二話:呼ぶ声
そうして、廃村を後にしたカガリとツバメは、林に出来た道を歩いている。
道と言っても石などで補強されていたり、柵で囲ってあるような上等な物では当然なく、単純に何人もの人が利用した事で土が剥き出しになり道の態をなしているだけの物でしかない。
そんな道をカガリは淡々と歩き、ツバメは相変わらず頭の上から周囲の景色を興味深そうに見渡していた。
「あの、そんなにずっと見ていて飽きないのですか?」
大して変化の起こらない道を、余りにも楽しそうに見続けているものだからカガリは少し気になってツバメに問い掛ける。
するとツバメは頭を縦に振った。
見た事ない木がたくさんあるらしい、遠くから一瞥しただけではどれもこれも同じにしか見えない木や植物が、近くでよく見てみるとそれぞれ違っていて、それに気付くのが楽しいんだと、ツバメは楽しそうに語る。
そんなツバメにカガリは少しだけ驚いた。
そこそこの時を生き、色々な者達に会ってきたカガリだったが、しかし見渡す限り木しかないこの景色をそんな理由で、こんなに楽しそうに見続ける者には出会った事が無かった。
人は開拓されていない林や森を危険視して嫌う者のが多かった。
人ならざる者も、人々の作り出す世界を羨み、何も無い自分達の生活圏に嘆いていた。
神ですら、緑ばかりでつまらないと言っている者も多かった。
そんな景色を楽しいと言えるツバメをカガリは純粋に凄いと感心した。
「......ねえ......あ、ソボう?」
そんな声がツバメの耳に入ったのはそんな時だった。
一瞬で、しかも微かにしか聞こえなかったため最初は空耳だろうと思った。
しかし、しばらくするとまた
「アソぼ、ウ?」
と聞こえてくる。
流石に今度は空耳ではないとツバメは周囲を見渡して見る。
しかしこの場にいるのはカガリと自分の二人のみで、その他には誰もいない。
だからツバメは気にしない事にした。
そうしてまた木の観察に戻るとまた
「......あ、ソボ......ウ??」
今度は先程よりも大きな声だった。
聞いただけで寒気がする程不気味ば声に小さな体をブルブルと震わせた。
流石に怖くなったツバメは、カガリに助けを求めようとする。
「どうしたの?」
それを察したのだろうそんな声が聞こえてきた。
だからツバメは答える。
さっきから変な声がするんだ。と
答えてしまった。
もう少し冷静だったのなら、それがカガリの声でない事に気付けた筈だった。
しかし恐怖で焦ったツバメは殆ど反射的にその声に答えてしまった。
「どうしたの?ドうシた?ど、したノ?どうううううししたたたた?????どし………」
もはや意味を成さない不気味な声が、ツバメの鼓膜を揺らす。
ただただ不快で不気味な異音は、しかししばらくするとピタリと止んだ。
それでツバメは一安心だと胸をなでおろす。
しかし、当然それで終わる筈はない。
カガリの進行方向にソレはいた。
真っ黒な全身は人の形をしている。
浮き出た影のように見えるソレは、しかし顔だけが黒ではない。
真っ白な能面がソレの顔を覆っていた。
「い、きテル?イキ、てル?あたタかい?ア、タかい?」
操り人形のようにカタカタとした動きで、訳の分からない言葉を吐き続けるソレを見てカガリは小さくため息をついた。
「小鳥さん。早速約束を破りましたね。」
少し拗ねたような顔で言うカガリ、それでツバメは思い出した。
カガリ以外の声は無視しろと注意された事に。
しかしすぐに反論する、今のは騙されたような物だったと。
でも、約束を忘れていたのも事実だったので、ごめんなさいとも付け加える。
「まあ、私もあなた様には少し難しい話になるだろうからと思ってしっかり説明をしませんでしたし、今回はお互いに非があったという事にしておきましょう。」
言いながら、カガリは腰に挿してある刀に手を添えた。
「良いですか?アレは死者と言う物です。悔いを抱えて死んだ人間の成れの果てで、基本的には無視をしておけば無害なんです、でも一度アレの声に反応してしまうと助けてもらえるのだと勘違いして襲って来ます。奴らは生者を食べれば生き返れると思っているのであなた様は特に気をつけてくださいね?」
長々と説明を始めるカガリ、そんな事をしている間に目の前の死者の形が変わる。
背から無数の腕が生え、能面の口の部分がバックリと割れた。
鋭い牙が生え揃う口からは獣のような吐息と共に唾液がダラりと地面に落ちる。
見ているだけでも気がおかしくなりそうな怪物は、元々人間だったとはとても思えなかった。
死者の唐突な変貌ぶりに、カガリの説明が耳に入らない程にツバメは慌てる。
そんなツバメの慌てぶりを見てようやくカガリは動き出し、刀を引き抜く。
鞘から現れた淡く輝く緋色の刀身、それをツバメが確認した時には既に死者は消えていた。
いや、正確にはカガリの後ろに移動していた。
いつの間に移動したのだろうとツバメが慌ててカガリに注意をする。
しかしその必要はない。
背後に蠢く死者は、縦に真っ二つに裂けると灰が風にでも吹かれるように、静かに消えた。
カガリは抜いた刀を鞘へ納めると「今後は気をつけるのですよ?」とツバメに一声かけて、何事もなかったかのように歩き始めた。
今の一瞬に何が起きたのか、ただの小さな小鳥には理解出来る筈もなく、ただただ驚く事しか出来なかった。
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