02 ひとつの作戦

「渚ちゃんは豪(たけ)ちゃんの元彼女!?」

「マジかい! 信じられねえ!!」


 修助と茂勝の驚きの声が更衣室内に大きく響いた。


「ああ、そうなんだ」


 ふたりとは対照的に落ち着いた声で応じ、ゆっくりと豪篤はうなずく。修助は首をひねった。


「なんでよりにもよって、このタイミングで言おうと思ったの? もっと前に言ってよ」

「本当はすぐにでも言おうと思ったんだが……なんか、言い出せなかった。すまん」

「世の中に偶然ってのはいくらでもあっけど、ここまでの偶然はなかなかねーな」と茂勝。

「ねえ。必然めいたものというかここまでくると因縁を感じるよね。それで、どこで出会ってそうなったの?」


 豪篤は少し遠い目をして語り始めた。


「数週間前の歩道橋だな。お互いに老夫婦を反対側まで運んだんだ。初めて会ったとき、ビックリするほど周りより華やいで見えて、心にグサッと突き刺さった。ナンパしてでも付き合ってみたかった。クールな感じで、スタイルがよくて、とにかく全部がよかった。遊ばれてる、からかわれてる感がよかった。渚といっしょにいるだけで、なんでもできる気がしたし、自分の心が満たされていくことを実感できてたんだ」


 なんとも微笑ましい話に、修助は笑みをこぼした。


「豪ちゃんは彼女のことを、真摯に相手と付き合って、仲を育んでいきたい気持ちがわかった。少なくとも自分を彩る飾りとしては見てないね」

「たけあっつんは、良くも悪くも単純な男だからなー。打算的に見てたらちょっと引いたかもな」

「好きなら好きで一緒にいれたらだけでいいんだ。なのに、自分の欲を満たすために好きでもない相手と付き合う。そういうのが俺には到底理解できない。だから、付き合ってる間は全力で渚をもてなしたり、楽しませようと努力したんだ。……結果的にフラれちゃったけどさ」

「ちなみに、どんな所にデートしに行ったんだ?」

「主にスイーツ巡りやケーキバイキング」

「えっ……それだけ? ほかにどこかに行かなかったの?」

「ほかにも遊園地や街をブラブラしたりしたぞ。8:2ぐらいの割合だったかな。ほら、女子って甘いもの好きじゃん」

「……」


 ふたりの呆れた視線に、豪篤は瞬時に真顔に戻った。


「……いや、ごめん。あのころの俺はその考えに支配されてたから。今は、事前に会話の中で好きなものを聞き出すことが、当然だと思ってるから」


 ふたりはホッと胸を撫で下ろした。


「成長したねー豪ちゃん。頭がカブトムシのままだったら、とんでもない人生になってたかもね」

「生涯独身の生活習慣病待ったなしだわな」


 豪篤は受け流しつつ、切り換えるように真面目くさった表情で言った。


「それでなんですが、俺がそうだったように、誰でも好きな人には振り向いてもらいたいもの。アイツは優美に対する親密度が、ある程度のラインまで達したと思ってるはず」


 茂勝がいやいやと言いながら首を横に振った。


「達したどころか振り切れてるがな。行動だんだんエスカレートしてっしのう。筋金入りのストーカー並に」

「そろそろ遊びのお誘いがありそうだよね」

「そう、そうなんだよ。そこで、明日も渚があんな感じだったら、浩介さんと美喜さんも入れてどこかで話し合いがしたいな、と。これは俺もだけど、店の問題でもあるから」


 修助は難しい顔をしつつ相槌を打った。


「確かに……。ああやってプレゼントを特定の店員に連日渡すのは、ほかのお客さんもそうしなくてはならない、という義務感を植えつけてしまうことになる。僕らが望んでなくても、お構いなしに」


茂勝は腰にバスタオルを巻き、ふんどしからトランクスに取り替えながら首をかしげた。


「美喜ちゃん来るんかねぇ。このところ来てねーし」

「優美ちゃんと渚ちゃんの仲を、嫉妬しているみたいだからね……。どっちにも会いたくもない可能性があるかもよ」

「修助に美喜さんの今の心境を訊いてもらいたいんだ」


 修助がブラジャーを外しながら目を丸くした。


「僕が? どうして?」

「正体をバラしたときのショックが、一番少なそうだから」

「そうだな。俺だと通報されかねんもんな」


 茂勝は豪快に笑い飛ばす。


「ああ、確かにそうかも」


 修助は苦笑しながら納得した。豪篤と茂勝では短時間でイコールに辿り着くどころか、逃げられるか通報されるのがオチになりそうだったからだ。


「じゃあ、重要な話があると言って誘おうか」

「それでいいと思う。まあ、どんな理由でも来そうだけどな。ということで、修に茂さん」


 ふたりの目を交互に見つめ、豪篤は頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

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