一章 鬼の都

一話:一歩目

石で出来た階段を降り始めてからどれくらいの時間が経っただろうか?

カガリと名乗った子供の頭の上に乗せられたツバメは、変わり映えのしない景色を眺め続けている。

星も月も、太陽も雲も無い真っ黒一色の空、何処か元気がなく、まるで俯いた人のように見える沢山の木々、所々苔生した灰色の階段、それらの景色は降りても降りても変化が伺えず、まるでどこまでも続いてるのではないかと錯覚してしまう程に長い。

しかし当然そんな事はなく、時間を計る手段がないため結局どれくらいの間階段を降り続けていたかは不明だが、しばらくしてようやく終わりが見えて来る。


「さて、ここからがいよいよ旅の始まりな訳ですが」


階段の終わりを知らせるように建てられた赤い鳥居の前でカガリは一度立ち止まると、頭の上のツバメに真剣な面持ちで話しを始める。


「ここより先では、私以外の者に話し掛けられる事があると思います、ですが絶対に答えてはいけません。無視してください。良いですか?」


言葉の意味は当然わかる。

しかし、どうしてそんな事を言われたのかがツバメは理解出来なかった。

そもそも、今の世界で生きている者は自分しかいないと聞いていた筈なのに、いったい誰が話し掛けて来るのだろうか?

そんな疑問が浮かんだけれど、神社の外の世界を早く見てみたかったツバメは、とりあえず首を縦に振った。

そんなツバメを少し微笑ましそうに見て、やれやれと言った風にため息を一つ零すと、カガリは鳥居をくぐった。


鳥居の外、神社の境内から出た事のないツバメにとってそこは未知の世界だった。

別段変わった物はない、朽ち掛けの木製の建物、荒れた田畑、枯れた井戸、所々に建てられた小さな社、どれだけ見渡しても視界に入る物などその程度しかない。

何もない小さな村だ。

それでも世界がまだ正常であった頃ならば、まだ見る物もあっただろう。

しかし今の死んでしまったこの世界では見て楽しい物など何もありはしない。

すっかり変わり果ててしまった村の姿を前に、カガリは何処か悲しそうにその光景を眺める。

そんな物悲しさくらいしかない廃村を、しかしツバメは興味深そうに眺めている。


「何か、面白い物でもあったのですか?」


そんなツバメを不思議に思い、カガリは頭上のツバメに問いかける。

その問いにツバメは頷く、境内から見える世界はとても狭い、ツバメが今まで見ていた世界は日や時間によって色を変える広い空だけだった。

外の世界の話を時たま父や母に聞いた事はあったが、それでも実際に見た事は当然ない。

それ故に、目に入る全ての物が新鮮に感じた。

そしてこれからもっと見た事のない物を見れるのだろうと思うとわくわくした。

カガリにとって今の世界は、何もかもが死に絶えた絶望に塗れた物だったが、このちっぽけな小鳥にとってはどうやら違うようだった。


「ふふ、さて、それではそろそろ行きましょうか。どんな場所に行って見たいですか?何かリクエストはありますか?」


何もない廃村を見て目をキラキラさせるツバメに、カガリは温かい気持ちになり自然と顔がほころぶと、止めていた歩みを再び進めた。

長い長い旅の小さな一歩目は幸先良く始める事が出来たようである。

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