05 ふんどしと女装道

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 郷子が言っていた通り、昼からの店内は盛況に包まれた。

 12時になる前から、我先にとサラリーマンとOLたちが押し寄せるように来店してきた。

 郷子以外の3人は、午後1時半まで厨房と店内を行ったり来たりしていた。その中で初日の優美は何度失敗したかわからないほどだ。

 皿やコップを割る、注文を聞き違えたり忘れる。運んでいた料理を床に落とすなど散々だった。

 しかし、そのつど成実たちがカバーし合って、なんとか一番忙しい時間帯を乗り切った。

 あとは午前中の美喜がいないときと同じく、たまに客が来るぐらいのまったりした時間が過ぎ去っていくのみ。

 郷子はほとんどの時間を厨房にこもり、ときおり出てきてお菓子を振舞ったり、少し雑談するぐらいである。

 ほかの3人も雑談したり、掃除――成実は参加してない――をしたり、お菓子を食べたりと、とても時給分働いているとは思えないほどだった。

 冬の夕暮れは早く、午後5時を過ぎれば辺りは真っ暗になる。

 カウンターの上に頬を押し付け、外を眺めていた成実はゆっくり顔を上げた。


「ねえ、郷子さーん。もう閉める? 店にお客さんいないよ」

「いいんじゃないか。店長がいても、閉めろって言うだろうし」

「よしきたっ」


 イスから大げさに飛び降りて、成実は出入り口へ駆け出していく。


「閉店時間は午後6時のはずでは……?」


 近くにいた萌に、首をかしげて優美は訊く。


「だいたい今の時期は、この時間には店じまいしていますの」


 そう言い、萌は上がっているブラインドを閉めに行く。


「そうですか……」


 あまり釈然としないながらも、渋々優美はふたりにならうことにした。

 窓のカギのチェックをしたり、ブラインドを下げたり、カーテンを閉めたり、テーブルを拭いたりなどを行う。全部片付け終わり、成実と萌とともに裏へ続くドアから廊下へ出る。

 すると、ひと足先に私服に着替えた浩介が、外に続くドアを開けようとしていた。


「あっ、郷――いえ、浩介さん。お疲れ様でした!」


 先頭に立っていた優美が、軽く礼をする。


「お疲れ。店長いないからカギ頼んだぞ」

「承りましたわ」


 萌の返事を聞く前に、浩介はさっさと外へ出て行った。




* * *




 3人とも先に化粧を落として私服に着替えるとなったとき、修助が異変に気づいた。


「ん? どうした?」

「……豪(たけ)ちゃん、なんでプールの着替えのときみたく、下半身にバスタオルを巻いてるの?」


 ちょうどカツラを取ったばかりの豪篤が笑ってみせる。


「実はな、午前中にトイレに行ったときに、下着も女性ものに穿き替えたんだ」

「ああ、だからなの。メチャクチャ気合い入ってるね。でもさ当然だけど、男性向けに作られてないから、大変だよね」


 修助が微苦笑していると、セーターを首から出したばかりの茂勝が横槍を入れた。


「ボロッと出るもんなー」

「な!? せっかく、言葉を選んで言ったのに!」


 修助の顔が赤くなっていき、上目遣いに茂勝をにらむ。


「何も顔を赤くすることもあるまいにィ。のう、たけあっつぁん!」


 何も答えず、自信満々に仁王立ちしている豪篤。ふたりに目線を配ってから満を持して言い放つ。


「それがですね、お二方。俺が着けてる下着、ボロッと出ないんですよ!」 

「なにィ!?」

「そんな下着があるの?」

「そう、それがこれだ!」


 豪篤はバスタオルをめくり上げる。ピンク地にハート柄の布が、股間部からでん部にかけて覆われていた。


「布オムツ……だよね?」

「ふんふん、こりゃたまげたな! これって、プレイの一種なんだろ? どんな気持ちになるん?」


 修助は半ば汚いものでも見るかのように、片や茂勝は興味と興奮で食い気味な口調だ。


「布オムツでもプレイの一種……は少し入ってるかもしれないです。けど、これはれっきとした下着! しかも女性用ふんどしなんですよッ!」

「へえー、あるんですね。女性用のふんどしが」


 一転して好奇の視線をふんどしに向ける修助。


「ぬぁにィ? マジかよ!?」


 オーバーなリアクションをする茂勝。


「マジっす。男ものは蒸れるし、布が硬いし、快適じゃない……。

 でもこのふんどし、肌触りはシルクまでとはいきませんが、柔らかい! 何よりメイドさんのスカートを穿いてても寒くない! そんでもって蒸れない! もういいこと尽くめなんですよ!

 この商品、ネット通販で買うと1枚800円! 2枚買うと1500円とお得になっているんですよ、だんな方! これはもはや、買わないわけないってなもんです!」


 上はパッド入りのブラジャーで下はバスタオル姿――下着はふんどし――の男が、熱弁を振るい終えて肩で息をしている。

 修助は目をぱちくりさせている。


「……豪(たけ)ちゃんってそんなキャラだったっけ?」 

「すまん、変なスイッチが入った」


 暴走を謝りながらも豪篤はバスタオルの中で、ふんどしから普段穿いているトランクスに取り替えている。

 茂勝は素直に感動し、豪篤に拍手を送っている。


「よくぞ言ってくれたのう! これこそ女装道(じょそうどう)を極める者のあるべき姿! 修ちゃん、俺らも見習ってもいこうじゃねぇかッ!」

「女装道って初めて聞いたよ……。でも、極める極めないはべつとして、心構えが穿くものに出てるのはいいことだよね」

「……ああはノリよく言ったけどよ、実際トランクスだしなー」

「僕も。ギャップがいいんじゃないかって思ってたけど、今にして思えば言い訳だったんだね」

「そうだ! このことは真摯に受け止めにゃならんぞッ。しかも新人に教えられたというのがひっじょーにマイナスだ!」

「屈辱的でもあり、ありがたくもあり……いい新人が入ってきたね」


 ガクン、とうな垂れると壁に拳をついてオーバーに嘆いてみせた。やっとふたりの変な茶番が終わったのを見計らって、豪篤は補足する。


「……さすがに、男に戻るときは今さっきみたいに、男用の下着に取り替えますけどね。一応、念のために言ってきますけど――」

「というわけで、たけあっつぁん。これから君の歓迎会を適当な所で行うことにした」

「はい?」


 変な茶番で油断していたためか、豪篤はあっけに取られた。


「このあと用事でもある?」


 修助が訊いてくる。


「いや、ないけど」

「そっか。じゃあ、行こうよ。いろんな話を聞いてみたいし。ね?」


 子どものように無邪気に笑ってみせる修助。豪篤の胸がなぜか一瞬高鳴りそうだったが、


「んじゃ、行こうぜ!」


 着替えを済ませた茂勝に右腕を引っ張られ、そんな余裕はなくなった。


「え、ちょっと」

「行こうか行こうか」


 修助は左手を取って引っ張る。


「修助まで!? ちょ、ちょっと!」


 ふたりに両腕をがっしりと掴まれ、夜の街に連れ出される豪篤であった。


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