第三話・1
「じゃあ早速ですが、代行してみますか?」
そう言って庵野先輩は、奥の部屋に入っていってしまった。それから数分後、先輩は満足げに部屋から出てきた。
「これなら今の茜さんでもできると思います。シンプルに、“課題代行”」
渡されたのは、数枚かの資料だった。
「課題代行って、高校とか大学のですか?……あぁ、高校の数学か」
「茜さん、大学結構いい所卒業してますよね」
「そのなかで底辺みたいな感じでしたけどね」
そう自傷気味に笑って見せると、先輩は少し困ったようにしてから無理に口角を上げ
「はは、それを言われちゃうと……。僕、小学校すら行ってないですよ」
と言った。私がどう答えるべきか少し止まっていたら、彼はすぐに私が持っている資料に目を戻し
「話が脱線しましたね。依頼主は高校二年生のこちらの女性です」
と指さしながら言った。
この人の、たまに出てくる闇というか……、なんて表すべきなんだろう。とりあえず、絶対無理してる気がする……
「……て感じなので、茜さんにぴったりなんです。けど……あの、聞いてました?」
「あ、すみません!大丈夫です」
私は慌てて資料に目をやる。依頼主は所謂、ギャルという感じだった。
「じゃあ実践してみますか。依頼主に課題持たせてここに来てもらうので、ちょっと待っててください」
「よろしくね、これ課題。契約一時間だっけ?一時間あれば終わるよね。あたし寝るから」
彼女は建物に入った瞬間一息で上記を述べ、ソファに横になってしまった。ふと私は、気になった疑問を訊いた。
「先輩、これ薬飲んで代行する必要あるんですか?ただ解けばいいんじゃ……」
「もう、さっき言ったじゃないですか。茜さんの筆跡と依頼主の筆跡は全く違いますよね?この薬を飲めば、筆跡も同じにすることが可能なんですよ」
「へぇ……本当に不思議な薬」
そう薬を見つめて呟いてから、私は薬を飲んだ。
依頼主は中高エスカレーター式の女子校に通っているらしい。課題は簡単ではないがさして難しすぎるものではなく、サラサラと解くことが出来た。ふと何回も、私は人のためにならないこんなことをしていいんだろうか?と思いペンを止めた。でも依頼主の気持ちも痛いくらい分かって、もやもやしながらも最後まで解き終えた。
「……終わりました?」
と言いながら庵野先輩は薬を机に置いた。私はそれをすぐに飲んだ。人を乗っ取るというのは、やっぱり少し不快なものだった。
「わ、ありがと!とりあえず埋めてほしかったんだよね!じゃあこれ、代金」
「……はい、確かに。これからも代行屋、よろしくお願いします」
そう、庵野先輩は営業スマイルを見せた。
「やば、店員さんイケメン!またきま〜す」
依頼主は足早に行ってしまった。当の私はすごく、疲れていた。
「茜さん大丈夫ですか?お疲れ様です、水どうぞ」
「ありがとうございます……」
水を受け取りながらも、私はずっと高校生時代を考えていた。
「?……なにか考え事ですか?」
「いや……依頼主さん、エスカレーター式の女子校通ってるじゃないですか。私もそうだったので、思い出してて」
コップの中の氷をカラカラ音立てながらそう話すと、庵野先輩は近くの椅子に腰掛けた。
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