ。それが、第一皇子と第二皇子には気に食わないらしい。だから、よくこうしていじめられているってわけさ」

「な、なるほど……」


 第三皇子。私はその人を知っていた。

 その名は、アレックス・キャンベル。『エモーション・ハート』の登場人物であり、主人公アレクシアの前に現れる恋愛対象の一人なのだから。

 心優しい青年で、身分を気にしない性格からすぐにアレクシアと仲良くなる、理想の王子様。

 そんな青年になるはずの少年が、今、私の目の前でいじめられていた。


「このグズ! おら! 何かあったら反論してみろよ!」


 第一皇子と第二皇子が、アレックスをいじめている。年相応ではあるのだろうが、それはあまり見ていたくない光景だった。


「…………」


 だが、関わってはいけない。関われば、作品の登場人物と関係を持つことになる。それに、ここで間に入ることは、か弱い乙女のすることではない。私は乙女になると決めたのだ。

「そうだぞ! お前みたいな奴はなぁ、部屋に引きこもっていればよかったんだよ!」


 だから、私は――


「まったく、お前みたいなのが兄弟で俺達も恥ずかしい――」

「――やめないか」


 私は、三人の間に割って入ってしまった。


「な、なんだよお前!?」

「いくら兄弟だからと言って、やっていいことと悪いことがある。そんなことも、その年で分からないのかい?」

「何ーっ!? 生意気な女め! 名を名乗れ! 僕は第二皇子だぞ!」

「それがどうした。弱い者をいじめるものに、皇族も何もあったものか」


 私はアレックスを背中にし、彼を守るように立つ。そして、今いじめようとしている第一皇子と第二皇子をにらみつける。


「…………」

「……うっ、お、覚えてろよ! どこのアバズレかは知らないけど、お父様に言いつけてやる!」

「そっ、そうだそうだ!」


 私が一歩も譲らない態度を取ったおかげか、二人の皇子はその場を逃げるように去っていった。

 そして、残されたのは私とアレックスだけになった。


「……大丈夫ですか?」


 私は、尻もちをついているアレックスに手を差し伸べる。


「……は、はい」


 アレックスは私の手を掴み、立ち上がる。

 その光景を、周りの貴族の子達は驚いた表情で見ていた。


「ああ、ズボンが汚れていますよ。ほら、いま払います」

「だ、大丈夫です! それより、あなたこそ大丈夫なんですか? ぼ、僕なんかを助けて……」

「ん? ……あー」


 私は苦笑いをする。

 やってしまった……。

 目の前でああいう弱い者いじめを見てしまうと、つい助けたくなってしまう、悪い癖が出てしまった。

 朝起きたときと同じように、魂に染み付いた習慣は治らないらしい。


「ははは……まあ、いいんですよ。それより、あなたが無事でよかったです。それでは、私はこれで」


 そう言って、私は彼に背を向ける。

 これ以上ボロを出さないうちに、一刻も早く立ち去ったほうがいいだろう。そう思ったからだ。


「あっ、あのっ!」


 と、そこで彼が私を呼び止めた。


「せめて、お名前を!」


 そんなアレックスの言葉に、私は、笑顔で振り返り頭を下げて言った。

「名乗るほどの者ではございません。アレックス皇子。いつか、また」


 そう言って、私はその場から去った。

 その後、騒動を聞きつけた父に心配され、帰った後母にこってり絞られたが、まあ些細なことだろう。

 結局、私の王子様気質はこの世界に来ても治らないらしい。

 私は、寝る前に部屋で一人苦笑するのだった。

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