02 美喜の友達

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 午後3時を回ったころ。

 横山(よこやま)美喜(みき)が鼻歌を歌いながら店内に入ってきた。


「いらっしゃいませ~。あれ、美喜ちゃん。ずいぶんと機嫌がいいのね」


 すっかり店の常連になっていた美喜は、迷わずカウンター席に座る。

 美喜は、優美から温かいお茶とおしぼりを受け取ると、上機嫌に話を切り出した。


「実はね、新しく友達ができたの」

「おおっ」

「ネット上のだけど」

「あらら」


 優美がわざとらしく体勢を崩すと、美喜の頬がぷっくり膨れてくる。美喜は最初のお客さんということもあって優美が素を出せる相手――特別な存在なのである。


「そんなカクッてなることないじゃない。今度ね、会うことになったの」

「それっていわゆるオフ会?」

「うん。人生初のオフ会だからすっごく緊張するけど、楽しみでもあるのよ」


 美喜は、まるで恋する乙女のように手を合わせ、一点を見つめ始める。


「……とりあえず、いつもと同じでチョコレートパフェでいいのね」


 半ばひとり言のような注文を取り、優美はその場を離れた。


「ねえねえ、みっちゃんはどんな人だと思ってるの?」


 聞き覚えのある声の質問に、妄想の海を泳いでいた美喜が、現実に引き戻された。ふと気づいて視線を落とせば、しゃがんでこちらを見ている成実がいた。


「うーん……チャットの会話文からして、綺麗系というよりもかわいい系だと思うんだ。絵文字とか文体で判断するのもなんだけど。でも、こうやって妄想するのも楽しいじゃない!」


 目を異様に光らせて断言する美喜に、成実はたじたじになった。


「ま、まあね。前向きな妄想は気持ちを若くするって言うしねっ」

「ヤだなぁ、成実ちゃん。わたし、おばさんじゃないよ」


 美喜が成実の頭に手を置いて髪をかき回していると、優美がチョコレートパフェを持ってやってきた。


「はい、お待たせしました~」

「あれ、いつもよりトッピングが多いけど?」


 普段のチョコレートパフェは、生クリームとチョコチップアイスとチョコフレークの3種のみ。この日は、チョコチップクッキーや板チョコのかけらやチョコポッキーが、器から落ちそうなくらい、絶妙な均衡を保って盛り付けられていた。

 優美は軽くウインクしてみせる。


「郷子さんに話したら、盛り付けてくれたのよ。何も言わなかったけど、祝ってくれてるんだと思うわ」

「郷子さん、ありがとうございますー!」


 美喜はカウンター席から厨房に向かって叫ぶ。すると、少し経ってから、


「どういたしましてー」


 棒読みのような返事が飛んできた。


「それじゃ」


 と言い、美喜はスプーンを正面の優美に渡す。


「ねえねえ、いつものいつもの!」


 ねだる美喜は、見た目そのまま子どもだった。犬のようなしっぽがついていたら、ちぎれそうなぐらい振っていただろう。


「しょうがない娘(こ)ね」


 優美は目を細めると、左手を伸ばして美喜の頭をゆっくり優しくなでた。

 美喜の顔が気持ち良さそうにものになり、吐息を漏らしている。

 優美の右手には、パフェの中身が乗ったスプーンが握られていた。なでるのをやめ、右手を少しずつ伸ばす。


「はい、あーん」


 下唇にスプーンが少し触れると、余韻を残すようにゆっくりと美喜の口が閉じられる。


 優美はスプーンをスッと引き抜いて、左手で美喜の頭をまたなで始めた。


「ああ~、至福のときだわ~」

「お疲れのようですわね」


 優美の横でコーヒー豆を挽いていた萌が声をかける。


「気を張りすぎて疲れてまして……。わたし、ゼミ長だからしっかりしないといけないんです」

「あらあら、それはお疲れ様です」

「だからこうして、がんばった自分へのご褒美ってほどでもないですけど、ここに来るんですよ。みなさんを見てると元気をもらえるんです。優美ちゃんからはこうして癒してもらえるし」

「うれしいことを言ってくれますね。ねえ、萌さん」

「そうですわね。こうした言葉をいただくと、わたくしたちも働いている甲斐がありますわ」


 そこに、美喜に頭を乱暴になでられていたはずの成実が、裏に通じるドアから出てきた。


「あれ、どうしたの? みんなして笑って」


 美喜が成実のいた位置を確認してから尋ねた。


「いないと思ったら、どこか行ってたの?」

「ちょっとお花を摘みに」


 成実は持っていたお盆で口元を隠してほほほと笑う。つられて3人も笑った。


「お、なんだろう。楽しそうだね」


 店長の島(しま)が、裏に通じるドアから顔を出した。いつものYシャツネクタイに、今日はさらに深緑のカーディガンを着ていた。


「おはようございます」


 3人のメイドがあいさつをする。


「おはよう、今日は本当に寒いね」


 言いながら、美喜から2席ほど離れた席に座る。


「萌さん。とりあえず、コーヒーを1杯くれ。どうだい、優美さん。絶好調かい?」

「ええ、おかげさまで。それもこれもみなさんのおかげです!」

「はっはっは、驕らず謙虚なところがいいね。その姿勢は大事だぞ」

「はいっ!」

「ところで、こちらのかわいい彼女はお客様でいいんだよね?」

「最近よく来店されてる横山美喜さんです」


 島の好奇な目線が突き刺さり、美喜のほほに赤みがさして緊張した様子になった。


「よ、横山です」

「店長の島です。うちの店をご贔屓していただいているようで、ありがとうございます。まだまだ優美は未熟者ですが、横山さんが温かく見守ってくだされば幸いです」

「いえいえそんな。優美さんはいいメイドさんだと思いますよ。みなさんの接客も丁寧ですが、だれよりも丁寧でお客さんの喜ぶことを考えてるのは、わたしは優美さんだと思いますし」

「美喜さん……」

「良かったな優美さん。君のがんばりをだれよりも認めてくれる人がいて」


 優美は感極まりそうになる。込み上がってくる感情に涙腺が緩む。うれし涙をこらえ、にっこり笑った。


「はいっ!」

「うんうん、よかったよかった」


 萌から淹れてもらったコーヒーを島は満足気にすすった。

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