2章
01 メイドに変身!
1
朝食を食べ終え、身じたくも終えた豪篤は玄関で靴を履いていた。
初日だからといって、さすがに自宅から女装姿で出勤はせず、昨日と同じような格好をしていた。
「もう8時半だけど……そろそろ行かなくていいの?」
見送りに玄関まで来た彩乃の率直な疑問だ。
「あっちが開店前はバタバタするから、開店してから来てほしいだとさ」
「それならいいんだけど。そういや、メイド名はなんて名乗んの?」
「やっぱり、女らしい名前に決まってるだろ!」
「ほー、アンタが思う女らしい名前って何さ」
「優美(ゆみ)って名前がそうだと思ってる。だから、俺はこの名前でやるんだ!」
彩乃の眉が一瞬困りかけたが、応援するかのように弟の肩を力強くたたいた。
「……優美ねぇ。いいんじゃない。アンタがいいと思うんなら」
「ありがとう! それじゃ、行ってくる!」
「はいはい。がんばってねー」
豪篤はマンションから徒歩で最寄りの駅向かう。普通でも急行でも停まる駅で降り、サラリーマンや学生たちを掻き分けるように駅を離れる。5分ほど歩くと商店街が現れ、そのアーケード内を抜けると、道を挿んだ真正面に3つの雑居ビルが立ち並んでいた。
道を渡ってちょうど正面にある雑居ビルの一階のドアを開けた。
「おはようございます!」
「いらっしゃいませ~ってあら、豪篤さんじゃありませんこと」
掃除の手を止めて真っ先に出迎えてくれたのは萌だった。
「え? 豪(たけ)ちゃん!?」
カウンターで顔をつけて寝ていたらしい成実が、勢いよく跳ね起きて豪篤に抱き着いた、
「待ってたよっ! さあ早くあたしとロッカーに行って着替えよっ。メイド服の着方からメイクの仕方まで手取り足取りなんでも教えてあげるから!」
「ハハハ……お手柔らかに頼むわ」
20センチ以上の身長差と成実の中性的な容姿も合わさり、本当に小柄でかわいい女子メイドに見えてきた。
「豪篤(たけあつ)さん」
とても優しく、耳に心地のよい名前の呼ばれ方をした。声の主は萌である。
「成実ちゃんに惚れてしまいますと……心身ともに疲れてしまいますよ」
「ちょっと萌さん! その言い方はあたしがあまのじゃく的な性格だから一理あるけど、もうちょいオブラートに包んでもいいんじゃなーい?」
「ふふふ、ごめんあそばせ」
「もうっ、キャラのネタバレはほどほどにね!」
成実は怒ったような口調で言い置くと、すっかりノリに置いていかれた豪篤を振り返った。
「そんじゃ豪ちゃん、こっちだよ~」
成実に有無を言わされず手を引かれ、スタッフルームのプレートがついたドアを開けて薄暗い廊下に出た。成実が今度はロッカールームのプレートがついた部屋の扉を開ける。ここもロクに隣のビルのせいで窓はあれども光が入って来ない。そのため、外は良い陽気であるのに、用があるたびに電気を点けねばならなかった
「ほら、入って入って♪」
奥にはピンク色のドレッサーと姿見がひとつずつあり、さらに横には試着室がふたつ設置されていた。ロッカーは壁際に5つ置いていて、それぞれネームプレートが嵌め込まれてある。
「これロッカーのカギね。一応3つあるけど、なくさないようにって店長が言ってたよ」
「ありがとう。気をつけるわ」
解錠してロッカーの扉を開けると、メイド服一式がハンガーにかけられ用意されていた。
「おお、これが本物メイド服か……すげーな」
「つい最近届いたばっかりの新品だから、大事に使ってよー」
豪篤は力強くうなずき、紺色のワンピースを手に取った。
「さすがに俺のはピンクじゃないんだな」
思わずホッと安堵の息をついたところに、色がピンクのワンピースの成実が、イジワル気な笑みを浮かべた。
「あれれー? その顔とガタイでピンクが好きなんだー?」
「いや、確認だよ確認! あのお天気キャスターじゃねぇんだからさ」
「アハハ、冗談だよじょーだん♪」
「それで……どれから着ればいいんだ?」
両手にエプロンとワンピースを持ち、豪篤は首をひねっている。
「むふふ、そーだねぇ~……まずは服を脱いでもらおうかなー♪」
「パンイチ?」
「ブラジャーを持ってきてるなら、どーぞどーぞ。つけ方がわからなければ教えてあげるし」
「やっぱ、ブラジャーってつけたほうがいいのか?」
「最低限スポブラぐらいはつけてもらいたいかな。気持ちの入り方も違うし」
「それもそうか。じゃあ、帰ったらすぐに調達するわ」
豪篤は成実に凝視されながら下着姿になった。成実の目が爛々と異常な輝きを放っていて、脱ぎづらかったのだが、仕方のないことだった。
「はあぁぁぁあああぁ……ホント、いい体してるねぇ! 太さはちょっともの足りないけど、焼けて引き締まった脚は魅力と筋肉が詰まってるよ!! あとねあとね、店に初めて来たときに見えたデコルテも良い色してたし、女性と違って厚みがあってあたしの中のセクシーメーターがギュンギュン反応してたんだよ! でも、メイドだし、女装もするからデコルテも腕も脚も隠れて見えなくなっちゃうけどね! ちくしょう!」
成実の性癖らしき妄想を聞かされ、豪篤は真顔でツッコんだ。
「何言ってんの?」
「ごめんごめん、男でも女でもいい体を見ると、つい思ったことを口にしたくなっちゃうんだ」
「……俺だからいいけど、人によってはドン引きされるぞ」
「アハハハハ、まあまあなんとかなるよ。こんなにかわいいメイドが、ちょっとばかし血迷ってるだけだから」
「いろいろ言いたいことはあるけどさ、まだ会って何回も経ってないから遠慮するわ」
「でね、豪ちゃん」
――あ、コイツ聞いてねぇ……。
人の話をあまり聞かない成実が、構わず続ける。
「豪ちゃんの持つ男としてのセクシーさは封印してもらうことになるけど、いいよね」
「メイドになるって決意したんだから、しょうがないわな。男の魅力を出したって逆効果になるに決まってるだろうし。なんで今それを聞くんだ?」
「この店から少し離れた所につい最近『細マッチョ喫茶』なんてオープンしたなんて話を聞いたから」
「案外客が入りそうだなおい。興味本位で客として行ってみてぇわ」
「うんうん、だいぶ接客向けの口の回り方になってきたね。んじゃま、お着替えしちゃいましょうか♡」
「おいおい、俺は幼児じゃねえんだぞ」
「まずはね……」
――やっぱ聞いちゃいねぇ……。
豪篤が濃紺のワンピースを身にまとう。その上からフリルのついたお決まりとも言える純白のエプロンを身につける。さらに、小さな鈴がついた同色の蝶ネクタイで首元を飾る。膝下までのエプロンから伸びる足には、黒のタイツを慎重に穿いた。
「はい、あとはカチューシャを頭に載せれば完成だよ~」
黒髪ロングウィッグを装着し、カチューシャタイプのヘッドドレスを頭につけた。
「んじゃ、姿見でお披露目お披露目~♪」
修助に連れられるまま姿見の前に立ち、今の自分と正面から向き合う。
「これが私なの……?」
豪篤――優美が思わず口元を両手で覆う。ほどよく日に焼けた褐色気味の肌と純白のエプロンとの相性は、文句のつけようもないぐらい抜群だった。
「おっ、リアクションが乙女チックで非常にいいね。ちなみにメイクは自分でできる? それとも僕――いや、あたしがやってあげよっか?」
優美は姿見の前で何度もターンをしている。ターンの度に花弁のように広がるスカート。優美の今の姿はまるで、初めて子どもがスカートを穿いてはしゃいでいるようにも見えた。
「メイクは大丈夫。姉さんから教えてもらったから」
バツが悪そうに取り繕うな口調で優美は言う。
「オッケー♪ 店に出るときは手袋を忘れないでね。手は性別が出やすいって言うから」
修助は優美を放っておいて自分のロッカーに戻った。
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