04 不思議な少女

4




 優美と渚が雑居ビルの中に入り、階段をそろって上がっていく。


「どんな演劇なのか気になるわね」

「タイトルが『俺(私)のことを愛してくれないか(くれませんか)?』だから、ちょっと想像つかないよね」

「無難な予想だけど、男と女の視点を交互に見て、相手の想いを理解する作品だと思うわ」

「まあ、あたしは優美と観るなら、なんでもいいけどね!」


 優美の腕が一層強く締め付けられる。

 優美が困ったふうに笑っているうちに、階段を上がりきって目的の階に到着した

 上がってすぐさま、ふたりの目が釘付けになった。視線の先には上下が赤ジャージで、首から長方形の箱を提げた人物が、ドアの前に立っていたのだ。

 金髪のボブカットで、無表情に視線を正面の窓に突き刺している。


「え? どうする?」

「あの娘(こ)に訊いてみる?」


 ふたりが当惑し、ひそひそ声で話す。

 と、赤ジャージが歩み寄ってくる。身長は渚より低く、緑色の大きな目でふたりを見上げていた。


「お客? お客、券、この箱、に、入れる。オッケー?」


 片言の日本語である。「オッケー?」だけはやけにイントネーションがよかったから、欧米人らしい。

 ふたりは不思議な気持ちを抱きながら、箱の上部に入れられた切れ目に券を投入していった。


「ありがと、ありがと。こっち、ご案内、ついて、来て」


 踵を返し、今さっきまで立っていたドアに早歩きで進む。ふたりも遅れまいと、早歩きで追う。 

 赤ジャージは、ドアを開くと無言のまま片手を部屋に向かって広げる。どうやら部屋に入っていいぞと言いたいらしい。

 ふたりは思わず躊躇したが、意を決して入った。

 中は映画館のように薄暗く、歩きづらかった。少し部屋の中を進むと、左手にまた部屋がある。そのドアは開け放たれていて、照明がこちらに漏れていた。

 不気味な空間だった。

 ふたりがそれでも半意識的に一歩踏み出す。ドアから離れたと見ると、


「そこの、部屋に、入って、待って、いて、ください」


 片言かつ食い気味に言って、赤ジャージが部屋から出て行った。しかもご丁寧にドアをきっちり閉めてしまう。


「おばけ屋敷?」


 渚が声をひそめて辺りをうかがう。


「そう思いたくなるほど暗いわね。とりあえず、入るわよ」


 優美も声の音量を極力落として促す。

 光のある部屋に入ると、漏れていた光の正体がわかった。それは、ステージを高い位置で吊り下げられて照らしている裸電球だった。

 部屋を見渡すとこの部屋は、照明が映えるように部屋全体を黒い布で覆っている。

 ステージは低いし、最前列の客が手を伸ばせば届くぐらいの近さである。

 客席は丸座布団が敷かれ、隣同士の間隔が極端に狭い。一度の公演で最大で15人ほど入れば満員になるだろうと予想された。

 ステージの両脇はほかの部屋とつながっているらしい。足音を立てずに行き来している人物がチラホラいた。

 客層は若く、カップル客も何組かいる。

 上演前だというのに、客と劇団員は私語を交わす者はいなかった。みんなが真剣なまなざしでステージを見つめている。

 あまりにも異様な一体感に、ふたりは思わず息を呑む。物音を立てないよう慎重に移動して空席に座る。そして、話すことも携帯を開くこともできない空気だったので、大人しくステージを見つめることにした。

 時計がなく、おそらく何分か経ったとき、ステージを照らす照明が全部一斉に消えた。


「まもなく、始まります」


 すぐさまマイク越しで淡々とした声が、部屋の右上の隅のスピーカーから流れる。静寂に慣れた客たちの敏感な耳朶を打ちつけた。

 ステージ上に人の気配を感じたかと思うと、消えたばっかりの照明が一斉に点いた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る