08 もうひとつの告白

 

 土手の階段のひとつ下がった所に座って修助は、赤々とした太陽と幾重にも色が混じり合った空を眺めている。

 そこへ女装を解いた私服姿の豪篤が現れた。片手には紙袋。もう片方の手にはコンビニ袋。背中には少し大きめのリュックが背負われている。


「すまんな、待たせちまって。ロッカーが遠くてな。これ、待ってくれた礼だ」


 修助にコンビニ袋を手渡す。中身は缶のホットココアと肉まんがふたつずつ入っていた。


「ありがとう。ちょうど少しお腹がすいてたんだ」


 修助はひとつずつ取り出しながら、体を横にずらす。空いたスペースに豪篤が腰をおろすと、コンビニ袋を返した。


「今日は世話になった。ありがとう」


 修助のほうに体の正面を向けて、深く頭を下げる。


「そして、迷惑もかけてしまった。すまなかった」


 再び深く頭を下げる。修助は首を横に振り、にっこりと笑う。


「迷惑だなんてとんでもない。楽しくすごさせてもらったよ」

「そ、そうか? まさかあいつ、おまえに告白するとは思わなくてさ。黙って見てたからそれを止めようとしたんだけど、なぜかダメだったんだ」

「『締め出し』だね」

「『締め出し』?」

「人格の自我が強いとそういうことが起きるんだよ。悪い言い方をすれば乗っ取りだね。まあでも、最悪なところまではいかないと思うから安心して」

「犯罪行為はしないってことか」

「あと、殺人や傷害とかね。泥棒や犯罪者の人格とかだったら別だけど。でも、優美ちゃんはそんなことをする娘(こ)じゃないし、大丈夫だよ」

「そりゃそうだ。あいつは俺に対してはつんけんしてるが、みんなの前では愛想はいいし、根っからの善人なんだ。そんな奴が、犯罪なんかするわけがねえ!」


 最後は我知らず語気が荒くなり、持っていたスチール缶を片手でつぶしてしまう豪篤。


「あ、すまん」

「心の底から人格――優美ちゃんを信じきれてる証拠だよ。短い時間の中でそこまでいけるなんて、うらやましいよ」

「いや、俺なんかまだまだだ。……そういや、人格同士って恋をすんの?」

「するよ。優美ちゃんみたいに、人格と当人もあれば、人格と人格も普通にありえる話だね」

「ほー。それじゃ最初のころに、おまえを見てドキッとしたのも、郷子さんになでられてドキッとしたのも……ついでに、大山の字にドキッとしたのも」

「きっと、顕在化してなかった優美ちゃんだろうね」


 豪篤は拳で手のひらを軽くたたいた。


「なるほどな。おかしいと思ったんだよ。優美が中にいるとき、ことあるごとにおまえにドキドキさせられてたんだ。それは優美がおまえのことを強く意識していたんだな。これで謎が解けたよ。ありがとう」

「どういたしまして。大変だったんだね……。まさか、優美ちゃんの好きが移っちゃったりとかしてないよね?」

「それはないから安心してくれ。俺は一緒に働く仲間として、友達としても大好きだ。でもな、俺たちは男同士だ。否定するつもりはないが、おまえやほかの男に恋愛感情を持てないわ」

「ハハハハ、なんか僕もフラれたことになってない?」

「言い方がへたくそで悪かったな」


 ふたりが顔を見合わせて笑う。


「うんまあ、それが普通だよ。多分。僕も言われても困るしね。そうだ、好きと言えば……好きなの? 渚ちゃんのこと」

「俺にはあいつしかいないと思ってる」


 豪篤は真剣な顔をして言い切る。


「ま、下心はあると思われても仕方ないわな。でも、あいつをまともに戻すことが先決だと思ってる。話はそれからだ」

「うんうん、順を追っていかないとね」

「でもさ、複雑っちゃ複雑なんだよな」

「どうして?」

「俺がフラれた場所がここでさ、俺とさっきの優美を合わせると2連敗になるわけだ」

「ああ……でもほら、3度目の正直って言うしさ! ……僕が言うのもなんだけど」

「まあまあ、気にすんなよ。そうだよな、3度目の正直……よーし!」


 いきなり立ち上がると、豪篤は沈みゆく夕日に向かって全身の力を振り絞り、腹とのどに力を入れた。


「俺は明日やるぞ―――ッ!」


 叫び終わるや、ドカッと座る。


「青春だねぇ」


 からかいではなく、ねぎらうような口調の修助。


「なあ、修助」


 強い眼差しで虚空をにらんでいる豪篤は、大きく息を吐くと、再び腹に力を入れた。


「俺、告白が成功しようがしまいが、店を辞めようって思ってたんだ」


 修助は目を丸くした。突然すぎる告白である。


「え?」

「いや、正確には迷ってる。働かせてもらったり、修助やみんなの存在、何より優美の存在を知ってからは、考え方が変わってきた」


 二の句が継げない修助は、目を白黒させるばかりだ。


「優美が楽しそうに仕事をしているのを、心の中から観察してると、自分のことのようにうれしいんだ。心の奥底でずーっと、ひとりぼっちでさびしい思いをしてたんだなって思うと、辞めるに辞められなくなった」

「……」

「またひとりぼっちはかわいそうだ。それに、仕事仲間と友達を同時に失うことにもなるからな」

「……僕がこう言うのも生意気だけど、豪ちゃんは本当に成長したね」


 感心しきりの様子の修助の反応に、豪篤は頬を掻く。


「俺なんてまだまださ。つーか、答えが出ちまったな」

「そうだね。けどね、それでいいと思う。優美ちゃんも喜ぶよ」


 残照に呼応するように、電灯に明かりが点き始めた。


「帰るか」


 豪篤が促すと、修助は尻を払って立ち上がった。


「そうだね」


 ふたりは並んで歩き出す。

 自分の今の気持ちを素直に言い切った豪篤と、ひとりから2種類の告白を受け取った修助。

 今日はこれ以降、ふたりは言葉を交わすことはなかった。

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