匂いの先に
日が傾き始めてきたスクイーズの近郊の森に、甘い香りが満ちていた。ホワイトハーブの甘い香りだ。もちろんさっきアリス達が採ってきたものである。少しだけ袋から取り出したホワイトハーブをカルーが両手で包むと手に魔法を込めて蒸らしてやる。それにマリーが花の魔法をかけてその香りに立ち込めさせたのだ。
「はぁー、しんどぉー。流石にもう限界や、堪忍なー。」
黙々と作業をしていたカルーが大きく息を吐く。そこへアリスが労いの言葉をかける。
「ありがとカルーちゃん。流石にこれだけやればきっと大丈夫だよ!」
アリスが提案した作戦は単純なものだった。それはホワイトハーブの香りを拡散させて気付いて貰うと言うだけのことだ。
「これであとは私達がこれをやったって気付いて貰えればいいんだけど…」
「あぁ、エルジェードさんがいれば気付いてくれるだろうが、シーニャ姉とラル姉だけだったらマズいよな…、」
「ギル…、それ以上言うのはやめとき…、」
アリスの言葉を引き継いだギルに、カルーは一応の注意を促すが伏せ目がちだったのは言うまでもない。ラルチェットがホワイトハーブの匂いに気付いた所で「んー!いい匂い!リラックスするにゃ〜!こんなの集めてるギル達はきっとだらけきってるに違いないにゃ!これは帰ったらお説教にゃ!」とか言われのない罪を着せてきて終わりなだけなのは想像に難くなかった。そんなラルチェットやシーニャの性格を知るギル、カルー、アリスの3人が暗い表情を見てマリーとレーシーも苦笑するしかなかった。そんな暗く、でもちょっと緩んだ空気もギルの鼻がピクンと動くとすぐどこかに行ってしまった。
「血だ。また血の匂いがする…!おい、しかもこっちに来るぞ!どうするっ?!」
ギルの静かで、それでいて緊迫した声に一同身構えるが、それでもとれるのは息を潜めているだけだった。それからすぐにアリスの耳にもガサガサと地面を歩く音が聞こえてくる程に近付いてきて、そしてピタッと一度足を止めるとこちらに気付いたのか一気にガサササッと接近してくる。もうダメかと思ったその瞬間、茂みの下からネズミとその背中にしがみついた妖精の可愛らしい2つの顔が覗く。
「ぷはっ!あ!要救助者発見です!ポッタ殿!」
「ポッタ!!ペッカ!!」
背中には小妖精のポッタが乗っているのに気にもせず立ち上がって直立して敬礼するのは喋るネズミのペッカ。そしてペッカの背中からコロリと転げ落ちたポッタもすぐ立ち上がって敬礼する。そんな見知った可愛い1人と1匹に思わず安堵の息を漏らす。
「これはお手柄ですぞ、ペッカ殿!すぐにエルジェード殿に報告するであります!」
ポッタはそんなことを言うと腰の辺りから小さなトランペットを取り出しプープーと力一杯吹く。そしてすぐに茂みの向こうから現れたシーニャにひょいっとトランペットを取り上げられてしまう。
「おいっ!森で騒がしくしない!獲物が逃げるし、猛獣に場所がバレるでしょ!」
シーニャにおでこをピンと弾かれたポッタは空中をコロコロと転がると、おでこを抑えてぷるぷると涙目になってしまう。
「あれ?アリス、足を怪我したのかにゃー?シーニャ、これお願いにゃ!」
遅れてエルジェードと共に姿を現したラルチェットはアリスの怪我に気付いて、シーニャにポイッと薄汚れた毛皮のようなものを投げて渡すとひょいっとアリスをおんぶする。
「あ!ズリーぞ、ラル姉!ジャンケンで負けた癖に!」
「まあまあそう言うなにゃ。それともシーニャがアリスをおんぶするかにゃ?」
なんとも嫌そうに毛皮をひょいっと指で摘み上げるシーニャをラルチェットがケラケラとなだめる。その汚れた何か気になりアリスはラルチェットに訊ねる。
「えっとアレは何…、ラルチェットさん?」
「あー、あれは匂い消しにゃ。山の主は警戒心が強いからにゃ、その仲間の毛皮の匂いでうちらの匂いを隠してるんだにゃ。」
そう言うラルチェットの言葉にギルが鼻を摘みながらシーニャの持つ毛皮を嫌そうに眺める。
「あー、なるほどな。それでラル姉達の匂いにも気付けなかったのか。…くせっ、」
余りの匂いにギルは思わず悪態をついてしまう。それをシーニャが聞き逃す筈もなく
「あっ?!今あんた臭ぇっていったな、ギル?!ってかあんたが持ちなよ、助けてやったんだからさ!」
とギルの顔面に毛皮を投げつける。ギルは急に飛んできた毛皮を避けきれずにその匂いを思いっきり嗅いでしまい咽せこむ。このまま放置すれば喧嘩でも始めそうな2人をエルジェードが仲裁する。
「二人共、その辺に。それよりもそろそろではないか?」
エルジェードのそんな言葉にアリスが首を傾げると森の向こうからズシンと大地が揺れる音がする。
「なんせその毛皮はこちらの匂いを消すだけじゃなくて、仲間の匂いで奴を誘き寄せるためにも使っているのだからね。」
そうして木々を押し倒しながら姿を現したのは山の主だ。その姿を確認するや否やシーニャが飛びかかる。
「っしゃあああ!私が貰ったああ!!」
襲いかかるシーニャとそれを迎え撃つように雄叫びを上げて突進する山の主。戦いを始めるシーニャにアリスをおんぶしているせいで愛銃を取り出せなくて、参戦出来ないラルチェットが抗議の声を上げる。
「あぁ!ズルいにゃ!ウチもやる、にゃ…?」
だが、山の主に飛びかかったシーニャを追い越すように黄色い影が駆け抜け、振り抜いた白銀の一閃で山の主の突進を真正面から受け止める。大気が痺れるような中、すぐさまその影は返す刀で山の主を大きく押し返す。
「あっ、ヤッバいにゃ。エルジェードの奴ぶちギレモードにゃ…、」
そう、シーニャを追い越して山の主へと斬りかかって行ったのはエルジェードだった。
「おい…。
静かに怒気を孕んだ声でそう言うとエルジェードは刀を一度鞘に収めて、構えをとる。居合切り。エルジェードから放たれる威圧感に負けぬよう山の主は再度咆哮し体当たりをしかけるが、一閃。目にも止まらぬ速さで振り抜かれた太刀筋は空中にその影を残し、山の主を大きく仰け反らざる。追撃を止めぬエルジェードは一瞬で間合いを詰め山の主の下に潜り込むと喉の辺りを思いっきり蹴りあげる。物凄い音と共に山の主の身体は垂直に浮き上がる。そして宙を舞う山の主にエルジェードは飛びかかり刀を突き立て心臓を貫くとそのまま仰向けに地面へ押し倒す。地響きと共に倒れ込んだ山の主の上でエルジェードは刀を大きく捻り山の主の身体の中を切り裂いてトドメを刺す。エルジェードは山の主から刀を抜き取って血を拭って鞘に収めるといつもの柔らかな表情へと戻る。
「さ、街へ帰ろうか…!」
ただそんな事を言われてもその刹那の早業の直後には皆ゴクリと唾を飲むことしかできない。
それは所謂、瞬殺というやつに他ならなかった。
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