04 スケベ心

「ふうー」


 化粧落としと着替えを手早く済ませた豪篤は、深くため息をつく。


「……お姉さんのこと?」


 修助はブラジャーをはずしながら豪篤に訊く。


「ん? ああ、察しがいいな」


 豪篤の視線が修助に注がれようとする。


 ――ちょっと、着替えてるわよ!


 脳内に優美からのがなり声が響く。

 豪篤は見ちゃいけないものだと思った。修助のほうを見ず、自分のつま先に目を落とす。


(あ、そうだった。それにしても、やせてるよな)

 ――胸筋と腹筋がついてないのが、ね。細身は細身でいいのよ。でもね、せめて上腕二頭筋ぐらいは、筋肉がついてほしいところよね。小さいコブができるくらいの。あ、手は純粋に褒められるのよ? 荒れてなくて綺麗だし、爪は磨かれてるし……ああ、猫みたいにぷにぷにしてるんだろうなぁ。

「ふうー」


 豪篤が息を吐いていると、修助がシャツを着ながら訊いてきた。


「どうしたの?」

「うちの人格様がおまえにご執心だ」

 ――なななっ、なんてこと言うのっ!

「僕に? そうなんだ。ありがとう、素直にうれしいよ」


 修助の顔に、天真爛漫な笑みがフッと浮かぶ。


(よかったな)

 ――バカ! もう知らないわよ!


 優美の突き放すような口調である。が、うれしさがにじみ出ているようにも聞こえた。


「あ、そうだ。姉貴の件なんだけど、いきなり悪かったな。茂さんもすいません、家に帰ったらよーく言っときますんで!」


 携帯から目を離した豪篤の視界に茂勝が入る。上半身裸で腰には、男子がプールで着替えるときのようにバスタオルが着けられていた。


(やっぱり、茂さんを見てもなんとも思わないな……)

 ――バカ、何言ってるのよ!

(いや、なんでもない)

 ――変なことを考えないでよねっ。もうっ!

(おまえもだろうが)


 茂勝は大笑いした。


「あー、全っ然気にしてねっからいいよー。むしろ、あんーなスタイルがいい美人に抱きつかれて、危うくキャラが吹っ飛んじまうところだったぜ! なあ、修ちゃん」

「そうだね。弟である豪ちゃんがいる前でなんだけど、大きい胸を押し付けられてこっちの心臓が爆発しそうだったよ。背が高いし、性格も良さそうだし、いいお姉さんがいてうらやましいよ」


 ふたりは、大なり小なりスケベ心がある感想を言う。自分の姉を性的に見られるのは、どうしても抵抗を感じるところではある。だが、正直に言う分、豪篤はふたりに好感が持てた。


「いやいやいや、そんなことねえよ」


 豪篤は姉が褒められて少しうれしく思いながらも、首を横に振ってみせる。


「謙遜なんてすんなよー。抱きつかれたおかげかわかんねえけど、背中の痛みが少し引いたんよ」

「僕も僕も。腰が痛かったんだけど、今じゃすっかり痛みが飛んでったんだ。整体か何かしてるの?」

「バカ力で締めつけられたせいじゃないの。まあ、ふたりが褒めてたって言っとく。そういえば、郷子さんは抱きしめられてなかったな……」

「郷子さん――っつーか浩さんもだけど、体に触れられるのが極端に嫌らしいからのう」

「抱きしめるなんてしたら、ボコボコにされそうだよね」


 ちなみに、浩介は3人とは違い、いつものように早々と上がっている。着替えがいっしょになるということは、これまで一度もなかった。


「なるほどね。……つーか、茂さんはいい加減着替えないと寒いんじゃ……」

「そうだ! すっかり忘れてたのう。ほらほら!」


 茂勝はバスタオルを捲り上げる。ピンク地に水玉の布が股を覆っていた。


「お、茂さんも買ったんすか!」

「おうよ! 履き心地とよくてのう、女装以外のときも身につけていてええぐらいだ!」

「ダメですよ。茂さん。メリハリをちゃんとつけないと」


 修助が釘を刺す。


「アハハハハ、そうだよなー」

「そして、そのまま脱ごうとしないで、バスタオル下げて」

「おっと、俺としたことが」


 バスタオルを下げて、もぞもぞやり始める茂勝。


「もう……」


 我知らず頬を軽く膨らます修助に、なぜかドキリとして顔をそむける豪篤だった。

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