03 止まらない想い
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「優美、今日はお菓子を作ってきたよ! 手抜きっぽいクッキーだけど、食べて食べて!」
形がぐちゃぐちゃのクッキーが、リボン付きの包装にパンパンに入っていた。
「なんか、毎日もらってばっかりで悪いんですけど……」
「あのね、あたしと優美の仲じゃない! せっかく恵まれた背丈なんだから、もっと食べなきゃダメよ! あ、そうだ。明日からはお弁当を作ってこようか!」
「いや、それは……」
「あ! お弁当で思いついた! 今度の日曜日、デ……遊びに行きましょうよ! 美喜さんがね、用事があって遊べなくて暇なんだ。ね、いいでしょっ!?」
「……あのね、その……」
「じゃ、決まりね! あ~、楽しみだわ~。あ、クリームソーダパフェひとつください!」
――ダメだなこりゃ。
(もう止まらないわね……)
今の渚には、何を言っても無駄だということを最終確認できた豪篤と優美は、深いため息をつきたくなりそうになったのだった。
* * *
営業時間が終了し、早々と着替えて裏口から出て行こうとしている浩介。
「浩(こう)さん待って」
成実が呼び止める。浩介が何ごとかと振り返った。
「今日、時間ある?」
「わりとある」
「そっか」
「用件はなんだ? 帰るぞ」
「ああ、ごめんごめん。『会議』をしたいんだー」
「議題は?」
「水際(みぎわ)」
「わかった。さっさと着替えてこい」
「あとね、美喜さんにメールしておいて。これ、アドレスと内容」
「……」
「それじゃ、着替えてくるから」
浩介は更衣室へ入っていく成実と、渡された紙を交互に見やる。吐きたくもないため息がついて出た。
人っ子ひとりいない夕方の公園に、美喜は足を踏み入れた。
先日までの残雪が所々に残っている。曇天と残雪の雪明りと電灯も手伝ってか広く見渡せた。ほかの季節の夕方の暗さとは比較にならないほどである。
美喜は、雪と泥が混じった地面を跳ね上げないよう慎重に踏みしめて、メールで指定された場所へまっすぐ向かった。
「成実ちゃん。来たよ」
すると、物陰からコートをまとい、顔の下半分をマフラーで覆った人物が出てきた。
雪明りとは言え、立ち姿はわかっていても表情がわかりづらい。
人物が美喜の立っている電灯の下まで近づいてきた。光が当たり、明らかになる。
「成実ちゃん、どうしたの?」
化粧っ気のない素顔だったが、もともと普段から薄化粧のため、美喜はひと目見て成実だとわかった。
しかし、
「ごめんね美喜ちゃん。僕は修助って言うんだ」
「え?」
成実と思っていた人物に、否定されて状況が飲み込めなくなる美喜。得も知れぬ不安に襲われ、寒さとは関係なく自然と体が震えた。
この展開を容易に想像できた修助は、すぐに顔を下に向けた。
「でも、メイドのときは成実って言うんだー」
成実の声色である。
「えええっ?」
美喜の脳内が、さらなる混乱の渦に引き込まれていく。
「修助くんが成実ちゃんで成実ちゃんが修助くんってこと……?」
美喜は目をつむりながら額に手を当て、正解を探るように思ったことを口にする。
「そうだね、正解」
顔を上げて、成実から修助に戻った修助が微笑む。
「え、ええええ―――っ? ということは、女装して働いてたの?」
「うん、そうだよ」
驚いて口が最大限まで開かれ、しばらくまばたきも忘れるほどに美喜の思考が停止した。
「全然、思いもしなかったなぁ……。なんで隠してたの?」
やっとのことで、紡ぎだすように疑問をぼそりと言う。
「隠してはないよ。うちの店の決まりってほどじゃないけど『いろんな意味で知る人ぞ知る店』にしたいって店長が言ってたから」
修助はフフッといたずらっぽく笑う。
「そうなんだ……」
急激に力が抜け、美喜はその場でくずれ落ちそうになったが、なんとか踏ん張った。
「ショックだった?」
「ショックってほどじゃないけど……とにかく、びっくりしたよ。でもね、男の子だってわかって、より一層好きになれそうな自分がいる。あっ、恋愛対象じゃないんだけど……」
「ギャップ萌えみたいな?」
「それに近いかも。あと、わたしにとって修助くんじゃなくて、成実ちゃんが表の顔だから、裏の顔である修助くんが知れて――ううん、明かしてくれて素直にうれしいの。本当は表裏が逆なのにね」
「アハハハハ、そうだね。でも、そんなふうに言ってくれるとうれしいな。てっきり、拒絶されると思ってたから」
「拒絶なんてしないよ。それより」
不意に真顔になる美喜。
「……なんで今になって正体を明かしたの?」
「それはね、明かさざるを得ない事態が起こったから」
「もしかして……渚のこと?」
「わかってるなら、話が早いや。さ、行こうか」
「えっ、どこへ?」
「店だよ。これからみんなと話すからさ」
言い終わると、修助は先を歩き出した。
美喜は、不安と少しの期待を胸に後を追った。
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