喧騒と商いの街


甘い芳醇な香りの南の果実にピリリとする刺激的な香辛料、大地の温もりを感じさせるような優しい木彫りの調度品に職人の意匠を凝らした透き通るような宝石細工。スクイーズの露店には様々な商品が溢れ返っていた。アリス達3人は通りに並ぶお店を楽しみながら旅の間に採取をした薬草や山菜などを売るための店を探していた。やがて3人は旅の消耗品や魔法の触媒などを中心に扱う魔道具雑貨屋『魔女鍋』というお店を見つけた。店先のショーウィンドウではくるくると回る星球儀や絡繰り式の人形オートマタが踊り、魔法で勝手にお湯が湧くポットから吹き出す湯気は蒸気機械式の演算機スチームパンク・コンピュータを動かし華やかなライトを明滅させていた。店の中に入っていくと雑多に並べられた商品が文字通り踊るように魔法をかけられたランプの炎のダンスに照らされて揺らめく。店の一番奥では紫煙を燻らせる女主人がカウンターに肘を付きながら新聞を眺めていた。マリーはそこへ迷いのない足取りで進んでいくとカウンターの上に薬草を並べ「これ、買取してくれないかしら?」と尋ねる。女主人は新聞から目を離して並べられた薬草を一瞥すると薄く微笑んだ。


「あら、貴方目が利くのね。いいわ、買うわ」


女主人は新聞を簡単に畳んで脇におくとマリーと細かな相談を始める。その間アリスとレーシーは話に入れそうもなかったので店内を見て回ることにした。店の棚には様々な商品が幅広く並んでいてその多くは魔石やモンスターから取れる素材など魔術の触媒や材料となるような物が多い。他にも外傷用魔法薬ポーション魔力補給薬エリクサーと言ったアイテムに魔法の加護が刻まれた御守りに魔力の高い素材で編まれたマントなどの旅の必需品が並ぶ。アリスが何気なくそれらを眺めていると、ふとあるものに目が止まった。星追いの書。昨日の夜マリーが見せてくれたものだ。レーシーと一緒に記録ログの貯まった古い星追いの書をペラペラとめくっては、星の動きを眺めていた。動きの早い星もあれば遅いものもあって、突然消えてしまうものもあればいつのまにか増えている星もある。2人でただぼんやりと眺めていると後ろから本で軽くポンと叩かれる。


「さ、用も済んだしいくわよ、アリス。それと、これ。魔導書グリモア。安くしてくれるって言うから、アリスに。旅の記録冒険記とは別にこっちに魔法の知識あなただけの魔法を貯めていくといいわ。」


マリーから「はい」と魔導書グリモアを手渡されたアリスは呆気に取られてマリーを見つめる。レーシーに「レーシーには何もないですか、マリー?」と詰め寄られて「ほら、レーシーにはこれあげるわ」と飴を1つあげてあしらっているマリーにアリスはそっと小さく「ありがと、マリー」と絞り出すのがやっとだった。そしてマリーからのプレゼントをギュッと抱きしめると、先を急かす飴を貰って上機嫌なレーシーに置いていかれないように店を出る。



店を出た3人は通りに並ぶ露店の1つからホットドッグを買って、どこか座って食べれる所を探していた。アリスは7つもある熱々のホットドッグを抱えているとなんだか火傷でもしてしまいそうで「はぁ」とため息をつく。アリスは一人一つで注文しようとしたらマリーが真顔で「5個で」と言ったのだ。驚いたアリスが「一体何個食べるつもりなのよ!」と抗議していると、なんとレーシーまでもが「ま、マリーとおんなじだけ食べればレーシーも大きくなるですよね…?!レーシーも頑張って沢山食べるです!」なんて馬鹿なことを言い出したのだ。そんなこんな7個も買ってしまっただけのことである。そしてレーシーが半泣きになりながらなんとか2つを食べ切り、もう1つをアリスに食べてくれるよう懇願するハメになるのは遠くない未来の話だ。

3人はそのままメインストリートを歩いていくとレテウ川と交わる中央広場へと辿りついた。3人は広場の端に空いてるベンチを見つけるとそこでホットドッグを食べることにした。広場の真ん中辺りではちょっとした人集りが出来ていてその中心では陽気な演奏と観客の人々の手拍子に合わせて男女が踊っていた。ピエロのような妖しげな仮面を被った男とフワリと舞う白い髪が綺麗な女性のペアだ。男の方は次々と被る仮面を変化させおどけた動きで観客を笑わせながら、どこからともなく小道具を取り出して女性に渡す。女性がその小道具を使って舞うとその美しさが更に引き立ち、男性がカーテンのような布で女性をパッと隠し別の衣装で女性が現れた時には拍手と歓声が沸き起こっていた。だけどアリスはその女性の紅く澄んだ瞳をどこか覚えているような気がして、必死に思い出そうとしていた。そしていつしか演奏が終わり仮面を外して女性と共に観客の称賛に応じる男性の顔には見覚えがあった。


「ダンさん!あっ、それに物語の旅仲間テイル・メイツのみんな!じゃ、じゃあもしかしてこちらの方ってシーニャさんっ?!」


「おぉ!アリスちゃんじゃねぇか!今回は急な来訪だったからな、アリシアに連絡出来なかったんだが来てたのかい?」


アリスが観客を掻き分けて1番前に出ると狐の獣人、ダンさんが少し驚いたような、そして嬉しそうな様子で応じてくれる。物語の旅仲間テイル・メイツは昔からスクイーズの街に公演に来る度、アリスがお母さんとお父さんと一緒に見に来ていた旅の一座で、そして昔お母さんと一緒に旅をしていた顔馴染みでもあった。


「ううん、ダンさん。今日は私だけよ。あのね!遂に私、旅に出たの!」


アリスはキョロキョロと父と母を探すダンに嬉しそうに報告する。だけど、それに応えたのはダンではなく、アリスの頬っぺたをムニっと摘む白い指だった。


「あら〜、生意気にももう旅に出たのね。それよりアリスー?もしかして私の顔を忘れてたか言わないわよね?」


「ひ、ひひまへんー(言いません)!ひれひにはっへははらひつはなはっはんへすー(綺麗になってたから気づかなかったんです)!」


「おっ!お世辞でも覚えたか、アリスー!」


そう言うとさっきまで踊っていた女性、ヴァンパイアと雪女のハーフであるシーニャは悪戯っぽい笑みを浮かべてアリスを抱き寄せるともみくちゃにする。そこへ楽器を演奏していたメンバーもゾロゾロとやってきて会話に交じる。


「ん、そして彼女がアリスの旅の道連れかな?」


掃けていく人集りの中からこちらに合流してきたマリーとレーシーに気付いたのは狐の獣人で先程踊っていたダンの弟、エルジェード。エルジェードは丁寧な仕草でお辞儀をしながら優しく微笑みかける。それにマリーも気付いてお辞儀を返す。


「どうも、マリーっていいます」


それに続いてマリーの背中にピッタリと隠れたレーシーが恐る恐るお辞儀をする。


「れ、レーシーです…!」


すると、サッとマリーの前に1つの人影が来て跪いた。


「どうもお初に、麗しきお嬢さん?私はルシウス、この後一緒にcoffeeでも如何でs、ごはぁっ!!」


マリーに恭しく手を差し出そうとした人間の男性ルシウスは、その口説き文句を言い切らぬうちに横から狙撃をされ錐揉み回転して吹き飛んでいく。


「アリスちゃんのお友達を口説くとか正気かにゃ、ルシウス。」


銃口から煙をあげるマスケット銃を肩に猫の獣人の女性ラルチェットがため息をつく。そしてつい今しがたルシウスが吹き飛ばされたばかりだと言うのに「次はオレの番だ!」とばかりに跪いたダンを躊躇なく撃ち抜く。瞬く間に屍2つが並ぶ旅団の昔と変わらないにアリスは引き攣った笑みを浮かべる。そこへ見物客からのお捻りやパフォーマンスで使った小道具なんかの片付けを終えた狼の獣人の少年がやってくる。


「ん?なんだまたダンさん達がナンパでもしたのか?あんた達も本気にしないでさっさと行きな。と、シーニャ姉、フード。」


素っ気ない態度のその少年にアリスは見覚えがなかった。そしてそのまま荷物を纏めて去っていこうとする少年の首をシーニャがグイッと鷲掴みに引っ張る。


「あ、そうだギル!あんたアリス達と一緒に依頼クエスト行ってきなさいよ!どうせこの後の荷造りなんか手伝わずにそこら辺ほっつき歩くつもりでしょ?ほら、アリスもまだスクイーズってことはそんなにお金もないんじゃない?丁度いいしギルと、あ!カルーもいるじゃん!あんたも一緒に行ってきな〜!」


シーニャは傍で見物客達の捨てていったものも含めてゴミ拾いなど掃除をしていた白狐の獣人の少女カルーを見つけて声をかける。そしてシーニャは誰の了承も得ないままギルと呼ばれた少年を引き摺って広場の端にある掲示板の元へ向かう。もちろん街のみんなが依頼クエストを張り出すための掲示板だ。シーニャはその中から適当に見繕ってそのうちの1枚を選んで取る。アリスが後ろからその依頼書を覗き込むとそこには「ホワイトハーブを摘んで来て!」と書かれていた。


「ふむふむ、期限は今日の日没くらいまでで、小さな手提げ袋一杯程度の新鮮なホワイトハーブが欲しいとにゃ。ハーブならギルの鼻も効くし楽勝なんじゃないかにゃ?詳細はこの紙を持って西の入口に来たれと。さ、少年少女達、出撃にゃー!」


ラルチェットの元気のいい掛け声とその勢いに圧されてアリスはその依頼書を受け取ってしまう。観念したのかギルは「チッ、仕方ねーな」とアリスの手の依頼書をピッと掻っ攫うと西の入口に向かって歩き出す。その後ろからカルーが追いかける。


「こら、ギル!なんやその態度!あ、ごめんな〜、アリスちゃんでええんよな?うちはカルー。であっちのがギルって言うんよ。って、ギル待たんかい!」


元気よくギルの後を追うカルーに置いていかれないようアリス達3人もラルチェットやシーニャに別れを告げるとその後を追いかける。


「行ってらっしゃいにゃー!あ、夕飯一緒に食べようにゃ、アリス〜!」


と後ろからラルチェットの呑気な声が聞こえた。そしてすぐラルチェット達は「おっ、この山の主包囲網の奴今からでも合流出来るじゃないかにゃー!」「お、中々楽しそうじゃん、行こうラル姉」などと自分達が行くであろう依頼の相談を始めていた。



アリス達5人は西の入口に着くと依頼主を探して辺りを見渡す。流石交易の街というだけあって人通りも多かったが、門の傍の街路樹の木陰で佇む2人組の男とすぐ目が合った。他にざっと見渡しても待ち人をしている様子の人もいなさそうなので彼等が依頼人だろう。アリス達が近付いていくと声をかけてくる。


「やぁ、君達がぼくらの依頼を引き受けてくれる子達かな?待っていたとも!」


だがアリスはその依頼主に何となく妖しげというか、胡散臭いものを感じずにはいられなかった。

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