03 レベルアップの機会
3
「自分は接客しないからな」
郷子は断固として言い、腕を組んで口をへの字に曲げている。
北川と大山の帰ったフロアは客が人っ子ひとりなく、メイド4人は堂々とボックス席に収まり、立ったままの島の報告を聞いていたのである。話を聞いて吟味したうえで取材を受けることにしたのだった、
「もちろん、ほぼ厨房担当の郷子さんに接客しろとは言わないよ」
島のなだめるような口調である。郷子は組んだ腕を解いて少し表情を和らげた。
「それならいいんだ」
「みんなはどう思う? 意見を聞かせてほしいな」
「暇なのはいいけどね~。暇すぎると脳がツルツルになりそうでヤバいかなー」
「わたくしは忙しくても大丈夫です。メリハリがあるほど仕事は充実したものになりそうですし」
あまり深くは受け止めていない成実と萌に対し、
「入ったばかりの私が言うのもなんですが、いろんな意味で場数を踏んでいきたいです。失敗はその分増えてしまうとは思いますが、それを取り返すだけの働きをしていけると思います……いや、できます! やります! やってみせます!」
優美は気負いたっぷりに体を震わせた。
「雑誌の力がどんなもんかわからんけど、自分ひとりで厨房が回らなくなったら――」
「も、もちろん、ヘルプとして人員は増やすよ! 僕もできる限り入るし」
優美は驚いて店長を仰ぎ見た。
「え、店長って料理できるんですか?」
「一応ね。家庭料理レベルだけど、一時期凝ったものも作ってたんだよ。ケーキもシュークリームだって作れるんだ!」
「す、すごいですね!」
「それに、店の売り上げも少しは上げたいのもあるけど、優美ちゃんから底知れぬアレを感じるんだ!」
「ア、アレ……?」
困惑を隠せない優美の横で、萌が微笑みながら軽く毒を吐いた。
「アレとかおっしゃり始めたら、お歳を召した方といっしょですわ」
「萌さん、それオブラートに包んだ悪口だよね」
「うふふふ、考えすぎですよぉ」
「ホント、店長ってお人好し中のお人好しですよね~」
「いやあ、それほどでもないよ」
「皮肉だっつうの。バカ」
「あ、そうだよね。あははは……」
古参のメイドたちにイジられ放題の店長の島に、優美はひとつの答えに至った。
(優男(やさお)だけど、結構しっかりしてるところはしっかりしてるみたいね。イジられてもバカって言われてもムキにならないし、かなり器が大きい人だ。さすが20代後半で店を持つだけあるわね)
「でも、好きなことをしててもサボってても怒らないから、大好きですよ♡」
成実が島の腕に抱き着く。優美が咎めるように言った。
「ちょ、堂々と言うことじゃないでしょ」
「あははは、いいんだよ。ちゃんとやることやってるなら、まったく気にならないよ。僕も留守がちだし、みんなのことを信じて店を任せてるから」
島はひと呼吸置いてから、みなを鼓舞するように言った。
「というわけでさ、優美ちゃんのレベルアップと優美ちゃんのお姉さんのため。ああ、あと店のためにみんな一丸となってがんばってみようよ!」
「まーかせてくださいよー。優美ちゃんがどんなメイドになるかすごく楽しみだしね~」
「かわいい後輩のために先輩としてひと肌脱ぎますわ。わたくしも優美ちゃんには期待を寄せているのですから」
「仕方ねぇな。なあ優美、やるからにはあのギャンギャン吠える大型犬のしつけも頼む。バカのひとつ覚えの話し方のせいで、難聴になっちまいそうだ。あ、小型犬は話を聞き流してやりゃいい。あんな奴誰でもすぐに落とせる」
「わ、わかりました。とにかく、いろいろやってみます!」
真面目くさった顔で決意する優美を横目に、成実はニヤニヤしながら郷子の肩を人差し指で突いた。
「郷子さんも余裕って思うの~? あまり接客しないのに?」
「あたりまえだ」
「ほー、ぜひともご教授願いたいものだねー」
「簡単に手の内をバラすわけねぇだろ、バカ」
「ええー、郷子さんが口説いてるとこ見てみたーい」
「しつこい」
郷子が成実にデコピンを喰らわせた。
「まあ、こんなこと言ってるけどさ」
島はぐるりと店内を見回す。話している最中も客が人っ子ひとり入店して来なかった。
「今のところは取らぬ狸の皮算用だよね……」
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