悪役ティータイム
東方大山脈域へと続く小道から逸れて、けもの道を辿った森の中腹、少しだけ辺りの開けた広場に一つの大きな木。そこから人影が一つ、縄で縛られぐったりと吊るされる。その木の下ではアリスを誘拐してきた悪党共、フレグランツの3人組がどこから取り出しのかお洒落なティーカップを机の上に広げ、優雅なお茶会を開いていた。その様子を眺めながらアリスはどうしたものかと途方にくれる。何故か自分までそのお茶会に参加させられているその状況に。
「ね、ねぇ…、少し尋ねてもいいかしら…?」
「ん?あぁ、勿論だとも!何か用かな?お嬢さん」
ヴァイゼは優雅に啜っていた紅茶のカップを置くと、ソムニアのあつあつのパンケーキを美味しそうに頬張る口元を布巾で拭ってやる。そしてさも当然かのようにアリスの前にも置かれた、手をつけられていないパンケーキをチラリと眺め、「もしかして、パンケーキは苦手だったかな?」などと言い出す始末だ。アリスはぶんぶんと首を振る。
「あ、そうじゃなくてね。なんで私、こんな風にもてなされてるのかなって…、」
「何故って、そりゃ捕虜は丁重に扱うものだろう?それとも何か、君も あちらの方が趣味だったかな?」
そう言いながらヴァイゼが目線で示した先には木からぶら下がるアリス人形。確かにアリスはそんなふうに縛りあげられて木に吊るされたくはなかったが、アリスをそうしないのなら、何故そんなことをしているのか。理解に苦しむだけだ。だが、ヴァイゼは「もうわかっただろう?」と言わんばかりに話を続ける。
「ま、そんなド変態にはもうこれ以上会いたくはないしね!君がそんな連中ではないことを祈るよ。その手の輩はもう十分だ。それに君をああする事は僕達には余り意味がない。それよりも良かったらそのパンケーキの感想をくれないか?割と自信作なんだ」
アリスは進められるがまま、躊躇いがちにそのパンケーキを口にする。小さく切り分けたパンケーキにアイスをのせて一口。優しい甘さの中でふわりと爽やかな酸味が広がる。最後には添えられたアイスがほろりとくずれ、冷たさが心地よい。
「わっ!美味しい!」
「そうか、それは良かった。このパンケーキにはシリチア産のレモンとバレシンアのオレンジを皮ごとすりおろし生地に混ぜてある。勿論ハチミツにも果汁を混ぜ弱火で煮詰め味を整えることで甘さを抑え目にしつつ、アイスには味が単調にならないようにパイナップルとりんごを…」
「って、待って待って!そうじゃなくて…!」
ハッと我に返ったアリスはペラペラと得意気に語り出すヴァイゼを制して脱線した話を戻そうとする。
「なんで私を拐ったのかってことよ。まさか私をもてなしたいから拐いましたってわけじゃないでしょ…?」
「あぁ、もちろんだとも!君は大事な捕虜で、交渉材料さ。僕達の目的は花の魔術師の魔法だからね」
「っ!あなた達マリーに何をするつもり?!」
コクリと、警戒するアリスをさらり受け流すさように、ティーカップを傾けヴァイゼは薄ら笑いを浮かべる。
「いやぁ、なにも。」
頬杖をついてヴァイゼはアリスに向き直る。もう片方の手ではゆっくりと紅茶を飲み干し、カップをゆらゆらと揺らしていた。
「僕達は彼女自身には興味ない。彼女の魔法が必要なのだ。くふふ…。奪うわけでもないし悪用するつもりすらない。ちょっと力を借してもらいたいだけさ。」
ヴァイゼはそこでゆっくりとした間を置く。アリスが口を挟めるような間を。
「でもそれはマリーの嫌がること…、」
「そう、彼女はそうは望まない。僕達が世界を征服することを望まないのさ。そして僕らはこの世界を統べる上で彼女の魔法が欲しい。」
ゆらりゆらりとカップが揺れる。
「ふふ、これは僕と彼女の世界の命運をかけた争いなのさ!ハハハ!世界は!今!この!僕の手に!握られているのさ!!」
「いや、そんな大層なものじゃなくてただのストーカーと被害者でしょ。」
呆れたようなツッコミにアリスが振り向くとマリーとレーシー、ギルとカルーが並んでいた。
「マリー!!なんでここがわかっ…、あぁ…」
アリスはそう問いかけようとして、マリーが無言で指さした木から吊るされたアリス人形に気付いて納得する。あれは目立つ。まるで罠か何かを用意して誘き出すかのようなそんなような…
「おい、花の魔術師。コイツにパンケーキを食べさせてやったんだ、貸し一つだ。ってことで花の魔法を貸せ。」
…ものでもなかった。どちらと言うと罠よりも詐欺や言いがかりに遭ったというべきか…、クレーマーと従業員…
「いやよ。あんたらアリス拐って迷惑かけてそれでチャラね!」
「ふっ!花の魔術師、今、これでチャラと言ったな!だが甘い!ちゃんとお前達の分も用意してある!これならばチャラ以上だろう!!」
ビシリとヴァイゼはポーズを決めてドヤ顔をする。まるで勝ち誇ったかのような、負けた気がしていなくてもイラッとするドヤ顔だ。
「あー、じゃあそれはさっき襲ってきたのとチャラで。」
「ぬぅ?ならば、紅茶を添えて…、ん、何?何か用、ソムニア?」
まだ恩を押し売ろうと策を巡らすヴァイゼの裾をくいくいとソムニアが引っ張っていた。
「ヴァイゼ、失策。あれ、気付いてない。うぃるびー、ばっどえんど。ううん、もっと悪い。わーすとえんど。この世界ぶっ壊すしかなくなる?」
つとつととソムニアがそんなことを指摘するとヴァイゼはふざけた雰囲気を収めて、ソムニアの言うあれとやらに意識を向ける。
「あぁ、確かにこれは不味い…、って、んん?待って!え?あれぇ?!君オオカミじゃないかっ!ちょちょちょ、それは聞いてないっ!」
「ヴァイゼ遅い。オオカミいこーる食べるヤツ。そして食べられるのが羊。今パンケーキ食べたから丸々太って食べ頃。ソムニア、ちょーぴんち。とーそー一択。行くよ!ゴーレム召喚」
ソムニアがそんなことを言ってバッと手を上げると、地面に紫色の円陣が薄く輝き、回り始める。魔法陣。螺旋は混じり交わり歯車のように蠢き、そこへゴーレムが姿を現す。そばの茂みから。魔法陣からではなくて。
「ふっふーん!驚いたかー!これが召喚と転移を同時に行う『秘術・そばの茂みから見知らぬゴーレムが!』だぞー!」
満面の笑みで胸を張るソムニアを見知らぬゴーレム、大柄な男性くらいのサイズのゴーレムがフレグランツの三人組を担ぎ上げるとスタコラと逃げていく。余りに斜め上の不意打ちにアリス達はただ呆然としていると、遠ざかっていくヴァイゼがラッパのような魔具でがなるように叫んでいた。
「あー、あー、テステス。マイクのテスト中。あー、そこな人質の小娘!貴様に一つ忠告だ。いいか、困った時は灯りを灯せ。星は読むな、奴らは気まぐれにすぎる。繰り返す!灯りだ!灯りを灯せ!覚えておきたまえ!ではさらばだっ!!」
最後には「さらばだ〜、さらばだ〜、さらばだー…」と山彦のように響く。恐らく山彦ではなく自分で繰り返しているのだろうが。
「また逃げられた…、ほんと逃げ足の早い奴ら…、、、」
マリーがため息をつく。
「ところでアリス、あいつらと何話してたの?とりあえず、最後の忠告とやらだけは胸に留めておきな。あんなふざけた奴らだけど誰かの不幸を望むような奴らじゃないわ。」
そしてマリーの意外な最後の言葉にアリスは思わず首を傾げてしまった。
「それにあいつらムカつくけど超一流の魔術師だしね…、」さ
不思議の旅の夢語 ~フシギノ タビノ ユメガタリ~ 赤田 沙奈 @akasatan1204
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