第1章:コソコソ妖精と旅人

雪枕に眠る村


キンと冷えた空気の中、1人の少女が凍え切った原っぱをさくりさくりと踏みしめて歩いて行く。少女はいつもの切り株の所へ行くと、降りかかった霜をパッ、パッと払って座った。少女はふぅと一息をつくと辺りを見渡す。薄白く覆われた景色は、小さく凍りついた露が草花を飾り、キラキラと光を反射すると小さな宝石細工のようだ。─ また冬の妖精が魔法を解き忘れていったのね。─ 少女はある古い言い伝えを思い出していた。それは冬の妖精達は夜中にこっそりと魔法で世界を彩り、ダンスなどをして遊ぶのが好きなのだが、よくその魔法をうっかり解き忘れていくというものだ。少女は妖精達の舞踏会に少しだけ想いを馳せながら、持ってきていた分厚い本を開く。


彼女の名前はアリス・ウォーカー、ここからすぐの村の子供で、もちろんあの『リーリア・ウォーカー』の家の生まれだ。遥か昔に、『崩夜』。それを鎮めたのがシューレン・ニクマーヴェルとテレスティア・マクマーヴェルの兄妹で、リーリア・ウォーカーはその世界の果てへの旅に共に行き、それを記録した同行者だ。そしてその時の物語は今も語り継がれ『シューレン・ニクマーヴェルの冒険』としてこの世界の誰もが知る有名なおとぎ話だろう。そしてこの少女、アリスが持つこそリーリア・ウォーカーが記した原書なのだ。そうして子々孫々と受け継がれてきたこの本には代々のウォーカー家の人々が世界各地を旅した記録が記された大事な本なのだ。ただ、、、─ アリスは思う─ この本に書かれた『崩夜』の記録は。みんなの知るおとぎ話と事実が違っているなんてことじゃない。そもそもからして。こちらの方が創り話なのではないかと思える程にちぐはぐなのだ。なによりも。そして最初の、リーリア・ウォーカーが記したという部分は『─ もしあるのなら、もっと幸せな、別の・・を願う。』と結ばれていた。何故で。


アリスは昔に一度その事を母親に聞いたことがあったが、アリス自身が旅をして知ることよと教えては貰えなかった。ただこんな疑問も今に始まったものではないし、今更深く悩むことでもなかった。実際アリスは既に他の物語、過去のウォーカーの人達の冒険記に夢中になっていた。このめくれどめくれどページの尽きない本は、何処までもワクワクする物語を隠し持っていてまるでアリスだけの秘密の図書館だ。その中には深い山奥を竜人と一緒に旅をする話や悪い盗賊からお城の宝とお姫様を護る話にお日様の光も届かないような海の底の人魚の国の大冒険なんてものもあった。

そうした胸のすくような物語の数々に日が暮れるまで没頭し想いを馳せることが小さなアリスの日々の日課になっていた。ただこうして1日物語を楽しんでいられるのも冬の間だけのことで、春からはちゃんと家の畑仕事を手伝うし、魔法の勉強から逃げ出すようなこともしなかった。だけどやっぱりアリスが一番好きなのはこうして果てしない冒険の旅の夢に浸ることで、アリス自身もこっそり自分だけの冒険を空想していたりなんかした。


─ きっと、あの薄くかかった雲は間違えて踏んづけてしまうと割れて空から落ちてしまいそうね。でも空を飛べる妖精さんなら大丈夫だし、悪戯好きだから割って遊んでるに違いないわ。そして雲の割れた破片は雪になって地上に降ってくるの。でも雪が沢山降ってくる日は別ね。あれはきっとお空が雲で埋め尽くされちゃうとお日様の光が私達の所に届かなくなっちゃうから、妖精さん達が雲をバラバラにするの。その時の沢山の雲の欠片が大雪。こうなると地上でも大変だけど、ある日空には分厚い雲がかかったままで、雪が降ってこないの。みんな最初は妖精達がまた怠けているんだろうくらいにしか思ってなかったんだけど、段々と変だなって思い始めたわ。このままだと春が来ても寒いままで作物も育たず困ったことになるわ。だから、妖精さん達の様子を見には雲の上の国に冒険にいくの。いつもの少しだけ気弱なお供の子を連れてね。まずは山の上に住む気難しい賢者のおじいさんの所を訪ねて雲の国へいく虹の橋を架けてもらいに行くの。でも簡単には架けて貰えなくて謎かけをするのよ。それに見事正解して虹の橋を渡るんだけど、今度は悪戯好きな風の妖精さんが行先の雲をどこかに持ってちゃうの。だけど何とかして雲の国に辿り着いた彼女は、妖精さんに会って話を聞くわ。なんで雲をバラバラにする仕事をしないのかってね。だけど妖精さんは意地悪な大鴉おおがらすが雲をバラバラにする魔法の杖を隠しちゃったって泣いてるの。仕方がないから彼女は大鴉を懲らしめに行って、魔法の杖を取り返してくるの。戻ってきた彼女から魔法の杖を受け取ると妖精さん達は喜んでどんどん雲をバラバラにして、地上にはまたお日様の柔らかな陽射しが戻ったのよ。


アリスはいつものようにそんな大冒険の話を空想していた。そしてその主人公はいつものちょっと変わった旅人。明るいライトグリーンのマントの上からはどこか異国情緒あふれるカラフルなケープ、頭には鮮やかな鳥の羽根と絡みつくような蔦、そしてそこに咲く小さな花々で飾られた真っ白のトンガリ帽子。人々はその小枝のように細い杖から振るわれる美しい花々を讃えてこう呼んでいた。


花の魔術師─、、、

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