【完結】悪役令嬢は王子様!?

御船アイ

プロローグ

「先輩……好きです! 付き合ってください!」


 とある日の放課後のこと。私はその日、同じ陸上部の後輩の女の子から校舎裏に呼び出された。

 私がやってくるとその後輩は、私の前でもじもじとしながらも思い切ったように手を握り、私にむかってそう言ってきたのだ。


「あー……」


 私は困って頬をかく。

 後輩が自分に好意を寄せていてくれていたことは悪い気持ちはしない。

 しかし、私はその思いを素直に受け取ることはできなかった。なぜなら――


「あの……私、女だよ?」


 そう、私は正真正銘の女性だ。見た目だって少し中性寄りだし陸上をやっているから筋肉質だが、ちゃんと女性らしい見た目をしていると思う。


「はい! 知ってます!」

「あはは……だよね……」


 それは目の前の彼女も当然知っていることだった。一応言ってみただけだ。


「それでも、先輩が好きなんです! どうか付き合ってください!」


 彼女はそんなのおかまいなしと私に熱い気持ちをぶつけてくる。

 どうしよう……下手に断って、彼女の純粋な気持ちを傷つけたくはない。しかし、彼女の思いに応えるわけにもいかない。

 私は一瞬だけ悩む。しかし、私の答えは最初から決まっていた。


「……ごめん、君の気持ちには答えられない」

「……そんな……私が、私が女の子だからいけないんですか? もしかして、先輩はこんな私を気持ち悪いと思いましたか?」


 彼女が目に涙を浮かべながら言う。

 ああ、罪の意識が重い。しかし、ここはしっかりと言わなければいけない。


「いや、そんなことはないよ。私は女性同士の恋愛というものに偏見は持っていないし、当人同士が愛し合っているのならむしろ応援すべきものだと思う。でもね、私はそれ以前に、君を恋愛対象には見れないんだ。君は私にとっては良き後輩であって、その関係を崩したくない。どうか、分かって欲しい」


 私は自分の気持ちを、できるだけ言葉を選んで彼女に伝えた。

 すると、私と彼女との間にしばらくの沈黙が流れた。


「……うう」


 どうやら、彼女は泣いているようだった。

 うっ、泣かせてしまったか……?


「……はい。分かりました。先輩への気持ちは、この胸にしまっておきます……」

「……そうかい」


 良かった……なんとか分かってもらえたみたいだ。

 私は少しほっとしながらも、彼女の顔を見た。彼女は、頬に涙を伝わせていた。


「ほら、涙をお拭き。振っておいてなんだけど、君のような可愛い子に涙は似合わないよ」


 私は指でそっと彼女の涙をすくう。

 やはり心苦しいね、女の子の涙は。


「……はい。すいません先輩無理言っちゃって」


 彼女は私に頑張っても笑って見せてくれた。

 私はそんな彼女の健気さに心を打たれ、彼女の頭を撫でる。


「うん、ありがとう、私のために笑ってくれて。さあ、部活に行こう。先生や先輩達が待っているよ」

「はい!」


 そうして、私は彼女と共に部活に向かった。

 そのとき、彼女が私の手をそっと握ってきたが、私はそれを振り払うことはしなかった。



 こうしたことは、私の人生にとって珍しくなかった。

 私は、昔から困った人を見ると手を貸さずにはいられない性格で、子供のときから色んな人におせっかいを焼いてきた。

 それに加え、私は上も下も男兄弟に囲まれた家だったもので、口調もどうにも男らしい言葉遣いになってしまっていた。

 更に、幼い頃から運動するのが好きだったために、あまり髪を伸ばさずいたものだから、ずっと中性的な見た目で育ってきた。

 そんな要因がいろいろと重なって、いつの間にか私についたあだ名は「王子様」だった。

 まあ別にそのあだ名が嫌になったことはない。

 なんだかんだで人助けがちゃんと実を結んでいる証拠だったから。

 でも、私自身はたまに思うこともあった。

 もっと、女の子らしい生活を送りたい、と。

 そう、私の本当の理想は「王子様」ではなく「お姫様」なのだ。

 物語に出てくるような、可憐で、美しく、王子様に白馬で迎えに来てもらえるような、そんなお姫様。

 それが私の理想だった。

 だが、現実はそう簡単にはいってくれなかった。

 誰かを助けたいという気持ちは抑えられないし、生まれ育った環境で染み付いた言葉遣いは治らないし、運動することを止めたくないので髪も短いまま。

 環境を一変すれば何か変わるだろうと、親に無理を言って進学した女子校ですら、私の「王子様」は揺るぐことはなかった。

 むしろ、女子校という特異な環境において、私の「王子様」は加速していく一方で……。


「はぁ……」


 私は私に告白してきた彼女と分かれた後、一人帰り道を歩きながらため息をつく。

 先程も言ったように、私は別に「王子様」が嫌なわけではない。

 ただ、理想と現実は正反対の位置にある、ただそれだけのことだ。


「どうすれば、もっと女の子らしくなれるかなぁ……」


 私は苦笑いしながら言う。

 そして、私は下げていたカバンからとあるものを取り出した。漫画だ。


「せめて、この少女漫画に出てくるヒロインみたいになれたらいいんだけど……」


 私がそう言って広げたのは、少女漫画『エモーション・ハート』だ。


『エモーション・ハート』は今学校で流行っている漫画で、ファンタジーの世界で純朴な町娘アレクシア・ハートフィールドがその才覚を認められ、彼女の住む国、オルトロス帝国の中でもエリートが集まる聖ユメリア学園を舞台に、様々な冒険をしながら美男達と恋に落ちていく漫画だ。

 もう結構な巻数が出ており、私はそれを友人から貸してもらったのだ。

 まだ読んでいる途中だが、これがとても面白く、胸ときめかせてくれる内容で、私はすっかりハマってしまった。

 特に、主人公アレクシアと様々な美男達との恋愛は、夜ベッドの上で転がりながら読んだほどだ。

 彼女の姿は、私のこうなりたい、というヒロインの姿そのものであり、漫画の中の登場人物なのに憧れを持たされるほどだった。

 可憐で、清楚で、乙女で。

 読めば読むほど、私はその世界に惹かれていっていた。


「本当に、可愛いなぁこの子は。周りの悪意にもめげないで立ち向かうところとか、憧れちゃうよ」


 主人公のアレクシアは、色恋だけでなく様々な困難とも戦う。

 私が読んでいる範疇で一番記憶に残っているのは、やはり悪役令嬢のレイ・ペンフォードの嫌がらせだろう。

 彼女は貴族の生まれで、平民出身のアレクシアを憎んでいる。それで、色んな嫌がらせをアレクシアにしかけるのだ。

 まあ、最後には破滅的な末路を辿ってしまうのだが。


「私はむしろそういういじめっ子を成敗する事ばっかりだったからなぁ……。たまには、誰かに助けてもらいたい、なんてね」


 私はそんなことを言いながらも、漫画をカバンにしまう。さすがに帰り道のど真ん中で漫画を熟読するわけにはいかないからだ。

 いつか、私もあんなヒロインに……。

 そんなことを思いつつも、私は帰路につく。

 そんなときだった。


「……けて……」

「……ん?」

「……助けてぇ!」


 どこからともなく、助けを求める声がした。

 私は慌てて周囲を見る。すると、すぐ側に流れている川に、なんと小さな少女が溺れかけていたのだ。


「っ!!」


 私はそれを見るや否や、カバンを放り投げ、川へと飛び込んだ。

 川は昨日降った雨によって増水しており、流れは激しい。これでは小さな子はすぐに溺れてしまうだろう。

 私はなんとか濁流をかき分け、少女の元へとたどり着く。


「大丈夫かい!? ほら! 私に掴まって!」


 私は少女を抱きかかえると、必死に川岸へと泳ぐ。

 だが、濁流は激しくなかなか前に進めない。

 このままでは私の体力も危ない。だが、どうにかしてこの子は陸に届けなければ。

 そう思い、私は必死に泳ぐ。

 そして、ついに川岸にたどり着き、なんとか少女をまず陸に上げた。


「よかっ……た……!」


 だが、そのとき安心したのがまずかった。

 そこで私の緊張の糸は切れ、私の体は濁流へと流されていった。


「し、しまっ――」


 私の口に水が流れ込んでくる。肺を、水が満たしていく。

 私の体はどんどんと川の中に沈んでいき、そしてついには、暗い水の底へと沈んでいった。

 ――ああ、私、死ぬのかな……。

 薄れゆく意識の中、私が見たのは、濁った水中の、先も見えない闇だけだった……。




   ◇◆◇◆◇




 次に私の視界に入ってきた光景は、光だった。

 おぼろげな視界に、うっすらと太陽の光らしきものが差し込んでくる。

 私ははっきりと視界を見ようと、目を大きく開こうとする。

 そのとき――


「……ぷはぁっ!」


 と、私は大きく呼吸をした。

 まるでずっと息ができなかった、酸素を吸い込むように。

 ――私は、助かったのか……?

 私はゆっくりと思い出す。

 そうだ、私は、確か川で溺れている子供を助けて、それで……。


「お嬢様!? 目が覚めましたか!? お嬢様!」


 誰かの声が聞こえる。

 その声の主は、私を上から覗き込んでいた。どうやら私は仰向けになっているらしい。

 しかし、お嬢様とは、一体……。


「う……あ……」

「ああ、目が覚めましたかお嬢様! 誰か! 来てください! レイお嬢様が目を覚ましました!」


 レイ……お嬢様……?

 聞き慣れない名に、私は頭に疑問符を浮かべる。

 すると、どたどたと多くの足音がしてきたかと思うと、私は抱え上げられ、運ばれていく。

 私が運ばれた先は、どうやら大きな屋敷のようだった。そして、私が先程までいたのはどうやら屋外にあるプールのようであった。

 私は大勢の大人がいる部屋に運ばれる。すると、その部屋の中央にいた太った男が、私を見るやいなや血相を変えて近寄ってきて、私を抱き上げた。


「おお、レイ! よかった! プールで溺れて意識を失ったと聞いたときは、この世が終わるような思いだったぞ……!」


 私はその男に抱き上げられながらも、周囲を見回す。

 私の周りには、その男の他にも、燕尾服を着た男や、メイド服を着た女性が立っていた。

 そして、私のすぐ近くには、大きな鏡も――


「――っ!?」


 私はその鏡を見て驚く。その鏡に写っていたのは、まだ齢一桁ほどの、銀髪が美しい少女の姿だったのだ。

 そこで、私は思い出す。

 私の名は、レイ・ペンフォード。

 漫画『エモーション・ハート』の登場人物にして、ヒロインのライバルであり、最後には破滅的な末路をたどる、悪役令嬢。

 そう、私は、少女漫画の世界に転生してしまったらしかった。

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