04 メイドさんの正体

3




「だから、自分は気をつけろとあれほど言ったんだ。まったくもう」

「まーまー、浩(こう)ちゃん。飲むペース速(は)ぇーから、もうちっとゆっくり飲もうや」

「そうですよ。いくら茂(しげ)さんの奢りとは言え、早すぎます」

「……」


 カーテンやブラインドで閉め切ったメイドォールの店内。奥のソファに、手前から浩介(メイド時・郷子)、茂勝(メイド時・萌)、修助(メイド時・成実)、そして美喜が腰を下ろしている。

 テーブルの上にはろうそくが数本立てられ、照明代わりとしている。だが、まったくと言ってもいいほど足りていなかった。お互いの表情を確認できる程度の明るさである。


「……」


 豪篤(メイド時・優美)はみんなと向かい合うように、イスを持ってきてそこに腰を下ろしている。背筋がピンと伸びて一点を見つめている。まるで面接を受けている就活生のようだった。


(まさか本当につれてくるとは……)

 ――私たちが望んだことだし、それに話が早くていいじゃない。あとあとになって、混乱しても困るし。

(そうだな。もうこれしか方法はないんだから)

「黙ってねえで、なんとか言ったらどうだい! まったく、最近の若いモンと来たら……」


 浩介がビールの入ったコップ片手に、まくし立てる。


 ――ああ、酒癖悪っ。

「ひっ」


 顔を下げて無言でいた美喜が、仰天して思わず顔を上げた。

 美喜が黙っていた理由としては、ほかのメイドも例外なく男ということも少しは関係している。修助と違ってほかの面々は、メイドの時の姿と普段の姿のギャップがありすぎた。

 それに加えて、数分前に自己紹介をされた直後である。だから、頭の中で整理が終わるまで、ひと言も話すまいとしていたのだった。


「美喜ちゃんのことじゃないからね」

「そーそー。酒を飲んだ浩ちゃんは、説教魔になっちまうんよ。いつものことだから、あんま気にしねぇで」


 修助と茂勝の言葉を聞き、美喜はホッとした。


「本人の前で説教魔なんて言って、大丈夫なんですか?」

「でーじょぶでーじょぶ。標的以外の言葉は聞こえねーみたいだよ」

「標的って……」


 茂勝のあっけらかんとした言いっぷりに、美喜は微苦笑を浮かべる。


「大丈夫なのかな?」


 美喜もいまだに黙りこくっている豪篤に目を向ける。豪篤は説教を受けていたが、何か思案にふけっているようだった。


「すいません、聞いてますよ。浩介さん」

「本当か?」


 浩介の酔眼にひるむことなく、豪篤は目を合わせながらコップの水を一気に飲み干す。とうとうこのときが来たと、腹にグッと力を入れた。


「この騒動を解決する方法がありますが、その前に美喜さん。優美と出会った後の渚は、どう変わっていきましたか?」

「そうですね……」


 豪篤に水を向けられてみんなの視線が集中する。美喜は、逃げ出しそうになる気持ちを抑え、真摯に向き合うために気を引き締めた。


「渚が優美ちゃんと会ってから、会うたび会うたび『優美ちゃんがね』『優美ちゃんってさ』『優美ちゃんだったら』って言ってて正直、優美ちゃんに嫉妬したよ。せっかくできた友達が、取られるんじゃないかって思いにとらわれたりもした。けど、あるとき一歩引いて渚の目を見てみたの。そこでわかった」


 一旦言葉をくぎって、アイスコーヒーで唇と口の中を湿らした。


「目が濁っていた。会った当初のキラキラとした魅力的な瞳は消えたのね。狂信的で何かひとつしか見えない人間ってこうなるんだと思った。

 このことを知ったことで嫉妬の炎は消えて、憐憫(れんびん)の火が灯った。そして、気付いたの。『ああ、わたしにはどうにもできない』と。その瞬間、奈落に突き落とされたような絶望感がフッと胸をよぎった。どこに隠れていたのかは知らないけどね……。わたしは、わたしは――」


 話していて感極まったらしく、目じりに溜まった涙が、次々と頬をすべり落ちていく。


「渚が以前の状態に戻って、みんなと楽しく話しがしたいだけ……!」


 美喜は嗚咽混じりの声を、歯を食いしばって抹殺する。


「……」


 4人はかける言葉が見つからず、しばらく無言の時間があった。

 最初に声を発したのは修助だった。


「片想いするのは結構だけど、そのことで日常生活に支障をきたすのはいけないよね」


 茂勝も真面目な顔でうなずく。


「一番大切な友達さえも見えなくなるのは、さっすがになぁ」

「……まったく、女って奴はどうしてこうなんだか」


 浩介はビールをあおりながら、ぶつぶつとひとり言を言い出した。

 豪篤もようやく重い口を開いた。


「美喜さんの言ったとおりの状態です。こうなった原因は俺の……演じる優美にあります。このまま放置しておくわけにはいかないので、優美になって、日曜日の約束を果たそうと思います。

 約束は叶えてあげて正体を明かします――おそらく、天国から地獄に落とされるような痛みを味わうと思いますが、正気に戻る確率は高いはず」


 修助には懸念が先立った。


「結構荒療治だねぇ……」

「でも、もうこうするしか方法はないはずだ。今でさえ、気の置けないと思う美喜さんの声が届いてないわけだし」

「うーん……」

「こう言っちゃ悪いが」


 と、前置きしてから浩介は、コップに入った水を一気にあおった。


「それって、おまえ個人の復讐なんじゃないか?」

「ええっ?」


 ハンカチで涙を拭き取っていた美喜は、豪篤を凝視する。豪篤は美喜のほうに向き直った。


「言うのが遅くなってしまったけど、俺は働く前に1週間だけあいつと付き合ってたんだ。だから復讐と取られても仕方ない。だけど、今の俺にうらみもつらみはない。あるのは美喜さんと同じ、憐れみだけだ」

「……」

「俺もあいつの元気な姿がみたい。生意気な口が利けない渚なんて、渚じゃないからな」

「確かに……そうだね」 


 美喜の表情が久しぶりに明るくなった。

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