不穏な臭い


血の臭いを嗅ぎつけたギルは辺りに警戒しつつ慎重に臭いの元を辿っていく。そして草木を掻き分け進んだ茂みの向こうで1頭の猪が血を流して倒れてるのを見つけた。ギルがそっと近付き様子を伺う。


「息は…もうねぇか。だがまだ温かい。ついさっきここまで逃げてきて力尽きたって感じか…、」


「ほなら、別の獣にやられてもーて逃げてきたんか、ギル?」


カルーが不安気に聞くとギルが首を振る。


「いいや、違うな。見ろよ、銃創だ…。獣じゃなくて人にやられ…、っておい…!これ!ラル姉の土の魔弾じゃねえのか?!コイツを襲ったのはラル姉達か!狩りかなんかで討ち漏らしでもしたか?けど、この本気の魔弾でラル姉が急所を外してやがるなんて…!どういう…、」


ガサリ。


茂みの向こうからギルの言葉を遮るようにして大きな音がする。ビクリとして音のした方へ視線を向けるとそこには山のような巨体が姿を現した。山の主。巨大な魔猪だ。その太い足が地面を踏みしめるとズシンと大地が揺れるようだった。


「ブォオオオオオ!!!」


傷を負い恐らく戦闘から逃げてきたのであろう山の主は鼻息荒く興奮状態でいきなり雄叫びをあげて臨戦態勢に入ってしまう。


「まずい!逃げろぉっ!!」


ギルの掛け声でアリス達5人は駆け出す。山の主は再び恐ろしい雄叫びを上げると逃げるアリス達を追いかけ木々を薙ぎ倒しながら迫る。


「わ、わぁっ!!」


「きゃっ!!」


慌てて逃げていたために木の根につまづいたレーシーが転んでしまい、その手を引いていたアリスまで足をもつれさせ転ぶ。


「ったく!何をしてんのよ、バカ。」


それを見たマリーがすかさず転んでしまったアリス達を庇うように山の主の前に踊り出ると、地面にその杖を突き刺す。すると突き刺した地面からみるみる内に大木が生え、山の主の突進をズンと受け止める。ぐらりと揺れた大木はそのまま傾き、山の主が牙を振るうように体当たりをすると根こそぎ倒されてしまう。だがマリーはすぐにバリケードのように木を生やすと共に、蔦のようなもので山の主の拘束を試みる。


「私が少しだけなら時間を稼ぐからアリス達は逃げて…!」


マリーはそう叫ぶと山の主を別の方向に誘導するように駆け出す。マリーが心配ではあったが、マリーを信じてアリスは今は逃げようとする。が、立ち上がろうとした瞬間、足に激しい痛みが走る。


「いたっ!」


あまりの痛みに倒れてしまうアリスにギルが駆け寄る。


「くっ、捻挫かっ?!仕方ねぇ、肩を貸すから、走れ…!おい、カルー!『狐火』だ!」


「了解や!」


ギルの指示にカルーが頷くと指で狐のような形を作り目を閉じて集中する。そしてパッと手を開くとその指先からいくつもの炎が揺らめき飛び散ると、空気に溶け込むようにして辺りには薄靄もやが立ち込めて周りの視界を奪う。するとアリスの横にふわりと花が舞ってマリーが姿を現す。


「あら、あなたいい魔法持ってるじゃない!さ、行くわよアリス。」


そう言ってマリーはアリスに肩を貸して、ギルと2人でアリスを支えながらその場から離れる。




それから程なく、茂みに覆われた場所を見つけるとそこに姿を隠しアリスの応急処置をした。


「はぁ。魔女鍋でポーションでも買っておけば良かったわ。ま、今はこれで我慢しなさい!」


マリーはそう言うとホワイトハーブと一緒に採取していた薬草を使い、その効能を魔法で高めて治療する。するとアリスの痛みはスっと引いていき、布で足が動かないように縛って固定した。


「さてと、どうするかね…、」


ギルが辺りの臭いに警戒しつつ深くため息をつく。ここまで逃げてくる間に霧の魔法を使い続けたカルーと山の主相手に時間稼ぎをしてみせたマリーの2人も激しく消耗していて、怪我をしたアリスを連れて街まで逃げるのは難しそうだった。


「ごめんね、皆…、私が捻挫なんかしなければ…、」


「アリスは悪くないです…、全部レーシーがあそこで転んじゃったせいなのです…。うぅ、アリス、ごめんなさいです…」


アリスの怪我を心配そうにしながら、落ち込んだ様子のレーシーが謝る。そんな様子にギルが特に気にした風でもなく励ます。


「起きちまったもんはもう仕方ねぇよ。それよりもこれからのことだ。恐らくアイツは山の主で間違いねぇだろうな。最近街の方でも被害が大きくなってたから討伐隊が結成されたんだろう。」


ギルの言葉にカルーが相槌を打つ。


「せやせや、ラル姉もそないなこと言うとったなぁ。ほな、その討伐隊にラル姉もおるんちゃうん?」


「きっとシーニャ姉も一緒か。あとはエルジェードさんがお目付け役で参加ってとこだろうな。恐らくあっちでも山の主を追ってるだろうし、カカラさんかオヤジがいればこっちにも気付いてくれそうなもんだが…。ま、いねぇだろうな…」


またギルが「はぁ」とため息をつく。


「うぅ、もしかして助けが来ないですか…?」


怯えた様子でレーシーが訊ねるがマリーは小さく首を振るだけだった。


「あんまり助けも望めないかもね。そもそも私達がここにいるってのも知らないかもな訳だし。」


「あっ、せやなぁ…、ラル姉ならうちらがこの山に来とるのは知っとるやろうけど、巻き込まれとるなんて分からんやろしなぁ…。」


身動きが取れず助けが来る可能性も見込めない状況に思わず全員下を向いてしまう。だけど、そこへアリスがおずおずと手を上げる。




「あ、あのさ。山の主に見つからないように私たちがここにいるって分かって貰えればいいんだよね?

それなら私にちょっとアイデアがあるんだけど…!」

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