03 嵐のような姉
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みながしばらく談笑していると、出入り口が勢いよく開かれた。呼び鈴も盛大に鳴る。
「いらっしゃいま――」
黒のパンツスーツ姿の女を見て、優美は思わず息をのんでしまう。目が点になり、わずかに口の端が引きつった。
「いらっしゃいませお嬢様。『メイドォール』へようこそ~」
少しテンポが遅れて成実と萌のあいさつが、店内によく通った。
入ってきた女が体を硬直させている優美を見つけると、たちまち顔が喜びに彩られた。
「あ―――っ、豪(たけ)――優美ちゃーん! ちょっとこっちこっち!」
――なんで姉貴がここに……。
(それはこっちが訊きたいわよ)
優美は手招きする人物から目をそらし、半ばよろめきながらカウンターを出ようとする。
島は突然の闖入者にも大して驚かず、口元をほころばせながら訊いた。
「綺麗な方だね。優美さんの知り合い?」
「……姉です」
「お姉さん!?」
成実と美喜と萌が声をそろえて驚きの声を上げる。
「綺麗だなんてもう、褒めるのが上手ねっ。ほらほら立って立って!」
いつの間にやら島の近くまで来ていた彩乃が、島を席から立たせる。
「おお、僕なんかより背が高――」
不意に島は彩乃に力強く抱きしめられた。訳がわからないといった表情で、優美のほうを見る。
「男装店員とかいい趣味してるぅー。でも、女にしては骨ばってるような?」
「姉さん、店長は男」
「あっ、そうなの。失礼しました」
ポイッと島を簡単に引き離して席へと座らせる。
「さあて、次はだれにしようかな♪」
少し力が抜けていた島だったが、あわてたように口を動かした。
「ゆ、優美さん! お姉さんのお名前は!?」
「彩乃ですけど……」
「彩乃さん!」
「はい?」
美喜を抱きしめている最中の彩乃は、首だけ動かして島をとらえる。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてくださいッ!!」
――は?
「はあ?」
心の中の豪篤と表に出ている優美は、あっけに取られた。
今まで聞いたことがないような、島の真剣な告白だった。当然、
「んー、そうですね。……タイプじゃないんで、ごめんなさい」
彩乃はちょっと考えてから、はっきり言い切った。
「ッ!」
島は絶句し、うなだれた。鋭利な刃物で切り刻まれたかのように、胸をおさえつける。予想以上にショックを受けたようだった。
――ふたりともいろんな意味でやっちまったな……。
「て、店長……」
抱きしめられている成実をのぞいたメイドのふたりが、島に呼びかける。だが、スッと立ち上がると、島は無言のまま裏口から去っていった。
「ま、まあ、仕方ありませんわ。突然告白した店長が悪いと思いますし」
萌は優美を気遣う。優美はため息をつくが、すぐに笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「どういたしきゃっ!?」
成実を心ゆくまで抱きしめた彩乃が、今度は萌を抱きしめ始める。
「ありゃ、あなたも細いんだねー。肉を食べなきゃダメだよ」
「は、はい……」
答える萌の頬がすでに赤い。
――おいおい、中身の茂さんが出る前にやめさせろよッ。
「姉さん、そこまでよ」
「えぇー」
「『えぇー』じゃないわ。やめなさい!」
「ちぇっ、わかったよ」
彩乃は口をとがらせながら、萌を解放する。
「店長のことはともかく、何しに来たの?」
優美は詰め寄るような口調である。彩乃は首をかしげた。
「あれ、何しに来たんだっけ……?」
「はい?」
「そうそう、人捜し!」
「人捜し? だれを?」
「スーツ姿の30代を過ぎたおっさんとスーツに着られているザ・筋肉青年」
腕を組み、脳内で人物を捜索する優美。もちろん、すぐに脳内でヒットした。
「もしかして……」
萌がおずおずと続ける。
「午前中に来店された北川さんと大山さんのことではないでしょうか?」
「そうそう! そのふたり! 午後からは来てないのっ?」
「午後からはまだ来店されてませんね」
「最近は不定期で、来ないときは来ないんですよー」
成実が付け加えるように言う。彩乃はため息をつき、
「そっかー、わかった。みなさん、お騒がせしました!」
きびすを返して店から出て行った。
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