06 優美の乙女心

 修助のふわりとした笑顔が広がる。豪篤は何かに憑りつかれたかのごとく、見入ってしまった。


 ――ちょっと、早く目をそらしなさい!

(は!?)


 不自然さが残らないよう、一度微笑み返してからどんぶりを持つと、一気に天丼の残りを口に掻き込んだ。


(あぶねえ、あぶねえ。俺まで修にぞっこんになるところだったぜ)

 ――べつに、お礼なんか言わなくていいわよ! その代わり、抹茶パフェを食べたいわ。

(わかったよ。ありがとうな)

 ――ふんっ!


 豪篤は空になったどんぶりを置くと、ウェイトレスを呼んだ。


「すいません、抹茶パフェを追加で」

「ああでも、デートコースはどうしようか」


 修助は肝心なことに気づく。


「美喜ちゃん、本物の女の子としてはどこに行きたい?」

「そうですねぇ……スタンダードに喫茶店なんかいいかもしれません」

「あれ、犬のデートの話は?」


 抹茶パフェに夢中だった豪篤の間の抜けた声である。察しが悪い奴だなと言わんばかりに、浩介が舌打ちをした。


「バカ、それはもういいんだよ」

「おおー、いいねーいいねー」


 茂勝が、フライドポテトをつまみながら賛成する。浩介は豪篤が食べている抹茶パフェを一瞥した。


「抹茶パフェがうまい店を知ってるぞ。そこに行ってくればいい」

「え? いや、俺はとくに好きでもなんでもないんですが……抹茶って苦いし」

「バーカ、なんでおまえが食うんだよ」

「あ、なるほど」

「ったく」

「とりあえず、喫茶店と。さすがに同じ店はまずいから、あとで本番デート用に、もう一軒教えてね、浩さん」

「ああ」

「さて美喜さん、次はどこに行きたい?」

「んー、正直どこでもいいんですけど……映画とかはどうです?」

「いやー、ここは修ちゃんの劇団でしょ!」


 茂勝の何気ないひと言に、豪篤が乗っかる。


「お、いいですね。どんな劇をやってるか気になってたんだ」

「気にしてくれてるのはうれしいんだけど、今は今度やるやつの稽古が真っ盛りでね。ちょうどやってないんだよね」

「そうか。それは残念だ」

「でも、知り合いの劇団が今公演中なんだよ。いらないのにチケットを押し付けられちゃったし、本番の渚さんとのデートのときに、行ってくればいいよ」

「擬似デートのときは行かないのか?」

「渚さんといっしょに観たほうがいい内容なんだよ」

「ほうほう。じゃ、そこは当日適当に決めることにするか」

「わかった。さてと、最後に行く所はどうしよう。美喜さんならどこに行きたい?」

「豪篤くんがフラれたという土手なんかどうです? 渚だって何か感じ取ってくれると思いますし」

「ああ、いいですね。ということで豪(たけ)ちゃん」


 修助の手が伸びてきて豪篤の肩に置かれる。


「わかったよわかった。擬似でも本番でも行けばいいんだろ!」


 本人の中で強いトラウマとして残っているのだろう。豪篤は半ばヤケ気味に反応するのだった。

 



 時間は現在に戻る。


「お待たせしましたー、抹茶パフェです」


 ウェイトレスが抹茶パフェを修助、優美の順に置いていく。

 修助は微笑んで頭を下げた。


「ありがとうございますー」


 優美は何も言わず頭をぺこりと下げた。ウェイトレスが営業スマイルをくずさず去っていく。


「たまには普通の喫茶店もいいもんだね」

「……」

 ――おいおい、反応してやれよ。

(うっさい)

「さ、食べよう? アイス溶けちゃうよ」

 ――いつまでも恥ずかしがってんじゃねえよ。中学生かっつーの。

「うっさい! ……あっ」


 優美がハッとして顔を上げる。困ったように笑みを広げている修助がそこにはいた。


「……さっきはごめんね。ああするしか方法がないと思ったから」


 気恥ずかしくなって目をそらす。体をもじもじさせながら、首をふるふると振る。


「修は謝らなくていいのよ。私も大人気ないこと言ってしまって……ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。それより食べようよ。豪ちゃんも僕が付いてるから、心配しないで」

 ――すまんな。頼む。


 修助には伝わらないと思ったが、謝らないといけないと豪篤は思った。しかし、それが気に食わないといったように優美は、ふんっと鼻を鳴らす。


「豪ちゃんはなんて?」

「『すまんな。頼む』だって」

「アハハハ、頼まれました」


 声を挙げて笑う修助に、優美の胸がひと際大きく高鳴った。そのことを隠すよう、抹茶パフェのアイスを口に押し込めた。

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