09 それぞれの再会

 6



 帰宅して夕食後。

 豪篤はリビングのソファに座り、少し表情に緊張の色をにじませながら、ある人物の登場を待っていた。


――なんでバカ兄貴となんかと話すのよっ。

(べつにいいじゃねえか。おまえが話すんじゃなくて、俺が話すんだから)

 ――そんなの同じだわ!

(嫌なら、目を閉じて耳をふさいでいればいいだろ。ったく……人が心配してたのに、飯を食い終わったとたん元気になりやがって)

 ――ふんっ。寝ればこんなものよ!

(ま、元気になってくれてよかったよ)

 ――あたりまえじゃない! いつまでもヘコんでられないわ。

(お、ドアの閉まる音がしたな。そろそろ来るぞ)


 豪はドアを軽く蹴飛ばして登場する。


「おう、愚弟よ。よくも前に投げ飛ばしてくれたな!」

「また投げ飛ばせばいいの?」


 しばらく距離をとって豪は豪篤をにらんでいたが、フッと相好が崩れ、


「違う。たくましくなってくれて、うれしいってことだ」


 ふたりは熱い抱擁を交わす。


「お、筋肉ついてるじゃねーか。上腕と背筋がいい感じだ。このまま増量していけば90点だな。……ってどうした? 黙りこんで」

「……さすがにサラシを巻いたんだね」


 耳まで真っ赤にして、豪は豪篤を突き飛ばす。


「バ、バカ野郎! 俺だってこうなりたくなかったんだ! 本体に言えよ本体に!」


 豪は胸の前で腕を交差させる。


「アハハハ、ごめんごめん。でもね、その腕を交差させるやつは女っぽく見えるから、やめないと」

「チッ、クソッタレが!」


 胸の前の交差を解除しながら、豪は豪篤にズカズカと歩み寄る。


「そうそう、お宅の妹さん、告白しちゃいましたよ」

――バカ! 何言ってんのよ!

「ッ!?」


 豪篤の何気ない口調に、一瞬豪の動きが止まる。だが、すぐに頭に血が上り、豪篤の胸ぐらを締め上げる。


「ど、どこの馬の骨にしやがったんだ!」


 泳ぎ回っている豪の目を見ず、眉間の辺りを見つめ、豪篤は口を開く。


「俺はよく言ったなと思う。なんのひねりもない直球も直球、豪直球。不器用で、正面から言うことしかできなかったし、フラれた。けど、俺はうれしかった。優美が、好きな人の前でちゃんと『好き』って言える奴で安心した」

「……」

「言ってやりなよ。ほら、昔言ってたじゃん。『勇気を持て! 声に出せ! 気持ちで相手をぶん殴れ!』って」

「……よく憶えてんな」

「優美のことを褒めてあげてもいいんじゃない? 俺たちが思うほど、優美はもう子どもじゃないよ」

「そう、だな……けどよ」


 豪は豪篤の胸ぐらから手を離す。


「長いこと会ってねえわけだし……会いたかねぇだろうな。こんなクソ兄貴に」

「そこまで言ってないじゃん」

「いや、そう思ってるに違いねぇ。俺はあいつにいいことなんてしてやった憶えがねぇし」

「このままじゃダメか……よし!」

「なんかいい案でもあるのか?」

「お互い着替えてこよう」




 * * *




 ひと足先に身支度を終えた優美が、ソファに座って待っている。

 落ち着かないのか無意識に右足の裏を、左足のつま先にしきりにこすりつけていた。


(姉さんとまともに話すの久しぶりで、緊張する……)

 ――何もとって食われるわけじゃねぇんだから。

(そうだけど……あっ、姉さんに説得されても、バカ兄貴とは会わないし、会話なんかしないわよっ!)

 ――この強情っぱりめ。

(なんですって!)


 優美が歯を食いしばってうなっていると、彩乃がリビングにやってきた。


「どーしたのゆっちゃん。豪篤とケンカ?」

「……っ。あの、その……」


 緊張がピークに達して、ちゃんとした言葉がのどに詰まって出てこない。


「告白したんだって? がんばったじゃん」


 優美の隣に座り、目じりを下げて頭を撫でてあげる。


「あ、ありがとう……」


 優美は近くにあったクッションを抱く。火が出そうな顔を向けられず、わずかに目を動かしただけだった。


「あーもーかわいいなー。メイドのときのキャラ設定はどこにいったのってぐらいに」

「あれは……」


 言葉を濁していると、彩乃は優美のクッションを奪うようにして取り、ひしと抱きしめた。


「大丈夫だよ。全部ひっくるめて、ゆっちゃんはゆっちゃんなんだから」


 耳元で優しく語りかける彩乃に、優美の胸が急速に締めつけられる。感極まって目頭が熱くなったと思うと、半分無意識のうちに浮かんできた涙で視界がゆがんだ。


「あれは、ゆっちゃんがなりたいゆっちゃんなんだよね」


 優美は言葉の代わりに、彩乃の後頭部を手で優しく撫でつける。


「気持ちはわかる。私も前はそうだったからね。なりたいものになるのがどんなに大変なことか。怒って泣いて笑って……絶望することもある。だれかに言えないし、相談できない悩みも増える。でも、なりたいものになれたら、全部吹っ飛んじゃうぐらいうれしいよね」


 一度言葉を区切って、彩乃は泣き続ける優美の背中をさすりながら続ける。


「ゆっちゃんとは直接話せてなかったけど、豪篤と会話してて楽しそうだなって思った。だから、行きたくなって行ったんだ。そしたら、かわいい娘がわんさか――もとい、コスプレしてたころの熱が体中を包み込んだってわけね。で、家に帰ってあんな感じだったと」

「姉さんは……コスプレーヤーに戻るつもりはないの?」


 優美は鼻水をすすりあげ、クシャクシャになった顔をティッシュで拭きながら訊く。


「戻らないけど――やってよかったと胸を張って言えるよ。それは今も同じ。だからね」


 彩乃は優美の目をしっかり見る。


「豪とはもう会わないと思って、1回話してみなさい」

「……」

「まずはやってみる。気持ちをぶちまけてみなよ。殴ったっていい。抵抗するなって私から言っとくから」

「……うん」


 ここまで言われては、不服そうな表情ながらも優美は、首を縦に振らざるをえなかった。


「聞こえないよ?」

「はい、わかりました!」

「よしよし、いい子いい子」


 彩乃は子どものように頭を撫で回す。優美は無言で甘んじて受け容れている。


「……にしても、ぺったんこだよね」

「豪篤のバカに言ってよ!」

「あははははー、ごめんごめん」

「もうっ」




 * * *

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