野ねずみのような喧騒
山の端から顔を出したばかりの朝日と早起きな小鳥の囀りでアリスは目を覚ました。いつもの柔らかなベッドではなく、少しだけ痛む身体を伸ばしながら眠気まなこを擦る。
「おはよう、アリス。よく眠れた?」
マリーから声をかけられ半分寝ぼけたままで「うんー」とアリスは間延びした返事をする。そしてアリスは「マリーこそ眠れた?」と聞こうとして、焚き火の側で少し眠そうにしながらこちらを優しく眺めるマリーにハッとする。
「あっ、ごめんねマリー!!私何も考えずにすぐ寝ちゃって!マリーが寝ずの番をしてくれてたんだよねっ!?」
「いいの、いいの。私も気付かれないようにしてたし、いきなりそんなこと任せても無理でしょ。それよりもちょっとだけ寝かせて…。」
マリーはそう言いながら「ふぁ…」と欠伸をすると、毛布に包まりすぐに眠ってしまった。アリスはせめてマリーが寝ている間に出来ることをしておこうと思ったが、朝ご飯の準備のようなものも既にマリーが終えていたし、焚き火の横には薪、薬草や山菜を摘もうにもどれがどれなのかハッキリと区別がつかないし、結局やることはなにも残っていなかった。そこでアリスは思い出したように深緑の分厚い本を取り出す。シューレン・ニクマーヴェルの冒険。とは言うものの本の中身はウォーカーの家の人々の手記のようなものだ。その証拠にシューレン・ニクマーヴェルの冒険というタイトルの下には小さく、─ 恐らくはこちらのが先に書かれていたのであろう─ 『Lielia's Diary(リーリアの日記)』と記されていた。だからアリスもそれにならい、しばらくは日記を付けるようにして記録を残そうと考えていた。昨日の旅は記念すべきその1ページ目だ。マリーとの出逢いに山の草花について、サンマーヴェル峠からの景色に星追いの書と村とはまた違った星空。書きたいことを書き終え一息ついているとマリーがモゾモゾと起きてきた。
「おはようアリス。うん、少し寝たらスッキリした!
あれ?アリス、その本は何?」
起きてきたマリーに突然聞かれてアリスは咄嗟に背中に隠す。
「ひ、秘密っ!」
本当は隠す程のものでもなかったけど気恥ずかしくて隠してしまったのだ。マリーも何となくその本の内容を察して興味こそ沸いたもののそれほど追求したりなどはしなかった。
それから支度を済ませ旅を再開した2人はスクイーズの街を目指す。マリーの目測ではお昼前にはつき、スクイーズの街を見て周りながら昼食をとれるだろうなとみていた。道のりも昨日は峠までのずっと登りだったのに対して、今日は下り道になり足取りも軽く気持ち的にも幾分か楽になっていた。
「ねぇ、マリー。マリーは花の魔法以外にもなにか魔法が使えたりはするの?」
マリーはアリスの質問に「う〜ん」と顎に手をあてて考える。悩む、答えに窮する、と言うよりはどう説明したものかと思案していた。
「花の魔法って一括りにすると答え辛いものがあるわね。私は魔法を使う時、簡単なやつ以外は大体花や草木の性質を借りてくるの。例えば…、」
マリーはいつもの小枝のような細い杖を取り出すとくるりと回し、気付けば太くがっしりとした大木のような杖を地面についていた。
「私はこうやって草木に見立てた杖に成長の性質を付与して大木に見立てた杖へと変化させているわね。もちろんそんなことしなくてもいいんだけど、そっちのが都合がいいし楽だから、平たく言っちゃえば全部花の魔法みたいなものよ。そんなふうに見えないものもあるけどね。」
マリーの説明にアリスが分かったような分からなかったような気持ちになってとりあえず頷いていると、反対にマリーに聞かれてしまった。
「私のことよりもアリスはどうなのよ?」
「えっ、私?!う…、氷を出す魔法しか使えません…、、、」
シュンと落ち込むアリスの答えにマリーは「氷を出すだけね…、」と小さく呟く。マリーには少しだけ思うところがあったがそれはアリスの未来を決めてしまいかねないから口には出さなかった。
「ま、少なくとも護身術くらいは身に付けておいた方がいいかもね?」
「え?い、いいよ…、ほらっ!私にはマリーがついててくれるし!」
「アリス〜、ずっと人に頼るつもり〜?いつでも私がいるわけじゃないし、危険ってのは割と身近に潜んでるものだよ?
ほらっ、その茂みにも何か隠れてるかもしれないしー?」
「まさかー、何もかくr…」
「にゃ、にゃーん…!」
「「えっ?」」
予想外に返ってきた猫ではない猫の鳴き声がする茂みを見つめた。マリーが「誰かいるのっ…?」と警戒しながら呼ぶと、観念でもしたかのように茂みがガサガサと動き、ヒョコリとフードが覗く。
「うぅ…、レーシーは食べても美味しくないのですよぉ…」
「た、食べないわよ…、」
恐る恐る茂みからあらわれた少女の言葉にマリーが思わず苦笑いする。レーシーと名乗るその少女はアリスよりもまた一回り小さく小柄で、顔まで隠してしまうブカブカのフードとマントには着られているというな印象さえ受けてしまう。
「えっと、レーシーだっけ?なんでこんな所に1人で…?」
マリーがとりあえずそんなことを聞くと、レーシーはまだ食べられてしまうと怯えているのかアリスの背にサッと隠れておずおずと答える。
「好きでこんなことしてるではないです。馬車でスクイーズまで行くつもりだったですけど、小休憩の後に置いていかれてしまったです…、レーシーは影が薄いですから…。」
シュンと落ち込むレーシーにマリーは先程のアリスのデジャブを感じて苦笑いする。ただ初めてあった筈のアリスに隠れて自分と話すレーシーにマリーは少しだけ意地悪したくなってきていた。
「ところでレーシー?なんでアリスに隠れてるのかなー?」
「うぅ…、だってマリーはクマでも食い殺しそうな目してるですからぁ…、」
レーシーの言葉に昨日本当にクマを食い殺そうとしたマリーを思い出しアリスはプッと吹き出してしまう。マリーは楽しそうにムッとすると「そんなこと言うならほんとに食べてやるー!」とレーシーを追いかけ、アリスの周りでクルクルと追いかけっこを始めた。やがてレーシーの抵抗も虚しく、マリーに「今日の夕飯確保ー!」と捕まってしまっていた。そしてマリーは諦めたように項垂れるレーシーを小脇に抱えた状態で旅は再開する。それからレーシーが解放されたのはスクイーズに着いてからのことだった。
商人の街スクイーズ。街の門を抜けた先の大通りはその名に負けぬ活気と喧騒に満ちていた。港町シールからレテウ川の運河を登りここへ届いた多くの荷物は内陸各地へと運ばれていく。所謂交易の要所なのだ。もちろん物流だけじゃなく交通の要所でもあるから、人や馬車、果ては竜車までもが通れるようにと街の規模に比べてかなり大きなメインストリートが街を貫いていた。だから脇には露店が並び、そこを見物する人々の活気に満ちていても、通りをかなり快適に歩くことができた。
「さてと…、まずは宿を確保してそれからご飯かしらね?」
「あっ、うんそうだね…!」
賑わう露店にすっかり気をとられていたアリスはマリーの言葉でハッとして、ちょっと浮かれていたことに恥ずかしくなった。それに気付いたレーシーが人混みに怯えてアリスの背中にピッタリとしがみついていたくせに楽しげに「アリスったらお上りさんです〜」とからかう。アリスが「むー、」とレーシーのおデコにデコピンをしているとマリーが丁度良さそうな宿屋を見つけて2人を連れていく。中に入りマリーが「ごめん下さい〜」と声をかけるとカウンターの奥から「はーい」と返事が聞こえ、やがて割腹のいいマダムが姿を現した。
「あらあら可愛い旅人さん達ね。ようこそいらっしゃい、スクイーズへ。今日から宿泊、2人でよかったかしら?」
「えっ?」
2人と言われてアリスが驚いていると、レーシーがスっとアリスの背中から顔を覗かせる。きっとレーシーはアリスの背中にピッタリと隠れていてマダムから見えなかったのだろう。その様子にアリスは苦笑しながら「3人よ」と答える。マダムもそれに気が付いたのか「あらあら、まだいたのね。ごめんなさい」と微笑んだ。マダムはサラサラとデスクの向こうで何か書き込んで手続きをしてくれる。
「はいこれ。お部屋の鍵、2回の奥の部屋よ。お風呂はそこの廊下をまっすぐ行った所に大浴場があるわ、自由に使って。朝ご飯はサービスで付いてるから、朝ここに降りてきてね。説明はこれくらいかしらね。」
宿の説明を終えたマダムは優しそうな笑みを浮かべる。最後にマダムが「じゃ、もう1人の子にも伝えてあげてね?」と笑うと、またアリスの背中へと隠れていたレーシーは「うっ…、ちゃんと聞いてたです…、」と恥ずかしそうに顔を覗かせる。とりあえず部屋に荷物だけおいて3人はスクイーズの街中へと向かった。
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