07 カラオケデートのその後に

5




 喫茶店を出たふたりが、次に向かったのはカラオケだった。

 修助が近くにあったからという安易な理由で選んだのだ。

 通された部屋は薄暗く、ふたりにしては少し広めだった。

 モニターの明かりがひと際煌々(こうこう)と光っている部屋に、照明が点けられる。ついでにエアコンのスイッチも入れた。

 それぞれ上着やマフラーなどをハンガーにかけて、とりあえずはドリンクを注文した。


「レディファーストということで、優美ちゃんからどうぞ」

「そ、そう? それじゃ、お言葉に甘えて」


 にぎやかな前奏がスピーカーから流れてきた。


「おっ、大音(おおね)芽衣(めい)の新曲『型破りな女』じゃん。原曲キーで歌えるの?」

「余裕よ。まあ、聴いてなさい」


 自信満々な表情で優美はマイクを持つと、大きく息を吸ってモニターの字幕を見る。

 高音で伸びやかな歌声が室内に響く。自分の音階で歌うのではなく、もともとの歌手にできるだけ似せて歌うらしい。

 普段の声とはまた違った声に、修助は素直に驚かされた。

 音程もほぼ完璧で、無事に歌いきる。マイクを置くと、見計らったように店員がさっと飲み物を置いて去っていった。


「いやあ、上手だったよ。声量たっぷりでのどが開かれてる感じがしたし」


 優美は早速、ストローでりんごジュースを吸い上げていた。


「初めて修(しゅう)の前で歌ったから、緊張してあまり出なかったんだけどね」

「いやいや、そんなことないよ。声も美人なんてうらやましいなぁ」

「えっ?」


 顔が熱くなってくるのを感じて、顔をそむけて両手を頬に当てる。ちょうどそのとき、ゆったりとした前奏が流れ始めた。

 修助はあまり声を変えず、地声をそのまま活かすという歌い方である。歌にもよるが感情をうまく乗せていて、しかも声はほどほどにしか張らないため、心地よく聴いていられた。


「はい、終わり」


 修助は少しだけサイダーを口に含む。


「丁寧な歌い方で聴き惚れそうだったわ」

「ハハ、僕はヘタな部類だよ」

「彼女がいないのが不思議なぐらい」

「褒めても何も出ないよ」


 修助は軽く受け流すように言ったとき、ドラムが激しく乱打される前奏が聴こえてきた。


「ほー、男性ロックバンドの曲だね。低い声も出るの?」

「あたりまえよ!」


 さすがに男の声とまではいかない。それでも優美は、低く安定した声で格好よく熱唱した。


「ふうー」

「よーし、僕も」

「声変えて歌うの?」

「どうなるかわからないけど、男だったらこの歌を歌わないと」


 力強く勇壮な調とともに、モニターには極太な文字が効果音つきで浮かんだ。


「こ、これは……あの伝説の熱血ゲーム『滾る力をぶちかませ!』のオープニングテーマ曲よね?」

「そうだよ。ちょっと、立って歌うね」


 修助は立ち上がって両手でマイクを持つ。大きく息を吸い込むと、マイクに歌声をぶつけ始めた。

 男臭い地を這うような低音は出ない。しかし、抑えを取っ払った声は凛々しさがあり、力強く室内に響き渡る。

 優美がびっくりした振りをして、修助の横顔を一瞥する。表情がキリッとしていて、普段とは違った男らしさに満ち溢れていた。

 体が跳ね上がりそうなほど、心臓がひと際大きく高鳴った。顔が上気して熱くなる。なぜか息が詰まる。気を抜けば暴走しかねないほど、気持ちの高ぶりが抑えきれるのか不安になってきたのだった。



 

 歌い終わったふたりは、本番のデートコースのひとつである土手を歩いていた。


「あー、あー、あー。やっぱり、ちょっとのどが変かな?」


 優美は咳払いをしてのどの調子を整えようとする。


「少しガラついてるけど、気にするほどでもないよ。でもまあ、ふたりで20曲以上歌ったからね。歌いすぎたかも」

「修はよく平気ね。同じぐらい歌ったのに」

「普段から劇団で発声してるからね。しかも2、3時間ほぼぶっ続けで」

「鍛え方が違うってわけね」

「そういうこと」


 ふたりは笑い合う。


「ねえ、修」

「ん? どうしたの?」

「手……つないでもいい? ああほら、あくまでも練習の一環として――」

「いいよ」


 優美が照れ隠しで早口になったところを、修助はやわらかな笑みを見せつつ、それを断つように言い切る。手をつなぐふたり。しかし、少し経って修助が、


「優美ちゃん」

「は、はいっ?」

「手が痛いです」


 手に無意識に力が込められていたらしく、修助は微笑みの中に苦痛も滲ませていた。


「あ、ごめん!」


 優美は手を離す。それからその手を両手で挟みこんで、痛みが取れるようにさする。


「ごめん! 本っ当にごめんね!」


 修助は優しく諭すように言った。


「気にしないで。何もなかったんだし」

「大きい手だよね。けど、すべすべしてて、よく手入れされてるなって思うよ」

「あ、ありがとう」


 優美は口数少なく顔をわずかにそむける。顔が寒風に晒され続けているのに熱い。ひたすら熱い。今にも感情の導火線に火が点いて爆発しそうだ。


「まだ16時かー。12月だとあっという間に日が暮れたのに、長くなったよね」

「うん」

「晩ごはんどうしよっかなー。ひとり暮らしだと、メニューを考えるのだけでも面倒くさくってさ」

「うん……」

「ついつい、カップ麺とかインスタントものに頼ってしまうんだよね」

「……」

「……どうかした?」


 修助が正面に回りこんで、背伸びして優美の表情をうかがった。

 優美の瞳の中に修助が映りこむ。その瞬間、感情がどうしても抑えきれなくなった。


「修のことが好き!」


 優美は半ば無意識に声を震わせながら、それでいて大声での告白。修助の体を強引に抱き寄せる。


「これだけ言わないと気がすまなかったの。付き合える、付き合えないじゃなくて、私の一方的な好意を聴いてほしかった。このままじゃ、私が私でいられなくなってしまうみたいで……。身勝手な女でごめんね」

「……そっか」


 修助は告白を受け止めるように、優美の背中へと両手を回し、優しくさすった。


「身勝手でもなんでもないよ。そんな娘(こ)に好かれて、僕はうれしいよ」

「っ! ……ありがとう。だから私、たとえ擬似でもこのデートがうれしくて、うれしくて……!」


 嗚咽混じりに言う優美の両目には、無数の涙が浮かんではぽろぽろと落ちていく。


「よしよし」


 修助は腕を伸ばして後頭部をなでる。優美の嗚咽は止まらず、言葉がうまく出てこないのか、ひたすら泣いているだけである。


「優美ちゃんはホント、かわいいなぁ」




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