幸ある世界の終わりかた
鳥の音
プロローグ
小さな願い
餌を取りに行った父親が帰って来なかった。
その父親を探しに出た母親も帰って来ない。
しかし、それも仕方のない事なのかもしれない。
だって空が、あんなにも綺麗なんだ。
あんなにも綺麗な空の下を飛んでいたのなら、ちっぽけな自分の事など忘れてしまうだろう。
自分もいつか、あの空を飛べるようになるのだろうか?
未だ風を感じた事のない翼をフルフルと揺すり、一羽のツバメは空に夢を見る。
ツバメにとって空は生きる希望と言えよう。
しかしツバメの希望はある日突然、何の前触れもなく奪われる。
ちっぽけな小鳥には計り知れない高位の存在によって容易く潰えてしまった。
鮮やかな青は何処へやら、眩しい太陽どころか優しく光る月さえも、散りばめられた宝石のようだった星々さえも、突如世界から消失した。
何が起こったのか?
一羽のツバメにはわかるはずもない。
計り知れない喪失感を感じ絶望した。
しかしツバメが巣から落ちたのは、決してその状況に絶望し命を断とうとしたからではない。
広い世界のどこかにまだあの綺麗な空が残っていると思ったから、だからツバメは飛んだのだ。
誤算だったのは飛ぶのは思っていた以上に難しかったと言う事だろう。
小さなツバメの翼は風を感じる事はなく、硬い地に打たれ、た安く折れた。
強い衝撃と体を駆け抜ける激しい痛みに意識が遠のき
◆
東の果ての小さな島国極東、そこにある大きな山の中にボロボロの神社があった。
そんな今にも朽ちそうな神社の社で一羽のツバメは目を覚ます。
あれだけ痛かった体の痛みは消えていた。
折れた翼には何やら白い布が巻かれていて、動かないように固定されている。
ここは何処だろうと首を傾げる。
「おや?起きたのですか?」
声がした。
恐らく外から。
「先程まで死にかけていたのですよ?もう少しゆっくりしていても良いと思います。」
不思議だった。
何を言っているのかわからないのに何を伝えたいのかは理解が出来た。
閉じたドアを開けることが出来ずクチバシでつつく。
コツコツと言う音が何度も響く。
それを聞いて声の主は「まったくもう。」と言いつつもドアを開けてくれた。
「せっかちな方なのですね。あなた様は。」
現れたのは小さな子供。
長い赤毛に切れ長の目、獣のような大きな耳と三つの尾を持つ和装姿の小さな子供。
ツバメは開けられたドアの向こうにいたその人物の姿を見て、人の子供だと認識する。
普通の人には本来ありえない耳と尻尾は、しかしツバメにはそう言う人もいるのだろう程度しか思わなかった。
「おはようございます。体の具合はどうですか?」
翼以外の不調はない。
この子が痛む体を治してくれたのならお礼を言はなければ。
そう思い、しかしツバメはそこで悩む。
この子の言葉はなんとなくわかるけれど、自分の言葉はどう伝えれば良いんだろう?と
しかしそれは無駄な悩みだったようで
「お礼ならば結構です。」
子供はそう返してくる。
どうやらこの人は自分の言葉がわかるようであると、ツバメは瞬時に理解する。
「それで、早速で申し訳ないのですが、あなた様には選択をして貰わなければなりません。」
先程までとは違い、神妙な面持ちになる子供、それに合わせて場の空気が静かになったように感じた。
「あなた様は気付いているでしょうか?、世界が死んでしまった事に。突然こんな事を言われても信じられないかもしれませんが、今この世界で生きている者は、もうあなた様だけになりました。」
驚きはそれ程なかった。
余りにもスケールの大きな話について行けていないだけかも知れないが。
しかし、それならば空が消えてしまった理由に説明が付くから。
だからツバメは静かに子供の話を聞く。
「唯一の生者であるあなた様は選ばなければなりません、この世界で生きるか、それともここで死ぬかを。」
静かに提示された選択肢を聞いて、ツバメは思考した。
世界が死んでしまって、生きているのは自分だけの世界。
そんな所でちっぽけな自分一人が生きて行くなど、ツバメはとても考えられなかった。
だから始めは死を選ぶ事にした。
その方が楽だから
しかし悔いがある事を思い出し、考えは変わる。
生きようと思う。
ツバメはそう伝える。
「今の世界は物騒ですよ?それでも生きたいですか?」
その問いにツバメは頷く。
世界が物騒なのはきっと今に始まった事ではないと。
「頼れる者は誰もいませんよ?あなた様は世界に一人だけです。それでも生きたいですか?」
再びの問い、やはりツバメは頷き返す。
今までずっと一人だったと。
「なぜそこまで生きたいのですか?」
その問いにツバメは答える。
自分は綺麗な場所で生を終えたいんだと。
それは憧れていた空へ羽ばたけなかった自身の一生への、せめてもの抵抗だった。
綺麗な空で生きれないのなら、せめて綺麗な場所を探して、そこで死のう、そうじゃなければ死んでも死に切れないと。
「そうかですか。でも、どうするのですか?今のあなた様は空も飛べません。そんな身体で気に入った死に場なんて探せるのでしょうか?」
その問いには答えられなかった。
ツバメはそこまでは考えていなかったから。
その様子を見て、子供はクスリと笑う。
「なら、私も手伝います。」
予想していなかった言葉にツバメは驚く。
それは悪いと協力を断ろうとする。
しかし子供はそれを無視して社の奥へ入って行く。
決して広くはない室内、その奥には綺麗な装飾の施された刀が祀られており、子供はソレを手に取ると腰にさした。
それからツバメの体をすくい上げると、優しく微笑みながら
「気にしないでください小鳥さん。あなた様の死に場探しの旅を、私も手伝いたいと思ったのです。」
と言って外へ向けて歩き出す。
「この土地の神、カガリの名において誓います。あなた様の最後、私が看取らせていただきます。」
有無を言わさぬ勢いで、神を自称した子供、カガリは神社の外へ一歩踏み出す。
それと同時にぼろぼろだった社はその役目を果たしたかのように崩れ落ちた。
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