08 渚の答え
水飲み場の近くのベンチに、豪篤と渚が飲み物を片手に並んで腰かけている。
豪篤は渚にフラれてから今に至る経緯を話した。
内面はともかく、表面上は平静を装って聴いていた渚。すべてをひと通り飲み込んで、簡潔な答えを出した。
「つまり……豪篤イコール優美ってこと?」
「その通りだ」
豪篤は硬い表情でうなずき、即答する。
「そっかぁ……そうだったんだ……」
ぽつりと言い、口元をヒクつかせる渚。
(さあ、何を言われるか)
――正直、罵倒されても仕方なさそうでもあるわね。
(罵倒で済めばいいけどな)
すると、突如として渚は高笑いをし始める。当然、豪篤は表情だけではなく、恐怖で体を硬くした。
やがて高笑いが治まると、渚は能面のような顔を豪篤に向けた。
「そんなにあたしと付き合いたいの?」
感情のこもっていない、機械的なひと言。
「あたりまえだろ! でなきゃ、こんなことしねえよ!」
怒ったような口調で吐き捨てるように言う。しかし、すぐに下を向いてしまった。
「そりゃ、俺はあの演劇みたいにモノを取る勇気もなければ、女として生きていくことなんてできないし、そんな根性はない……」
顔を一気に上げて、真正面から渚を見据えた。
「だけど、俺はおまえとしか付き合えないと思ってるし、ほかの女と付き合ってる姿が想像できないんだ!」
熱い血が全身を巡りに巡る。感情を最大限に込めて、絶叫した。
「俺にはおまえしかいないんだッ!」
豪篤から2度目の告白を受けた渚。能面のような表情がくずれ、やわらかな笑みが顔中に浸透していく。
「……私もそうね。男だったらアンタとしか付き合えないし、ほかの男と付き合えないそうにない。女装して働いて女を体験する彼氏なんて、この先できそうもないし。アンタが私をそこまで本気になって好きになってくれるなんて、本当にうれしいことだと思う。でも困ったことがあるわ」
渚は悩ましげに唇をかんだ。
「え?」
嫌な予感で豪篤は、心臓の辺りがズキッと痛みが走った。
「優美のことはどうしようもなく好き。だけど、アンタのことはまだそこまでいかないんだ」
言葉が理解できない豪篤は、当惑している。
「だから、何様と思われても仕方ないんだけど、付き合って私に愛したいと思わせて! 私は私なりに努力するから!」
「……わかった。スタートラインに立たせてもらっただけでも、上等だからな」
胸を撫で下ろした豪篤は、安堵の笑みで答えた。
「でもなあ、なーんか複雑な心境だな。半分オッケーで半分フラれてる感じか」
「仕方ないでしょ。まさか、こんな手でくるとは思わなかったんだから」
「1ヶ月前の俺が見聞きしたら、さぞや驚くだろうな」
「間違いないわね。ついでにあたしも」
ふたりは顔を見合わせて笑う。
「……でも、アンタはそれでいいの? てっきり男らしく『俺のことだけを見てくれ!』って言うかと思ったのに」
豪篤は表情を引き締めた。
「せっかく、付き合いたいと思った奴に、そんな器のちっちぇこと言ってられっかよ。優美のこと、愛するほど好きなんだろ? その仲を引き裂くことなんて俺にはできない」
豪篤の言葉が渚の胸に突き刺さる。うれしさと戸惑いが心中に渦巻いていた。
「あ、ありがとう……」
「何、顔を真っ赤にして照れてんだよ! こっちまで恥ずかしくなってきたわ!」
「アンタがかっこつけたこと言うからでしょ!」
互いに腕組みして背中合わせになるふたり。
雲間から沈みかけの夕陽が、最後の力を振り絞るように、地上を照らす。風がそよとも吹かず、少しの間だが自然の暖かさを感じられた。
しばらくして、どちらともなくふたりは再び向き合う。互いに曇りのない穏やかな顔をしていた。
「これからよろしくな」
「うん。アンタと付き合うことで、アンタを愛せるようになって、男性恐怖症を克服してみせる。自分の弱さと正面から向き合いたいし、いつまでも逃げてらんない。だから――こちらこそよろしくお願いします」
ふたりはがっちりと握手をし、それから抱擁を交わし合ったのだった。
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