花々の香る森


西の入口でアリス達を待っていた依頼主はどことなく異国情緒のある旅人風の不思議な2人組だった。二人共厚手の白いマントに首元には緩くターバンが巻いている。まるで砂漠越えでもするかのような装備だ。そして服装の細部に凝らされた装飾や彼らの腕輪に首飾りなどの装身具は明らかに高価なもので、ただの商人やら旅人じゃないのは一目瞭然だった。むしろそこらの貴族でもこれらのものを揃えられるか危ういくらいだろう。例えるなら自由奔放なとその忠実なといった具合だろうか。そして何よりも話しかけてきた方の男の ─ もう1人の、指に小鳥を止まらせて優しい笑みを浮かべている男はさほど不自然ではないのだが ─ 自由気ままというかその適当さ加減がより一層胡散臭さというか不安を掻き立てるのである。


「やぁ、嬉しいなぁ!こんなやる気に満ち溢れた若者が来てくれるだなんて報酬は弾むとしようか!そうだね、6,000アスってしてたけど、それじゃ皆で分け合うのも大変だし、それぞれ皆に3,000アスずつあげることにしよう!」


いきなりそんなことを言い出す依頼主にギルが怪訝な表情を浮かべる。


「おいどう言うこった。只でさて6,000アスなんて良い条件なのにいきなり倍だなんてな、怪しすぎだぜ、お宅ら。」


ギルは明らかに疑ってかかっているというのに依頼主はそんなこと気にした風でもない。


「そんなこと気にしなくていいのさ!金持ちの道楽だとでも思って貰っちゃえばいいんだよ!あぁ!そうだね、ボクらが報酬を踏み倒すとかを疑ってるのかい?なら先払いでも構わないよっ!ほらっ、どうかな?」


そんなことまで言い始める依頼主に当然と言えば当然だが、ギルの表情は更に疑いを深める。だが依頼主はギルのそんな様子に本当に気付いてないのか気付いていて無視しているのか、懐からお金の入った袋を取り出すとギルとアリスにそれぞれ押し付けるようにして渡す。もちろん中身を確認すると本当に皆の袋の中には3,000アスが入れられていた。


「うーん、どうも偽物ってこともなさそうやな〜。」


カルーが袋から金貨を1つ取り出して空に掲げて確認してみるがおかしな所もなかったようだ。それを聞いてギルが更に訝しげな表情になる。だが依頼主はそのマイペースを崩さずに続ける。


「ね!何も疑わしいことなんてないでしょ!この袋に半分くらいのハーブがあれば大丈夫だからさ!とってきてよ!もちろんもっと沢山あれば嬉しいけどっ!お使いくらいの気楽さでどうか一つ頼むよ!ほら、そうと決まれば、善は急げって言うじゃないか!ささ、」


依頼主の男はそう言うとギルの胸に押し付けるようにして採取用の袋を渡すと、背中を押して門の外まで誘導する。怪しさこそ溢れていたけれど断る理由も見つからず、アリス達はされるがままにそのまま依頼主に送りだされてしまった。




依頼主がアリス達を送り出すと傍で静かにそのやり取りを眺めていただけのもう一人の男が訊ねる。


「さてと、我が友よ。そろそろ教えてはくれまいか。君が交渉なんかすれば胡散臭く思われるのはわかっていたことだろう。何が目的だったのかい?彼等がだろう?」


そう聞かれた男は顎に手を当てて考える。


「うーん、正確には彼女が、かな?あとはなんて言うか、君を交渉させたくなかったというよりは、交渉しては意味がなさそうだったからね!」


「あぁ、さては君、ね?差し詰め、作られた者の気配ぼくと同じ気配とかかな?」


「その感じじゃあ、やっぱり君でもんだね?いやぁ、危なかったよ!ま、それよりこの話はこの辺にして、歌でも歌って彼等が戻ってくるのを待ってようじゃないか、エンキドゥ!」


「あぁなんだろうね。いいよ、君に付き合おう、ギルガメッシュ。」


もちろんその後、横笛を奏でるエンキドゥの隣で自由気ままに歌うギルガメッシュが道行く人々から奇異の目で見られたのは言うまでもない。



その頃一方、ホワイトハーブの採取に向かっていたアリス達は森の中に入るとギルの鼻を頼りにホワイトハーブを探し始めていた。そしてホワイトハーブが生えている辺りに来てしまえばマリーが他の植物と見分けてくれて簡単に集めることができた。アリスはマリーが教えてくれたホワイトハーブを摘んでいると、辺りを気にしてキョロキョロしていたカルーと目が合う。するとカルーはアリスに耳打ちでもするように声のトーンを落として話しかける。


「な、なぁ。なんや変な気配しいひん?悪さでもしようやなんてやっちゃなさそうなんやけどな、尾けてきよるみたいなんや。ごっつ気味悪いねん…」


だが聞かれたアリスには全くそんな気配は感じられず首を傾げるだけだった。だがそれを聞いていたギルが次のホワイトハーブの採取地へと先を急かせつつもカルーに賛同する。


「やっぱカルーもそんな気がするんか?実はさっきからなんか変な匂いが混じってる気がすんだよな…、」


「な、なんかいるですか…?」


ギルの言葉にレーシーがキュッとアリスの服の端を掴む。もちろん「こ、怖がってなんかないのですからね…、アリス!」と小さく言い訳をしながらであった。そんな様子にアリスは苦笑する。


「とりあえずそれなら、早くハーブを集めて街に戻ることにしよっか…」


アリスの提案にカルーも「せやな…、」と頷き、ギルもハーブの香りに集中する。


「この辺りか?」


そんなギルの言葉でアリス達は辺りを見渡し生い茂る草木の中からホワイトハーブを探す。


「あ!アレじゃない?」


岩陰に生える白い葉を見つけてアリスが駆け寄ってレーシーと一緒に摘み取る。そしてマリーに2人が摘み取ってきたハーブを見せて確認してもらう。


「うんうん、中々やるじゃないアリス!あっ、でも待って。これとこれはシロハネソウだから違うわ。うん、あとは全部ホワイトハーブかな!」


そしてカルーがマリーにチェックして貰ったハーブをアリスから受け取り依頼主から渡された袋に入れていく。


「だいぶ集まったなぁ。あのおっさん半分くらいでええ言うとったけど、折角やし袋パンパンにでもしてこか。な!ギル?」


袋の中を覗くカルーにギルは小さく頷く。


「ああ、貰いすぎな程貰ってるしな。それくらいはしねーと。ったくなんなんだったんだよ、アイツは…、」


ふとあの胡散臭い依頼主のことを思い出してしまったギルであったが、そのことは一旦頭の隅に追いやって再びハーブの香りに集中する。辺りには土や様々な花の匂いで満ちていてその中からホワイトハーブの香りを嗅ぎ分けるのだ。だけど、その匂いの中に澱んだものを見つける。



「おい待て、血だ…、血の臭いがする…!」

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