04 優美のポテンシャル
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姉の彩乃から残業で遅くなるとのメールを読んだ豪篤は、バイト帰りにスーパーに寄って適当に惣菜な何品か購入した。帰宅してリビングに入ると同時に、炊飯器から米が炊き上がる笛のような音が響く。その音に呼応するかのように、収まっていた腹が何度も鳴った。
――ねえ、まだ食べないの? お腹ペコペコなんだけど。
腹どころか優美からも不機嫌な催促が来る。これも何度目だろうか。
「俺も腹減ってるよ。でもな、部屋着に着替えさせてくれよ。メシは楽な格好で食べたいんだ」
――空腹を満たすほうが先よ!
彩乃もまだ帰って来ないから、堂々と声を出して優美と話せる。やはり、心に語りかけるよりも、声に出したほうが具合いがよかった。
「あんまりうるさくするなら、おまえの好物でもある『もっちりもちもちもち大福』を食べねえぞ」
――なんですって!? 一日の労働のあとの『もっちりもちもちもち大福』が食べれないとか……鬼、悪魔、ひとでなし!
人格と人格の住まう当人の五感は共通している。豪篤は根っからの甘党である。それゆえに、豪篤の中の人格である優美も甘党だった。
「鬼でもなんでも結構。これ以上ひと言でも抗議するなら、本当に食べないからな」
――……ッ!
優美は何も言えなかった。悔しげな表情で唇を噛む優美が容易に想像できる。
その隙に惣菜をテーブルに置いて、アイスを冷凍室にぶち込むと、自室でさっさと部屋着であるジャージに着替えた。
食器棚から大皿と小皿を何枚か選び、テーブルの上に置く。買ってきた惣菜をパパッと取り分けた。
炊飯器の白米は実家で作ったものが送られてきたもので、色つや香り味ともに文句のつけようがない。水をつけたしゃもじでよく混ぜる。本当は炊飯器で炊いているから混ぜる必要がないらしいのだが、姉も母親も祖母もやっていた習慣みたいなもので、いまさらやめようにもやめられなかった。ごはん椀に縁(ふち)から飛び出さんばかりに盛りつけて自席に置いた。
(みそ汁は……作るのがめんどいからインスタントにしよう)
みそも自家製のものが送られてくるのだが、今は調理の優先度よりも空腹を満たすことが最優先だった。電気ポットの置いてある棚の引き出しを開け、インスタントのみそ汁を取り出して汁椀に開けた。味は特に疲れた気がしたので、しじみ味である。
(準備はできたんだけど、まだ帰って来ないか)
腹の虫がひと際大音量で己の存在を知らせてきた。黙りっ放しでお預け状態の優美もそろそろブチ切れてもおかしくない。
「食べよ食べよ」
席に着いて手を合わせた。
「いただきます」
惣菜のメンチカツに中濃ソースをかけ、ひと口かじって白米といっしょに掻き込む。ロクに噛まずに飲み下すと、今度はニラ玉を載せて白米とともに口に入れた。さすがにのどがつっかえそうになり、慌ててみそ汁を音を立ててすする。ついでにコップに入った自家製のブレンド茶を一気に飲んだ。一拍間ののちにゲップが出た。
――もうちょっと落ち着いて食べなさいよ。下品なんだから。
優美がたしなめるがどこ吹く風である。今度は大好物の揚げ出し豆腐に取りかかった。液体ではなく、かつおだしの餡(あん)がかかっている。その上に大根おろしとネギとしょうがが鎮座した。箸で真っ二つにし、餡をたっぷり絡めてかぶりつく。絶妙な味加減に、豪篤のごはん椀から瞬く間に白米が消え去った。
「ただいまー」
玄関の扉が開く音がし、姉の声が連続して聞こえてきた。
「思いっきり食いついたんだって?」
彩乃はテーブルの上のからあげをひとつつまみ食いした。
「お帰り。それはもうダボハゼ並みにな」
「お疲れさんね。でも私もつーっかれた。帰社してからずーっとよ? 誰彼構わずアンタたちのことを話してて、ホントウザかったわ」
彩乃はリビングを出て自室でジャージに着替えて戻ってくると、豪篤の正面のイスに腰かけた。すでにごはんとみそ汁が用意されており、弟の気遣いがうれしかった。
「でも、メチャクチャ気になるのよね。アイツらの言い方だとみんなかわいいっぽいし、厨房の物陰から光る矢のような視線ってのもすごく気になる」
「厨房の物陰……ああ、郷子さんのことか」
「まだかわいい娘がいるの!?」
彩乃は驚き、頬張っていた白米が飛びそうになる。
「かわいいというよりキリッとしててクールな感じな人だな」
「あらあらあらー、そういう娘もいいわねぇ♡」
(姉貴だって人のこと言えねーよな……)
彩乃の守備範囲は非常に広く、男女であろうがどんな性格であろうと、全部受け容れてしまうのだ。
「しかしまあ、みんな本当は男だってのにすごいわねー。よっぽど努力してなきゃムリよ」
「ちなみに誰を一番褒めてたんだ?」
「もちろん、アンタ――じゃなくて優美よ」
「え?」
「あんなエロい雰囲気を醸し出してるメイドなんて久々に見ただって」
「俺が――優美がエロいだって?」
「ぶっちゃけ、自分が思う以上にドチャクソよ。やっぱさ、褐色は文句なしにエロいけど、ほどよく焼けた肌もエロいものなのよ」
「からかってるわけじゃねえよな?」
「マジよ」
「マジ?」
「マジマジ、大マジよ。もっと優美のことを誇りに思いなさいな」
エロいことを褒められても、優美という人格がいる以上は素直に喜べない豪篤だった。
「う、うん。そうだな!」
「いろいろアレな頭してるけど、奴――主任――の見る目は確かよ。私もどこかで抜き打ちで行くから。私が直に見てレベルが高いと思ったらさらにプッシュしてあげるわ」
「おお、ありがたいな」
豪篤は彩乃のおかわりのごはんをよそいながら、思い出したかのように言った。
「そういや、雑誌の影響力ってどれくらいあるんだ?」
「んーそうねぇ。一応、今回の『カフェ特集』は、ウチの会社全体で行う複数雑誌の共通企画なのよ。ウチは若者向けから中年向け辺りまで取り扱ってるからね。さすがに雑誌の色にそぐわない内容なら載せないみたいだけど」
「まあ、幅広い層の年代の人たちの目に入るってことか」
「そういうこと。ねえ、おかわりちょうだい」
「まだ食べんのか?」
「事務方でもおなかは空くものは空くの。大丈夫だって、土日のどっちかジムに行くから」
彩乃は割と食べるほうなのだが、こうしてジムに行って鍛えているため、メリハリのある体つきをしていた。もちろん、寝起きがけと就寝前のプロテインは欠かしていない。
「俺も今度運動しよかな」
「筋肉をつけるならほどほどにね。さすがの私でも、ムキムキの優美のことはすぐに受け容れないから」
「わかった。……ん? ということは……時間をかければいいのかよ!」
「私はよほどなことがない限り、好き嫌いしないから♪」
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