夜空に浮かぶ物語


自分は『花の魔術師』なのだとそう名乗った少女マリーは、その大木の枝か何かのような杖をほんの少しだけ宙に浮かせるように投げると、杖はふわりと花と散り、手のひらにはストンと細枝のようになった杖が収まる。


「さ、行きましょ、アリス?」


そう言うとマリーは口笛を吹きながら何事もなかったかのように歩き出す。そして数歩行った所で戸惑っているアリスに気付いて振り返った。


「一緒に行くでしょ?旅。」


「えっ?あ、うん!」


突然の誘いにアリスは一瞬驚くがその言葉の意味を理解して頷く。頭の中ではとか色々と疑問が渦巻いていたがそんなことは置いておくことにした。だって出逢いなんてそんなものなのだろうと、きっとそうなんだと思うことにした。とりあえず今のアリスにはその隣を並んで歩けることが嬉しく思えた。だってのだから。


それからの旅はトラブルもなくいたって平和だった。2人は時折休憩を挟みながら、マリーがアリスに雲の流れから天候を予測する術や道の端に生える草花から薬草や山菜、或いは逆に毒を持つものの見分け方などの知識を教えながら旅を続けた。もし何か問題があったとしたら茂みから顔を出したうさぎにアリスが「あ、うさぎだ!可愛い〜」と言い終わるかどうかという一瞬でマリーが仕留めてしまったことくらいだろうか。その後何も言えずにほろりと涙を流すアリスにいたたまれなくなったマリーはうさぎのための塚を建てて、亡骸も丁寧に布でくるんで大事に運ぶことにした。そしてもう二度と条件反射で獲物を狩るのはやめようと密かに心に刻んでいたのだった。



そろそろ日も傾いて来ようかという頃2人は異境峠世界の継ぎ目、『サンマーヴェル峠』ににさしかかっていた。ここを超えれば別の地図の国レオニス王国だ。


「あ!見てアリス!あそこにほら、スクイーズの街がみえるでしょ!」


開けた視界の先の街をマリーが指をさす。


「もう、バカにしないでよマリー。私だってスクイーズの街に行ったことくらいあるんだから。」


アリスはそう言って頬を膨らませながらも、峠からの景色を楽しんでいた。広々と広がる眼下の森にそこから流れ出るテール川は平野の真ん中に佇むスクイーズの街へと続く。街の真ん中を抜けたテール川はレテウ川と名を変えてヘーゲル海へと流れ出る。だからきっと河口の今は小さくしか見えない街も、あの有名な大きな港街シールなのだろうか。またスクイーズの街からは幾つもの道が各地へと伸びていた。スクイーズの街は交易の街として栄えているのだから当然のことだろう。そしてその中でも取り分け綺麗に舗装され山の向こうへ消えていく大きな街道は王都ダンテレオニスへと続いているのだろうか。いつもは馬車に揺られ通り過ぎるだけのアリスには実は新鮮な景色だったのだ。マリーはそんなアリスの様子を優しく見守りつつ、この景色を堪能しただろうなというタイミングを見計らって切り出した。


「さてと、アリス。せっかく見晴らしがいい事だし今日はこの辺りでキャンプにしない?」


それを聞いたアリスはハッと我に返りマリーの言葉をオウム返しにして飲み込む。


「あ、えっと、この辺りでキャンプね?あ、うん…」


そんな風にチラリと道の先へ視線を向けるアリスの様子にマリーは言いたいことを察してため息をつく。


「まさかこのままスクイーズまで行けたらな〜とか思ってないでしょうね?それともなーに?夜の森を進む勇気がある?それなら別に私は構わないけどね〜」


最後に少し意地悪っぽく笑うマリーの言葉にアリスは真っ暗な夜の森を歩くことを想像してゴクリと生唾を飲む。そこに待ち受けているのは先程の熊なんかとは比べ物にならない暗くて恐ろしい何か…、


「まっ、そういうことよ、アリス。本格的に暗くなってくる前に色々と準備してしまいましょ。」


それからすぐに2人は野宿の準備へと取り掛かる。ただ準備とは言っても多くの旅人が休憩に使う開けた場所がすぐ見つかったし、テント自体は木と木の間に紐を結びそこから斜めにシートを片側だけ張った簡易なものだったから、そのほとんどはご飯作りであった。そうご飯作り。と言うよりも調と言うべきか。ただその調達法に関して恐る恐るアリスの顔色を伺うマリーだったが、アリスもなんの断りもなく目の前で惨殺されないのならと承諾してくれた(例の惨劇ではマリーの魔法が綺麗に仕留められる系の魔法ではないということもあって、ちょっとばかりバイオレンスでもあった)。実際アリスも狩りに協力したため、アリスが氷の矢じりを作り、それをマリーの魔法で作った弓矢で射るという狩りになり、マリーが杖を棍棒のようにして殴りつけるという方法から進歩し、かなり物騒さが消えた。あとは狩り以外にもちゃんと食べられる野草やキノコの採取を行いそれなりに彩りのある食卓となった。


食事を終える頃には日は沈みきっていて、吸い込まれてしまいそうな夜空を数多の星々が彩り始めていた。アリスは見晴らしいのいい場所を見つけると寝転ぶようにして星を見上げた。いつもより綺麗な、村からでは見ることができなかった星空だ。そうやってアリスが星空に浸っていると隣でトスんと座る音が聞こえる。


「ちょっと隣に失礼するね、アリス」


マリーはそう言いながら不思議な巻物のようなものを広げる。それはキラキラと輝く点が浮かぶ透明な紙でできた巻物だった。夜空にそれを透かすマリーにアリスは尋ねた。


「ねぇマリー、それは何?」


「これ?これは『星追いの書』よ。ほら、アリスも覗いてごらん?」


アリスはマリーから星追いの書を受け取るとマリーのしていたように夜空に掲げてみる。


「まずはピン留めされた星ポールスターに併せてみて?そこから方角を、ほら右上の印があるでしょ?それで併せるの。」


アリスは言われた通りに夜空からピン留めされた星ポールスターを見つけ出して紙の上では紅く区別が着くように打たれた点にまず併せる。そして右上の、紙に書かれたマークと紙の上でクルクルと回る魔法のマークを併せると星追いの書と夜空の星が重なる。だけど…


「あれ?なんだかこれ全部が少しずつズレてるわ…」


そう言ってマリーの方を見あげるとマリーは静かに笑っていた。


「いいの。それであってる。それは昨日の星だもの。星も少しずつだけだけど変わっていってるのよ?ま、私は星読みはしないからその解釈はアリスに任せるけどね!」


マリーはそんなことを言っていたけど、やっぱり星を読んだことのないアリスにだって無理だ。

ただ暗闇の中の祈り夜空の星々なのだからこそ、想うことが大事なのだ。それは遥か昔のこと、まだ人がこの大地に立ち始めた頃の夜空は星のない渾沌だったのだと言う。夜の暗さに呑み込まれそうな生まれたての人々はそれでも夜の帳に灯りを求めた。たった1つ、小さな点でいいからと。そうして最初の希望は生まれた。それからも人々は幾度と現れる困難に呑まれようと可能性を探し、それを頼りに歩み続けた物語を紡ぎ続けた。そうした過去の人々の歩み先を照らす導だからこそ、現在の困難に星座の物語を今を生きる人々が続く新たに想い紡ぐことが大事なのだ。

だからアリスは宙に走った一筋の流れに、それが幸せであるようにと願いを託した。




いつものように星の記録をつけ終わるとマリーはアリスをさっさと寝るようにと急かした。初めての旅できっと疲れているだろうと。アリスは促されるまま毛布に包まるとすぐにスヤスヤと寝息をたてて眠りに落ちた。マリーはその無防備に眠るアリスの横顔を眺めながら温かなマグカップに口をつける。


「ま、今日の所はサービスってことにしておいてあげるかな。」


そしてに淹れたハーブティーをコクリと飲み干す。

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