世界と地図と
人々や動物達は夜の明けた新しい大地で新たな生活を始め、幸せに暮らしたのでした。」
マザーグースはその絵本の物語をそう締め括ると、静かにその絵本を閉じたのでした。それはマザーグースがアリスという女の子の次の物語の重要人物で、その目的でもある『シューレン・ニクマーヴェル』という人について私に教えてくれるために読んだ絵本でした。シンドバッドの冒険やアーサー王伝説みたいな数々の冒険をした中の1つの話で、その中でも一番有名な話らしいのです。
「人々の心に希望を与えるのがシューレンの、人々をその希望へと導くのがテルの役割よ。」
マザーグースはそう付け加えると、空になっていた私のマグカップにポットから温かな飲み物を注いでくれました。中身はいつの間にか蜂蜜ドリンクから変わってココアになっていて、気付けばテーブルの上のお皿に山盛りに盛られていたクッキーやビスケットととても合いそうでした。マザーグースは優しく私に微笑んで「どうぞ」と勧めてくれます。私はクッキーを1つとって一口齧るとバターの深み芳ばしさが口に広がり、ココアの濃厚な甘さとの素晴らしいハーモニーを作り出していました。私はそれらに舌鼓を打ちながら、マザーグースのお話で気になっていたことを聞きました。
「ねぇ、マザーグース。あなたのお話に出てきた『世界の継ぎ目』や『別の地図の国』ってのがイマイチぴんとこなかっとのだけど、詳しく教えてくれないかしら。」
私がそう尋ねると、マザーグースは「そうね」と少し困ったように考えました。
「アリスの住む世界は、あなたの世界と文字通り違う世界だから、説明がしにくいものなのよ。
うーん、沢山の地図に穴をあけたりしては繋げてを繰り返して、まるでアリの巣のような世界とでも言えばいいのかしら…?」
それからマザーグースは「どこにあったかしら」と言いながら本棚やその隣の本や紙が高く積まれた机をガサガサと探し始めました。そして見つけ出して来たのは本というには歪な、分厚いカバーにはさまれた紙の束でした。それらの、地図の書かれた紙には所々、糸が結ばれ別の地図へ繋がれていました。マザーグースはその中から一枚の地図を絡まった糸を解きながら取り出しました。その地図の端にはレオニス境域とメモ書きがされていて、マザーグースは「今アリス達がいるのはここね。」とその中に書かれた街スクイーズを指さします。
「そしてこれがここまでアリス達が歩いて来た道。」
と、地図をなぞります。ですが、直ぐに地図は切れていて道の先には糸が繋がれていました。そしてその糸の先の地図には「東方境域」と書かれ、マザーグースが辿った先にはフルースという小さな村がありました。
「ここがアリスの故郷で、物語の最初の村よ。こんな感じで道がちゃんと一枚の地図では書けないような感じで繋がってるの。例えばほらっ、これからアリス達の行く東方大山脈は…、」
マザーグースは再びスクイーズの街を指さすと、そこからテール川と書かれた川の川沿いの道を上流へと辿っていきます。そしてすぐに地図の切れ目へと行き着いて、再び糸を手繰ります。そして繋がれた先はまた東方境域の地図でしたが、行き着いた道はアリスの村から長く連なる山脈の向こうの森へと繋がり、スクイーズの街の地図の歩いた距離とは比べ物にならない程離れていたのです。
「おんなじ地図には書けないから…、」
「『別の地図の国』。そしてその境目が『世界の継ぎ目』ってわけ。」
マザーグースが私の言葉を引き継いでまとめてくれました。私は納得したような、でも全く想像できない世界に想いを馳せます。それはヘンテコでトンチキな世界なのですから疑問は尽きません。
「ねぇ、マザーグース。もしこの間の森を抜けて行けばどこに着くのかしら。」
私はアリスが来た道と、そしてこれから行くテール川沿いの道の間に広がる森を指して聞きます。
「そうね、この森を抜けた人なんていないから分からないけれど、世界の端を目指した人は沢山いたわ。たまに全く予期していなかった世界への道を通り抜けていく人も多くいたけど、殆どの場合は夜が待ってるって言われてるわね。」
「え?夜…??それはシューレン達が抜けたという『夜』かしら…??」
思わぬ単語が続いたマザーグースの言葉に私は思わず聞き返してしまいました。マザーグースはそれに「ふふ。」と少しだけ勿体ぶったように付け加えてくれます。
「全く同じってものではないけれど、似たようなものではあるかもしれないわね…?そうね、その『夜』は『大いなる冬』と呼ぶところもあるらしいわ。」
マザーグースはそう言いながらゆっくりと熱々のココアを啜ります。私はその『大いなる冬』という言葉をどこかで聞いたことがあるような気がして…、
「大いなる冬、大いなる冬…、あ!もしかして、『夜』は世界の終わりなのではないかしら!だから、ええそうよ!シューレン達の世界を襲ったのは『
興奮して思わず立ち上がってしまった私はバンッと机に手をついてマザーグースに詰め寄ってしまいました。マザーグースは優しく私に落ち着くよう促すとまた柔らか笑みを浮かべて謎めいた言葉をくれます。
「大分惜しいわね。でも、似てはいるけど同じではなかったのよね…。世界は凄く単純に複雑な絡み方をしてるの。」
私はまだマザーグースの意味するところがよくわからなくって、首を傾げます。
でもそれなら、だって、私は ─
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