夜の街と白い月


日も暮れて夜が訪れるとスクイーズの街の街灯に魔法の火が灯ると、ある炎は蝶となって街に飛び立ち、また別の小人のような炎は街灯から抜け出して道路で踊っていた。街灯から次々に様々な炎が生まれては街を照らした。そんな街灯の一つの下、とある酒場の前が物語の旅仲間テイル・メイツの今夜の夕飯のための待ち合わせ場所になっていた。アリス達がエルジェード達と共にそこへ着いた時には、3人の子供が傍で踊る街灯の火の小人を捕まえようとして遊んでいるのを見守りながらミルマとソフィが待っていた。ミルマはアリス達を見つけると手を振って合図をしてくる。


「あれー?アリスじゃん!久しぶりね!!

って怪我でもしたの?見せてみな!」


ミルマはラルチェットに背負われたアリスに自分の座っていたベンチを譲ると、足の怪我の様子をチラッと見て、しかめっ面を作る。


「むーん、これは、酷い怪我ね…、、、こういう時は…!ちちんぷいぷいの痛いの痛いの飛んでけっ!!」


ミルマは大袈裟な身振りでアリスの怪我をどこかへと放り飛ばす。


「もうっ!ミルマさん、子供扱いしないでくださいよ。」


おどけた表情で笑うミルマにアリスはちょっとだけ頬を膨らませて抗議する。それにミルマは


「いやー、これをしないと効きが弱くなるからね!ほら、エルジェードにも!痛いの痛いの飛んでけ〜!」


と冗談で誤魔化す。もちろんふざけてはいるがミルマの治癒魔法はしっかり効いていた。アリスがミルマとそんなやり取りをしていると、そんな様子を伺っていたミルマの連れていた子供の内の1人、ハーフエルフの男の子がアリスを指さしてギルに質問する。


「なぁ、ギル。コイツ誰?もしかしてギルがしてきて捕まえた女?」


「なっ!シルク、てめぇ!どこでそんな事覚えて、あっ、ダンさんか…。兎に角!おれをダンさん達と一緒にすんなって!!」


そう言ってギルはハーフエルフの男の子、シルクのほっぺをつねって叱る。そこにミルマが笑いながら説明を加える。


「アリスっていうのよ。昔旅団で一緒に旅をしてた人の子供で、この辺に住んでるの。ほら、挨拶なさい、シルク。」


そう言ってアリスの前に3人の子供が並べられておずおずとそれぞれ自己紹介をしていく。シルキーとのハーフエルフの男の子シルクに、猫の獣人の女の子デンク、最後に鬼の半妖の女の子ルーラだ。他の2人よりも少し幼いデンクはアリスにちょこちょこっと近寄るとクンクンと匂いを嗅ぐ。


「あ、お母さんの匂いだ…、」


デンクはそんなことをポソリと言うと、アリスの膝の上にスルりと上がり丸くなって目を閉じる。そんな我が娘にラルチェットは


「お母さんここにいるんだけどにゃー…」


と苦笑いするしかなかった。一方、シルクはまだ聞きたいことがあったようでギルの袖を再びくいくいっと引っ張る。


「なぁ、やっぱギルはダンとは違うのか?」


「ん?あぁ、そうだ。あんな大人と…」


「じゃあやっぱダンの言ってた通りギルはって奴なんだな!」


「うぉいっ!」


何も知らない子供らしい無邪気な笑顔で笑うシルクにギルが猛抗議する。


「おい、待て!!違ぇからなっ!?あっちが節操無しなだけで、おれはヘタレじゃないからなっ?!ダンさんめ、子供になんてこと教えてやがるっ!!」


その様子にシルクは納得してたのかギルの勢いに押されたのか、とりあえず難しそうに頷いていた。


「ふーん。ギルが貰えなかったのはヘタレだからじゃないんだな…!」


純真なシルクから口から放たれた言葉に、だが今度はギルではなくミルマが反応する。


「ん?待ちなさい、シルク。お父さんが今日何をしてるって…?!」


貼り付けたような凍った笑みでミルマがシルクを問いただす。そこへ丁度ダンとルシウスと共にやって来たガーゼフが、しまったと顔をするが運がなかったというか時既に遅しと言う奴だ。もう、シルクの口から


「父ちゃんなら、ダン達に「ナンパに行こうぜ!」って連れてかれたよ」


と暴露をされてしまった後だった。その後、ガーゼフが壁にめり込んでた理由は言うまでもないだろう。

それからぼちぼちと旅団のメンバーが集まって来た頃、通りの向こうに旅人風の、そして東方の、異国情緒溢れるマントに身を包んだ2人の男女が姿を現す。まだ歳の若く見える青年と同じ年頃であろう白狐の獣人の女性、旅団の団長とその伴侶シルだ。彼らにアリスが気付いて手を振ると2人も気付いて、手を振り返し、、、そして一瞬の間の後、困ったかのような表情を浮かべたシルは団長の首根っこを掴むとサッと脇の路地へと姿を消してしまった。それから少ししてシル1人だけが戻ってきて何食わぬ顔で他の旅団のメンバー達と合流する。


「あ、あのシルさん、、、団長さんは…?」


突如消えた団長についてアリスがシルへおずおずと尋ねると、シルはなんでもないように答える。


「あの人は、えっとね、、、。お腹壊したのよ。いまさっきそこの路地裏で拾い食いしたの。」


シルの明らかな嘘にアリスが困惑するが、シルはアリスに「ちょっとね、秘密なの…!」と小さく囁きかけると、


「さ、お店入っちゃいましょ!ご飯よ、ご飯!」


と白く長い髪を舞わせ、軽くて優雅な足取りで酒場へ入っていく。そしてサッと店内を見渡すとアリス達に手招きして呼び寄せて、空いていた4人席に座らせそこへ自分も座る。


「あ!シルさんずるいにゃ〜!ウチもアリスと話したいにゃー!」


そんな事を言いながらラルチェットもその中に混ざろうとするが、シルが首を振って止める。


「だーめ。今日は私がアリスを独り占めするの。それにちょっとがあるしね、また今度で我慢してくれないかしら?」


と、シルがそんな含みのある言い方をしてラルチェットを嗜める。ラルチェットも「あー、またのなんかなのかにゃー?」と言うと、渋々と言った感じで他の旅団達との輪に戻って席につく。そして銘々に料理を注文し、賑やかな食事を始める。そしてアリス達の机にもシルが店員にまとめて注文してくれた料理が運ばれてくる。アリス達は皆で「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。それからシルは楽しそうにアリス達と話を始める。


「ね!アリスは今旅に出てすぐってとこかしら。マリーちゃんは旅に慣れてそうだけど、長いの?」


シルがマリーにそんな事を聞くと、マリーはこくりと頷く。


「ええ、故郷を出たの大分昔。でもその後しばらく野山で魔法の修行をしてたわ。だから旅自体はそんなに長くはないです。」


シルさんはニコニコとマリーの話を聴きながら頷いて次は「レーシーちゃんはどうかな?」と話題を振る。シルに聞かれたレーシーは水を飲んで口の中の料理を飲み込むと、まだちょっと緊張したような感じで答える。


「え、えっと、レーシーはまだ村を出てすぐのとこですで…、」


それからシルはアリス、レーシー、マリーの3人の話に時折質問をしたりしながら耳を傾けていた。それはマリーの今までに行った街の話に、アリスの行ってみたい場所、或いはレーシーの好きなものであったりと他愛もないものばかりだった。そうして色々と話しているうちに、アリスはシルへ思い出したように聞いた。


「ねぇ、シルさん。そう言えば大事な話があるって言ってましたけど、それって…、」


アリスがそう聞くと、シルはいつもの様に笑いながら不思議な答えを返す。


「ふふ、こうやって3が大事なのよ。」


と、そう言って微笑んで、言葉を続ける。


「あとはね、こっちもなんだけど、やっぱりそうね…、あれがあるとアリスだけじゃ大変になるだろうし…、」


とそう言いながらシルは酒場の中を見渡す。酒場の中ではいつの間にか旅団の何人かが他の客と意気投合し、宴会のような盛り上がりになっていた。そしてその中から、他の客と一緒に酔い潰れるまでお酒を飲んでいたダンを介抱する羽目になっていたギルを見つけるとカルーと一緒に2人を呼ぶ。急にシルに呼ばれて不思議そうにやってきたギルとカルーにシルは少しだけ勿体ぶったように微笑む。


「あなた達、明日の朝早く、だいたい日の出の前くらいね!この街を出発しなさい。目的地はえっとそうね…、これは東の継ぎ目の峠の…、越えた先か…、うん。東方大山脈の麓の森の辺りかしらね。」


と、そんな前置きをしながらシルはアリス達5人に改めて向き直ると言った。



「そこへ『シューレン・ニクマーヴェル』を探しに行きなさい。」

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